1. ホーム
  2. 経営・戦略
  3. 連載コラム
  4. 深層中国 ~巨大市場の底流を読む
  5. 第83回

深層中国 ~巨大市場の底流を読む 第83回 「個」の自立を阻む中国社会 ~ますます強まる同調圧力

経営・戦略 田中 信彦 2016年09月23日

「自分のパンを相手に押しつける」

 30数年前の話だが、私が学生時代に中国語の勉強を始めた頃、北京大学に留学した先輩からこんな話を聞いたことがある。当時まだ留学生は少なかったので、大学の宿舎で中国人学生と外国人の留学生が同室になって暮らすケースがあった。そんな状況下で中国人、日本人、米国人の学生が同じ部屋でパンを食べるとする。その時の行動が国によって違う。

 米国人学生はパンを手に部屋に戻ると、1人でさっさと食べ始める。日本人学生はパンを持って部屋に戻ると、とりあえず「パンがあるけど、キミも食べない?」とルームメイトに聞くが、そこでは相手が遠慮して辞退することが前提になっている。中国人学生は、部屋に入るや相手の意向も聞かず、パンをちぎって友人に押しつける――。

 実際にこういうことがあったのか、先輩の創作なのかはわからないが、この話はその後の経験からしてもよく出来ていて、今でも鮮明に覚えている。

 ここで語られる米国人学生の行動は、個人主義的で冷たく、自分のことしか考えていないとも受け取れるが、逆に言えば「自分のことは自分でやる」「人に頼らない」「他人の自由を尊重する」といった態度の表れでもある。日本人の学生はまず周囲との調和を考えて意向を聞く。ただし言葉に表さない暗黙の前提が存在している。

 そして中国人の学生は、とにかくまず相手のことを考える。仮に自分はお腹が減っていてパンを全部食べたいと思ったとしても、そのパンを相手と分ける。そこにあるのは、自分のことはさて置いて、まず大切な人のことを考えるという姿勢だ。中国人には確かにそういうところがあって、これは大いなる美徳である。時にこういう中国人に出会うと、感動して涙が出そうになることがある。

判断基準が自分の外にある社会

 しかしこの美徳の背景には、あえて冷たく言えば「そうしなければならない」社会の圧力が存在する。こういう場面で仮に中国人が1人でさっさとパンを食べたとすれば、その人間は中国社会においては「身勝手だ」「人間味がない」「思いやりがない人間」と非難の対象になる。「人間はこうあるべきだ」という社会の観念が明確に存在して、その期待通りに行動することを求められる。「人はそれぞれだから」という寛容性が低い。

 つまり中国社会では「自分がどうしたいか」よりも「人から認められる行動とは何か」を考えて行動する傾向が強い。言い方を変えると、自分の行動を決める判断基準が自分の中にあるのではなく、自分の外にある。何か決断したり、選択したりする際に、その判断の基準を「自らの考え」よりも「周囲の意向」「社会の観念」に置く傾向が強いということである。

 これは「自分で決めて自分で責任を取る」という「個の論理」が根底にある、先の例で言うところの米国人学生の行動とは大きく違う。中国人社会では、自分の行動は「自分はこうしたい」というだけでは決められない。「立派な人間」と認められるには、必ず周囲のことを考え、社会が期待する行動を取らなければならない。中国の人たちはそのように行動することが長い間に習慣化しているといえる。



このコンテンツをご利用いただくには、NEC ID登録が必要です。

ログイン

NEC ID登録

NEC ID(無料)にご登録いただくと、プレゼント応募やセミナー申込みなどの特典サービスがご利用いただけます。この機会にぜひ、NEC IDにご登録ください!

wisdomとは?

この記事の評価
現在の総合評価(55人の評価)
4.4
あなたの評価
決定
  • すべての機能をご利用いただくには、WISDOM会員登録が必要です。
この記事に対するコメント
  • すべての機能をご利用いただくには、WISDOM会員登録が必要です。

同意して送信する

  • ちーちゃんさん

    日本をはじめ欧州各国も中国国内の生産から撤退するという記事が出ていました。中国国民自ら民主主義を勝ち取らなければ、いずれ中国は先進国の経済競争から脱落することになるのではないでしょうか。

    2016年09月30日 17:14

  • 初老人さん

    ビックデーターがネットワークシステムを操りコマーシャリズムが最大の利益を目論む時代、商品・流通は『マス』を対象として企画・商品化され大量・安価な消費物が市場を埋めます。そんな時代、『個』に忠実に生きようとすればとても『不経済』な生き方になるため『一般者』は『右へ倣え』方式で没個性な生き方を選ぶ事になるのでしょう。また大資本も生産設備の減価償却をするために大量生産した商品を売却する手段として社会の同調圧力を喚起・利用するのではないでしょうか。そしてその傾向は消費経済の安定を生み『一般者=中流』の安定した社会実現に寄与するのではないでしょうか。   

