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Technology to the Future 第12回 僕たちはこれから、ロボットに「調和」を求めて生きてゆく

テクノロジー 森 旭彦 2016年06月10日

ロボットはこれから、「目的をもつ第三者」へ進化する

 松井氏はデザイナーのキャリアを持つロボット開発者「ロボットデザイナー」だ。これまでも結婚式で花嫁を先導するフラワーガールにインスピレーションを得た、歩いて花を渡すロボット「Posy」、ウィンドウディスプレイで使われるマネキンをロボット化した「Palette」など、人との関わり方をデザインコンセプトにした、美しいロボットを数多く生み出してきた。
 彼がロボットのデザインコンセプトを考えるとき、「映画監督の小津安二郎ならば、どんなロボットを撮るだろうか」という視点を大切にしているという。


  • 松井氏:

    小津安二郎の映画の背景を注意深く観察すると、ソニーのトランジスタラジオやシステムキッチンなど、実は当時の最先端のライフスタイルの中で物語が繰り広げられていることに気づかされます。
    しかし私たちは小津映画の中に、深い安心感と日常の空気を感じることができる。それは、新しいものと古いものを美しく調和させる演出がなされているからです。
    最先端のプロダクトが並ぶ中で、日本酒を飲むための伝統的な酒器が置いてあったり、登場人物が品の良い言葉をわざと尖らせて用いていたり、カメラの位置が畳に座ったときの日本人の目線に合わせてあったり…。研ぎ澄まされたセンスの良さによって生まれた調和が、小津映画を映画史の中で際立つ存在にしているのです。

    ロボットのデザインは、科学の最先端技術とリアルな人の生活との調和という点で、センスの問われるところです。
    目立つものや、人の注意をひくデザインをすることは全く難しくない。しかし生活の中に馴染んで、あたかも「そこに以前からあった」ような感覚を与えるデザインは、難易度が高いのです。結果的にそうしたデザインが、人に長く使われ、違和感なく生活の中に存在できる良いデザインになっています。
    まさに「用の美」(生活・習慣に馴染んだ、手づくりの日用品が持つ機能美、様式美)であり、生活と人の意識から自然に生まれるデザインが求められているのです。

結婚式で花嫁を先導する「フラワーガール」のロボット「Posy」。ヴァージンロードを歩き、花を渡すという機能しか持たないが、その動きと佇まいに、無垢な少女の面影を宿した唯一無二のロボット。映画『ロスト・イン・トランスレーション』にも出演。

 これから私たちは、どんな存在を「ロボット」と呼ぶのだろうか?
今、世界には人と関わるロボットが数多く生み出されている。HONDAの「ASIMO」などの人型二足歩行のロボット、ソフトバンクの「Pepper」のようにコミュニケーションに特化したロボット、人そっくりにつくられた「ヒューマノイド」…。これほどに意味が広がりつつあるロボット像はこれから、どのようなものになり、私たちと関わっていくのだろうか?


  • 松井氏:

    フラワー・ロボティクスではロボットの存在を「目的をもつ第三者」と表現しています。人でもモノでもない、新しい第三者です。その定義は「自律性」を持っていることだと考え、これまでロボットをつくってきました。
    自分自身で環境を認識して、経験から次の行動を決め、自律的に人に関わることができる製品というものは、20世紀の世界にはまず存在しなかった概念です。それゆえ、人とうまく関わり、社会をより豊かにしてゆくための新しいデザインを僕たちは考え、どんな新しい世界に出会えるかを形にしていきます。

    彼ら目的をもつ第三者が私たちの暮らしの中に入ってきたとき、やはりライフスタイルは大きく変わります。たとえば、彼らが私たちに体調を聞いて情報を解析し、深刻な病気を早期に発見してくれたり、私たちが人生相談をしたときに、これまで認識していた自分は実は幻想だったことを気づかせ、これまでと違う人生観に導いてくれるようなこともあるかもしれません。
    今、多くの人がSNSを介して趣味・趣向で他者と繋がり、さまざまな情報を得ています。しかしより深い自分と繋がるのは、もしかしたら生活空間をともにするロボットになるのかもしれません。ロボットが「世界で一番自分のことを理解してくれている」と人が認識できるような存在になれば、案外、手放せない存在になるかもしれないですね。

 「ロボットを手放せない」と聞くと、「そんな自然の摂理に逆らうような生き方は人間的ではない」という反論が返ってきそうだ。しかし今、視力が低い多くの人々は、眼鏡やコンタクトレンズをつけて生活している。「自然だから」という理由で、リスクのある低い視力の裸眼での生活を営むのは、すでに人間的ではない。

 私たちが社会において不自然さや違和感を抱くときは概ね、その行為をしている人の数が問題になっている。ロボットも普及が進み、いかなる家庭にもロボットがあるようなときが来れば、誰も不自然だとは思わなくなるだろう。これからのロボットを考えるときに必要なことは、そうした未来に視線を投げかけてから、今を見ることなのかもしれない。



(2016年6月10日公開)

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  • mamedonさん

    テクノロジーの進化により、人間にとって有益なロボットが開発・活用されるのは良いことだと思う反面、過度な依存とか軍事ロボットなどという、望まない副産物を生み出す可能性も懸念される。(軍事を民事に転用が通例か?)

    ロボットが人類に取って代わり、理想の地球がよみがえったなどと言う事態が訪れない事を祈ります。

    2016年06月15日 13:46

  • 2e0l6さん

    ロボットの未来形楽しいですね!

    2016年06月13日 10:31

コラムニスト・プロフィール

森 旭彦もり あきひこ

1982年京都生まれ。2009年よりフリーランスのライターとして活動。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライ ...

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