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深層中国 ~巨大市場の底流を読む 第55回 「現金化」する中国の農地~6億農民が資産家になる日

経営・戦略 田中 信彦 2013年12月20日

 中国で先ごろ、共産党の重要な会議があって大胆な政策がたくさん決まった。その中に、これまで売買や貸借が原則的に禁止されてきた農村部の土地の「現金化」に道を開く明確な方向性が打ち出された。これによってこれまで「耕作」か「出稼ぎ」しか収入の途がなかった中国6億の農民が、一気に土地という資産を手にする可能性が出てきた。うまくいけば中国が真の大国に成長する基礎になり、一歩間違えれば天下大乱という政策だが、果たしてどうなるか。

中国都市部の「夢のような善政」

 今年11月、中国共産党の5年に一度の重要な会議があり、そこで中国の将来に大きな影響を及ぼす政策がたくさん決まった。会議の名称は「中国共産党第 18 期中央委員会第三回全体会議」(略称・三中全会)、発表された決議は「改革を全面的に深化させるための若干の重要問題に関する中央委員会の決定」というのだが、現実に実行できるかどうかは別として、内容的には大胆な改革のオンパレードで、これが実現すれば中国の社会構造は今よりはるかに良くなるだろうと思わせるものがある。目玉はいくつもあるが、そのうち最も重要だと考えるのは農村の土地問題に関する部分だ。

 言うまでもなく土地政策は社会の発展に決定的に重要である。どこの国でも、普通の国民がまとまった資産を持とうと思えば、経済発展前の地価が安い時期に不動産を買い、それが経済成長のプロセスで値上がりするというパターンが最も確実である。日本もかつてはそうだったし、香港やシンガポールなど戦後の成長したアジアの大都会もそうだし、上海や北京など中国の大都市はまさに今その渦中にある。そうやって多くの中産階級が誕生して、購買力がつき、教育水準も上がって社会が安定していくものだろう。

 いまや上海の私の周囲にいる友人たちは、ほとんど例外なく数千万円以上の資産を持っている。これは一部の金持ち層というわけではなく、職業や学歴を問わず、マンションのガードマンさんでも、駐車場の料金収受係のおじさんでも、1990年代に中国都市部の住宅制度改革が始まる前から市街地に生まれ、育ってきた人なら、いずれ相続するはずの親の資産も含めれば、ほぼ全員がそうである。このあたりの仕組みは過去の連載で紹介したのでぜひ参照していただきたいが、要は本格的な経済成長が始まる前に土地(の使用権)を国家が市民に無償もしくは安く配分したからである。こういう場合、通常は土地の増値ぶんの相当部分を税金という形で国に取られるものだが、中国にはいまだその種の税金がないので、場所によっては数十倍という地価の上昇分が全て住民の資産になった。これは都市部住民にとっては夢のような「善政」であったと言えよう。

都市部によって搾取された農村

 しかしその一方で、農村部に関しては土地の所有概念が全く違い、農民(農業戸籍の人々)は自分が耕している田畑や山林、居住地などを売買したり貸借したりする権利がない。詳しい制度の説明は省くが、都市部住民(非農業戸籍者)が住む土地の所有権は国にあり、住民はその使用権を売買もできるし、貸借も担保に差し出すこともできる。つまり国有の土地の使用権には私有財産権が確立している。それに対し、農業戸籍の場合、土地の所有権は農業集団という、自分もその一員である地元の共同体にあり、国有とは異なる概念になっている。農民に使用権(耕作権、居住権)はあるものの、それを売買や貸借したり、担保設定したりすることはできない。つまり集団所有の土地には財産権がないのである。

 これはまことに大きな不公平で、当然ながら農民は大いに不満である。特に最近のように経済発展で郊外農地の宅地化が進み、同時に都市近郊にあった工場などが続々と地方に移転するようになると、農村部でも土地の価値が増して結構な値がつくようになってきた。ところが農民はその増値ぶんを合法的に現金化する手段がない。この制度の不備に付け込む形で、地元の権力者とデベロッパーがさまざまな方便を使って農民の土地を「合法的に」安く収容し、時価で転売して莫大な利益を上げるという行為が蔓延し、農民の怒りをかっている。

 こうした問題に解決の道筋をつけ、農地を流動化(市場化)して農民の資産を増加させようというのが今回決まった政策の意図である。それは簡単に言うと、農村部の土地についても都市部の人々の持つ不動産と同様、土地の使用権に私有財産権を確立し、さまざまな条件はつくものの、売買や貸借、担保の設定などの経済行為を認めていこうというものである。むろん、今回決まったのはその「方向性」であって、いきなり農地が自由に売買できるようになるわけではない。しかし数十年にわたって、いわば「二等国民」として差別され続けてきた農村部の人々にとっては、やっと自前の資産を持つ一人前の国民として認められる基盤ができるわけで、非常に大きな意味がある。