    2016年09月28日 22:44

  • choikawaさん

    難しいテーマでした。

    2016年09月28日 16:19

  • 平均的日本人さん

    【第28回 中国人の「自己中心」はなぜ起こるか】から5年半の歳月は中国人民に大きな変化をもたらした様ですね。実は私達世代の日本人も同様な経験をしております。1弗360円の国力差を工業生産力で追い付け、追い越せと20~40代(1970~90年)を過ごした猛烈社員時代が過ぎて、なにがしかの余裕が生まれビューティフルな暮らしぶりに誘導された頃から私達も同調圧力が上昇した様に感じました。日本人は昔から『世間様』という抗し難い同調圧力を抱えていましたから衣食が足りることにより礼節を取り戻したのだと、当時は解釈しておりました。ただその事により労働現場の熱気も低下し、大胆な改善もクリエイティブな製品も生まれ難くなってしまった感がありますのでモノツクリ現場に同調圧力は要注意と考えます。中国外交の進路は国際的同調圧力以上に、愛国を吹き込みすぎてしまった自国民からの圧力が作用しているのではないでしょうか。  

    2016年09月28日 13:16

  • ttさん

    まず相手の事を考える?
    相手ではなく身内(親しい友人含む)では?
    そんな美徳が存在する民族なんでしょうか?
    田中さんの記事はとにかく面白くて中国人を知る上ではなるほどと
    思う事が多いのですが、今回はとてもそうは思えません。
    私は中国に住んだことがありませんが、仕事は一緒にやる機会もありますし、
    海外にもよく行きます。その度どこにでも中国人を見ますが・・・。
    そこで見る限りは相手を考える民族とは思えません。
    相手ではなくごくわずかな身内ですよね。

    2016年09月27日 13:39

  • ytさん

    違う価値観をどのように対応するのか,日本人には難しい。
    バランスを考えるより,日本人の倫理観を確立して対応するのが
    ベストと考える。相手の考え方を理解するが,僕はこう考えるという
    自己主張をはっきり言う方が解りあえる。がんばれ日本人。
    バランス感覚より自己主張。

    2016年09月26日 22:05

  • けんさん

    韓国にすんでいます。田中さんの文をよんでいると、「これは韓国の話なの?」とおどろくことがおおい。それほど、人々の価値観・ものの考え方が、中国と韓国ではにかよっています。小さいころからの塾がよい、はげしい受験競争、ほとんどの大学生が大企業をめざし、中小企業や家業をきらうこと.. 一言で、社会に多様性がすくないということでしょう。田中さんのおっしゃるように、昔からつづく儒教的価値観・科挙などの影響がおおきいことはまちがいありません。いつも為になる話をしてきただき、ありがとうございます。できれば、韓国語になおして、ブログなどに転載したいのですが..

    2016年09月26日 17:04

  • 愛読者さん

    以前のコラムにあった、神様(欧米)、世間様(日本)、俺様(中国)は非常に分かりやすいと思いました。中国は、社会からの評価・期待を重要視する人々とのことでしたが、社会を世間を気にするのは(昔の)日本人ではないでしょうか。中国人は、周りを気にするのか、それとも自分が中心なのか、ここをもう一度解説してください。

    2016年09月26日 12:23

  • さぶさん

    この記事は南シナ海や尖閣問題を中国人の考え方からで侵略ではないという、侵略を薄める弁護・弁解に見える。
    途中で読む気がうせました。

    2016年09月26日 12:13

  • 小文さん

    はじめまして!小文です。
    鋭い論点で、深みのある持論ですね。その通りのではと。
    私自身のことを振り返ってみれば、そのような個の存在を否定され続けて、他国の日本へ飛び込んできたことを今思えば、そうだったのかもしれません。社会が認めるような人になりたいと言われつづ、応え続けてきたところ、とても疲れてしまったと当時のことを思い出します。現在日本では、やはり勉強がすべてではないことを回りを見てる通りで分かっていますし、しかし、それを国の人たちに言うと、理解されにくいことは、またまたギャップが深いと感じます。
    今回のコラムで、自分のことを理解させていただいた御礼を申し上げたいです。ありがとうございます。
    次回のコラムも楽しみにしています。

    2016年09月26日 11:12

  • 初老人さん

    「個」の自立を阻む程に強い同調圧力の中で、官僚幹部がなぜ「あらまほしき姿」を目指さず不正を働くのか?この事を突き詰めれば『既得権力者は同調圧力をものともせずに私利私欲に励む程に「個」の自立を実行している立派な人達』なのか又は『既得権益者達の間では私利私欲に励む事が同調圧力に沿う事』なのか?現在の役人登用制度を知らないから判りませんが、同国の外交手法は明らかに国際的同調圧力をものともせずに隣国とのトラブルを引き起こしています。この観点からすれば中国人民の同調圧力は官製現象なのかもしれませんね。しかし、格差・エネルギー問題等と欲望自由資本主義が原理的問題点を露呈した現在、【価値観や人生観の面では既存の西欧型先進国の社会とはまったく異質】であることは悪い面ばかりとは言えないのではないでしょうか。

    2016年09月26日 10:55

コラムニスト・プロフィール

田中 信彦たなか のぶひこ

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動 に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、 ...

プロフィール詳細



バックナンバー一覧を見る


Copyright ©NEC Corporation 1994-2017. All rights reserved.