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深層中国 ~巨大市場の底流を読む 第56回 「全知全能」の権力の終わり~「政府頼み」の限界でバブル崩壊の懸念も

経営・戦略 田中 信彦 2014年01月24日

「全知全能」の権力者

 中国の社会は国民が政治を監視する機能に乏しく、「カネ」と「力」(強制力、暴力)の圧倒的な部分を政府機関が握っている。そのため中国の権力者はやりたいことは基本的に「何でもできる」し、国民も権力者は「何でもできる」ことを前提に、権力を頼り、時にそれを利用して自らの利益を図ろうとする傾向がある。要は官民ともに「権力頼み」の社会である。そのことが今、中国経済の非常に大きなリスクになっている。今回はそういう話をしたい。 

 日本で生活していると想像しにくいことだが、中国内陸部の地方都市で政府機関や国有企業の関係者などと話をしていると、その発想のあまりの違いに驚くことがある。

 先日、内陸のある省の国家機関で働いていた友人と久しぶりに話をした。この省は人口が1億人弱もいて、省都には巨大なビルが林立している。この友人の出身地はそこから車で2時間ほどの人口数百万人を擁する中規模都市である。この友人はかつてその街の警察・公安関係機関で働いていたのだが、いまは辞めてコンサルタント兼貿易会社のようなことをしている。地方都市で大きな産業もなく、同級生の多くは今も国家機関で働いている。辞めて民間に出たのは自分しかいないという。

 この友人は経営者なので市場原理の中で生きているから、競争に勝たねばならないし、従業員のマネジメントや顧客とのつきあいなど、常に課題は山積で、いつもバタバタと走り回っている。経営者とはそういうものだろう。

 そういう友人がかつての同僚や同級生などと会うと、毎回不思議そうな顔をされるのだという。「いつも深刻な顔をして“大変だ大変だ”と言っているけど、いったい何が大変なんだよ?どうしてそんなに問題ばかりなんだ?」

 友人が商売にまつわる苦労や経営努力の話をしても、かつての同僚や同級生たちにはどうもピンと来ない。なぜそんなことで悩むのかわからないのである。「だってそんな話、簡単じゃないか。〇〇局の〇〇先生に願いして、ちょっとお礼をすれば片づくことだろ?」「そんな商品、〇〇庁の〇〇女史のところで買ってもらえばいいじゃないか。すぐ電話するよ」「そんな奴、公安局の〇〇さんに頼んで、ちょっと言ってもらえばすぐに黙るよ。後でお礼をしとけばいい」

 万事がこんな調子で、話が噛み合わない。その友人は言う。「彼(女)らは自分たちは何でもできる。そう思っている。そしてそのことに何の疑問も感じていない」。引き続き友人の表現を借りれば「党や政府機関で育った人間にとっては、『できないことはない』という感覚が当たり前になっている。自分が何かやりたいと思ったら、やるべきことは2つだけ。ひとつはそれを誰が担当しているのかを調べる。2つめはその人を訪ねてお願いして、しかるべきお礼をする。それだけ。それで後のことは全部カタが付く。だって権力があるから」。

 もちろんこの表現はやや極端で、現実にはさすがに「何でもできる」というわけにはいかないだろう、とは思う。しかし一党独裁国家の権力者は選挙で選ばれるのでもなく、メディアの厳しい監視があるわけでもない。さらにその権力者から任命された役人たちも同様に、議会や国民のチェックがあるわけでもない。もちろん中国にも形のうえではさまざまな権力の牽制機構はあるが、北京や上海のような大都会はまだしも、地方都市になれば事実上、有名無実である。地元は地縁・血縁・同級生といった関係でほぼ固まっており、利益共同体になっているから、大概のことは内々に処理されてしまう。

 つまり、この国の政治・行政につらなる人たちは「権力でものごとを処理する」ことに慣れきってしまっていて、それ以外のメカニズムに思いが至らない。やや誇張して言えば「全知全能」なのである。それは産まれた時からそうだったというだけで別に悪意はないのだけれど、こういう症状が蔓延している。一党独裁とは現場の肌感覚で言えばそういうことなのだろう。

「何でもできる権力」を利用する国民

 で、このような「やりたいことは何でもできる」という「全知全能」の人たちが権力を握っていると、統治される人々はどう考えるか。外の世界の論理では「そんなおかしな話があるか」と反発するのが当然だと思いたくなる。現実にはもちろん反発する人もいるけれども、こういう体制はあまりに長く続いていて、産まれた時からそうなのだし、仮に反抗してもどうにもならないことは民草のほうもわかっている。するとどうなるかというと、反発するよりも、この「全知全能」の人たちを利用しようとするようになるのである。

 なにしろ相手は「何でもできる」のだから、この人たちのやることは成功するに決まっている。なぜなら万一「失敗」したら、「成功」の定義を変えてしまえばいいのだから。まるで審判を相手に試合をやっているようなもので、ケンカにならない。だったらさっさと相手の言い分に乗ったほうがトクである。万一、状況が悪くなっても全知全能の人たちが何とかしてくれる。こんなにありがたい話はない。かくして権力者が自分たちは「何でもできる」と考えると、統治される人々の間には権力者に対する依存心と集団的思考停止がはびこるようになる。もちろんそうでない自立した思考を持っている人もいるけれども、それは少数派である。