「食っていく」ための土地

 そもそも、なぜ中国の農村における土地の配分が都市部と大きく違っていたかというと、それは農村部では土地は「食っていくための道具」であって、「資産」ではなかったからである。かつて社会主義中国の初期段階に中国の農村部では「人民公社」という形で農民の集団化が進められた。この試みは空理空論に過ぎて農民の生産意欲の減退を招いて失敗、1970年代後半には有名無実化し、1982年に正式に廃止された。先に触れた農村部の土地を所有している「農業集団」とはこの人民公社の名残である。

 もともと中国の農村は人口が多いうえに農業の生産性が低く、多くの農民は食っていくのがやっとか、日々の糧すらままならない状況が普通だった。食料の絶対量が少ないので、全員が生き延びるためには平等に分ける以外にない。誰かが勝手なことをすれば餓死者が出かねないからである。そのため農地は村の共同体が管理して、各戸の家族が食っていけるだけの土地を村の構成員に均等に分けて使うという考え方が定着した。

 かくして中国の農村部では1980年代から場所によっては90年代まで、農地の管理が厳しく、余所からの転入者も転出者も極端に少ない、非常に流動性の低い社会が続いた。耕作用地や住宅用地は、家族の人数に応じて農家に割り当てられ、厳格に管理された。跡継ぎがないまま亡くなった家や何らかの事情で村を去った農民の土地は、数年に一回、村で農地の分配に関する会議を開き、村外から嫁を得たり子供が生まれたりして、「口」が増えた家に再配分するという仕組みが機能してきた。ここでは土地とは耕して食っていくために配分される一種の「道具」であり、個人の資産という概念はほとんどなかった。中国の農村の土地管理制度は、現在でも建前上はこのような状況のままにある。



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  • Hiroさん

    中国と中国の人、時間軸でのこれからが見えない。
    経済にベクトルが向いていて、そこから生まれる社会・文化なのか。
    強い国=わがままな国(アメリカ的)に舵を切って行くのか?
    鏡に映して、わが国は??

    2014年01月23日 11:01

  • ひろしくんさん

    田中信彦さんの中国農民に対する温かい目を感じる記事でした。
    「良い強国」になって欲しいですね。

    2014年01月16日 17:04

  • saigen66さん

    相変わらずわかりやすいお話です。中国の土地問題を簡潔明晰に説明していただきました。

    2014年01月13日 16:29

  • 平均的日本人さん

    社会主義市場経済は1979年鄧小平により提唱された時点ではまだ【プロレタリアート独裁】が明確に主流を成していたが、市場経済化の進展により資本家を認めなければならなくなった共産党は、仕方なく2000年に江沢民氏が「三個代表」論を掲げました。その内容は「生産力」「文化」「人民の利益」の発展で、労働者と資本家の闘争的関係を【総合利益の拡大】に昇華させる路線をとりました。以来その時点で【働かなくとも食っていける人民】を公認したのです。人民もその事に直接的な痛痒は感じていなかったために主義に対する矛盾は見過ごされましたが階級政党の看板と現実はどんどん遊離しています。その遊離がどの様なかたちで決着を見るのか不安ですが今回の農地市場化(案)がその引き金になる可能性は大きいと思います。

    2014年01月08日 11:28

  • 初老人さん

    今回の農地改革は二重の意味で【なし崩しの崩壊】の危険性を孕んでいると思います。人民公社が機能せずに理想の農業国家が成立出来なかった事は食糧事情から見れば世界中の不幸でしたが米国の穀物メジャーの大勝利でした。六億人が食糧の生産者になるのか消費者になるのかでは地球の炭酸ガスバランスにおいて大きな差となります。嘗て米穀物メジャーが最も恐れていたのは中国の大規模近代農業化でした。人民公社が設立の趣旨に則り理想的に機能すれば世界に貢献する国家となるのにその道を放棄して【労働収入以外に合法的な資産運用による収入を得られる】国にしてしまえば共産主義の根本である【働かざる者は食うべからず】を放棄することになるのですから共産主義は完全に崩壊するでしょう。また農地の個人資産化は【租税】【相続税】【家長制度】を再整備しなければ日本の様に土地の切り売りで農業大規模化は不可能になってしまいます。平鎮の虚擬確権方式が成功をおさめているのですから党の強権を以って中国内の農耕適地全てにこの方式を適用して近代農業国家を確立すれば中国は近隣を侵すこと無く世界で《真の大国》と言われる国家になり共産党の存在意義も確立すると考えます。

    2013年12月26日 12:12

  • jl4izyさん

    中国事情の理解に大変役立ってます、ありがとうございます。

    2013年12月25日 10:20

コラムニスト・プロフィール

田中 信彦たなか のぶひこ

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動 に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、 ...

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