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Technology to the Future 第16回 スタートアップ、AgICが生み出した、大企業とイノベーションの間を繋ぐ“回路”

テクノロジー 森 旭彦 2016年09月30日

 世界を驚かせた「電子回路」の動画がある。


※詳細は画像をクリック

 この総合設備企業・関電工のプロモーション映像は、フェイスブック上のメディア「INSIDER design」で約1600万回再生され、約25万回シェアされている。使われているのは、手で描ける電子回路だ。

 電子回路は、私たちにもっとも身近で、もっとも遠い存在なのかもしれない。ラップトップやスマートデバイスをはじめとした身の回りの電子機器の内側には、毛細血管のような電子回路が描かれた基盤が入っている。ムーアの法則に従って小さくなった半導体、それに合わせて精緻を極めた電子回路。私たちの多くにとって、それらがどのような役割を果たしているのかを詳細に知ることはもはや不可能だ。さらに自分でつくることなど見当もつかない。

 しかしこの動画に登場する電子回路は、小学生でも知っているような基礎知識と、ペンと紙さえあれば、すぐにでも描けそうだ。さらに折り曲げたり、好きなところに貼ったりもできる。描くのが面倒であれば、家庭用のインクジェットプリンタで印刷することもできる。
 なんだかぐっと、電子回路が身近なものになった気がしないだろうか? これらを実現しているのが、「プリンテッドエレクトロニクス」のスタートアップ、AgICの「AgICインク」だ。

 プリンテッドエレクトロニクスには、その応用製品における2030年の市場予測に約3兆8921億円を試算する市場調査(2015)もある。電子回路の存在が身近になることが、どのようにしてこの巨大市場に結びつくのか。
  日本でいち早くプリンテッドエレクトロニクスの事業化に成功した、AgIC共同創業者・取締役の杉本雅明氏に聞いた。

「電子回路の民主化」が変える、電子回路の結合

 AgICのオンラインストアを覗くと、電子工作好きなら手を伸ばしたくなるツールが並んでいる。電子回路を描く「回路マーカー」と基材となる専用の紙またはPETフィルム、ハンダの代わりに半導体などの部品を固定できる導電性の接着剤「ノーソルダー」があれば、手軽に電子回路の制作に着手することができる。
 電子回路のことが学習したければ、LEDライトの電子回路をつくることができる「電子回路学習キット」もあり、子どもの夏休みの自由課題にも活用が広がりそうだ。


電子回路学習キット。抵抗やスイッチを組み合わせ、回路マーカーで実際に電子回路を描きながら学習することができる。

 家庭用インクジェットプリンタ(機種に制限あり)に「回路試作インクキット」のインクを充填すれば、電子回路設計専用のCADやイラストレータで描いた精緻な電子回路を出力することもでき、家庭で手軽にプリンテッドエレクトロニクスができる。また、オンデマンドの回路印刷サービス『AgICオンデマンド』も活用できる。


  • 杉本氏:

    これまで、電子回路はほんの一部の専門家しかつくってこなかった。これは不思議な話です。電子回路は身の回りの家電すべてに入っているものであり、本来、身近なもののはずだからです。

    もし、ペンやプリンタなど、普段から使い慣れている道具で電子回路がつくれるようになればどうでしょう? きっと誰もが自由に回路をつくったり、直したり、つくりかえたりできる。人々の電子回路の考え方が大きく変わるはずです。そんな社会をつくるのが、僕たちAgICです。

 これまでは数百~数千万円の設備投資が必要だったプリンテッドエレクトロニクスを、AgICは実質10万円以下に抑えることを可能にした。この価格は安価な3Dプリンタに匹敵する。いわゆる「FabLab」のようなものづくりコミュニティにも、プリンテッドエレクトロニクスの導入が可能となるのだ。


  • 杉本氏:

    僕たちはムーアの法則とは別の次元のものづくりをしたくてAgICを起業しました。いかに高度な回路を小さく精緻に描くか、ではなく、ラフな回路でも良いので、初めて電子回路に触れる人を増やし、電子回路のエンジニアが出す答えとは違うものづくりに結びつけたいと思っています。僕たちの独自性は、そうした人の発想を刺激するツールを生み出し、電子回路の既成概念そのものを変えてゆくことができるという点にあるんです。

電子回路学習キットの説明をする杉本氏。説明している間にも、どこか夢中で回路を描いている。

 経済学者シュンペーターはイノベーションの定義を「新結合」に求めた。新結合とはすなわち「生産的諸力の結合の変更」のことだ。
 AgICはこれまでの電子回路の生産における結合に変革をもたらそうとしている。つまりプロだけが担う発想をアマチュアへも解放し、これまで大企業が担ってきたものづくりをスタートアップが担う方法へと大きく変えた世界を実現しようとしているのだ。そうして、その新しい世界の先に広がる巨大市場との間を繋ぐ“回路”を生み出した。


  • 杉本氏:

    実は僕たちの技術は、どれも数年前に開発されているものばかりなんです。僕たちが起業した時も、プリンテッドエレクトロニクスの専門の人からすると「一体何が新しいのかな?」という感じだった。僕たちの強みは新しさにはなく、“工夫”の部分にある。開発されているけれど日の目を見ていない技術を仕立て直したり、視点を変えて活用することで、新しい使い方を開拓したんです。だから僕たちのような“門外漢”でも、面白いことができている。

 AgICの持つ技術はさまざまな領域に応用が可能だ。たとえばTOYOTAが開発する次世代モビリティ「i-ROAD」に、プリンテッドエレクトロニクスによってつくられたヒーターを提案している。今後は自動車産業にもさまざまな部品を供給していきたい構えだ。


AgICによるプリンテッドエレクトロニクスの一例。楕円中心部を左から右へスワイプすると、配置されたLEDの輝度が変わる。

# Beige とのコラボレーションによるインタラクティブな壁紙。2015年、イタリア・ミラノで開かれる家具見本市「ミラノサローネ」に発表。壁に貼り付け、コンセントを差すだけで、昼はポスター、夜は照明として利用できる。



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コラムニスト・プロフィール

森 旭彦もり あきひこ

1982年京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライ ...

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