 一方の権力者のほうも、自分たちの言うことやることに人民からあれこれ口を出されるよりも、黙って言うことを聞いてくれたほうが楽で、思考停止は基本的に歓迎である。もののわかった人は一部でいい。これを「愚民政策だ」と怒っている人は中国国内にもいるけれども、それもやはり少数派だ。どうせ権力者は「何でもできる」のだから、要は儲けさせてくれるなら自分が「愚」か「賢」かはどうでもいい――というのが人々の基本的な姿勢になっていく。これが独裁政権の一番の問題だと私は思う。



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  • ロンパリさん

    人手が足りないのは工員、作業員と云ったレベルではないのでしょうか?成長率が8%ないと学卒の就職先が足りないと読んだ記憶があります。それでも200万人があぶれるとありました。それが7%になったら学卒の不満はどこに吐き出されるのかしら。バブル崩壊が始まったら途中で止めることはできないでしょうし・・・
    日本の貧富の差など中国から見れば笑われる位の小さなモノです。

    2014年04月17日 16:58

  • CIAさん

    私はいま中国で働いていますが、まさしくおっしゃるとおりです。

    2014年02月06日 02:24

  • 妄想家さん

    不動産バブルの崩壊は以前からよく聞く話だが、全能の支配者の力が衰えたとしても、破綻を来すのは地方の行政府であれば、ある意味中央政府にとっては好都合なのかもしれない。
    全能の力の縮減は、ご指摘の歪によりもたらされたものであるが、その先どこまで、どうなるかは分からないが、指導者はその改革を意図している。
    比べて我が日本はと言うと、矮小な民族主義的指導者は、問題解決とは正反対の行動が目立つ。加えて、巨額の負債を背負っている。人の心配をしている余裕などない。
    真に未来志向の政治が望まれる。久方ぶりに中国に行って思ったことです。

    2014年02月01日 15:28

  • 平均的日本人さん

    全知全能で「何でもできる」権力者(機構)に統治される人民は幸せであると思います。但しその権力者(機構)が【無私・公正】であることが前提です。【無私・公正】を欠いた全知全能がその権力を振りかざして利権を漁り民の苦難を無視しているのが中国の為政者の様ですが党の中には正義を知る優れた理論指導者が多数存在しているはずです。その人達はついに【無私・公正】は諦めて権力の放棄をしようとしているのでしょうか。【権力と私欲】は四千年の知恵でも切り離せないものであれば統治形態はやはり民主主義が良いのでしょう。しかし民衆が衆愚であれば現在の日本の様に政治と資本が結託して貧富の差がますます拡大してしまうでしょう。

    2014年01月29日 14:15

  • ごっそさん

    日本経済への影響を具体的に知りたい。

    2014年01月28日 10:54

  • Mさん

    独裁国家の末路は恐ろしくなる

    2014年01月28日 02:38

  • かっぱさん

    中国社会のニュースは欠かさず見ています。中国人の気質と日本人との違いやどうも馴染み難い中国人の感性が、連載コラムを見ていると納得出来ます。ニュースネタが中国の知人など身近な処にあり、庶民からの見上げたコメントと俯瞰的中国の潮流が見え好きですねえ。

    2014年01月27日 22:26

  • しろさん

    ともすれば情緒的論評になりがちな中国の政治・社会の構造的本質を鋭く、しかも平易な言葉で解説されていて、
    たいへんスッキリしました。田中先生の慧眼は素晴らしい。中国のメディアにも中文で掲載されるべきです。

    2014年01月27日 20:20

  • tousitiさん

    金と権力:中国人の考え方が冷静に解説されています。日本にもその手の政治家がいますね(金と数の力を利用したT総理とかその流れを踏む現役の政治家)。政治家が動くところには必ず、利権・官僚・不動産業、金融業等々の癒着が付きまとう。中国人の金への執着力と汚さほどではないにしても。

    2014年01月27日 19:40

  • CB450さん

    非常に参考になりました中国には人権無視をやめてまともな国になって欲しいものです。
    中華思想がある限り無理でしょうか。

    2014年01月27日 18:50

  • hicoさん

    中国社会をいつも鋭く分析していただき参考になります。中国バブルが破裂したら世界経済が大混乱します。何とかソフトランディングしてほしいものです。

    2014年01月27日 16:44

  • ののはなこさん

    中国とにほんの違いはどこに有るのでしょう

    2014年01月27日 12:08

  • 初石おじいちゃんさん

    日頃接しているコメンテーターの先生方とは別の角度から切り込んで居られ、いつも大変興味深く読ませて頂いております。 今回は特に参考になりました。

    2014年01月27日 09:59

  • takaさん

    中国に対する色々な面からの解説勉強になります。

    2014年01月27日 09:40

  • OMさん

    hisasiburini yokatta.
    nao,konorann hiragananyuuryokuga dekinai.

    2014年01月27日 09:12

コラムニスト・プロフィール

田中 信彦たなか のぶひこ

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動 に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、 ...

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