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21のキーワードで知る経営戦略実践講座 第21回 プロイノベーション

経営・戦略 西村 克己 2009年05月08日

1.ベンチャーキャピタル(VC)とは

 プロイノベーションは、イノベーション(Innovation;革新)を重視した、政府や企業における産業育成のための取り組みや概念を表します。プロイノベーションという言葉は、イノベーションに、プロ(pro;~寄りの、~に賛成の)を意味する接頭語が付いた造語です。


 プロイノベーションのプロには、さまざまな意味合いを持たせています。プロダクト・イノベーション(製品の革新)、プロセス・イノベーション(経営基盤の強化)、プロフェッショナル・イノベーション(技術の向上)、プロフィット・イノベーション(事業分野の拡大)など、さまざまなイノベーションを含んだ言葉として使われています。


 プロイノベーションが使われるようになったのは、2004年12月に米国政府が発表した「イノベート・アメリカ」の報告書による提唱がきっかけでした。米国の政府機関、産業界、学会が、自国の競争力低下を懸念しており、将来的には国際的なイノベーション競争に勝ち抜くことができなくなるという危機感が高まっています。米国の競争力を高めるためのイノベーションをいかに推進するかの方向性を示したものがイノベート・アメリカの報告書です。


 イノベート・アメリカの報告書は、8つの分科会グループに分かれて推進されました。「競争力ベンチマーキング」「地域イノベーション」「世界レベルの労働力発掘・育成」「競争力とセキュリティ」「高性能コンピュータ」「グローバル・イニシアティブ」「議会への働きかけ」、そして「国家イノベーション・イニシアティブ」です。この「国家イノベーション・イニシアティブ」を、別名「パルミサーノ・レポート」と呼ばれています。


 パルミサーノ・レポートは、21世紀の「ヤング・レポート」とも呼ばれています。ヤング・レポートは、1985年のレーガン政権時代に提出された報告書で、知的財産政策の推進を提唱したものでした。このヤング・レポートにより、米国はプロパテント政策(特許政策)を、国をあげて推進しました。その後、財政赤字と貿易赤字の双子の赤字によって製造業が伸び悩んでいた米国は、このヤング・レポートが唱えるプロパテント政策より、再び国際競争力を取り戻すまでに至ったといわれています。


 「パルミサーノ・レポート」が、「21世紀のヤング・レポート」とも呼ばれているのは、再び失いかけた米国の競争力を取り戻すための方向性を示したものであるからです。現在米国では、インターネットの普及などによりサービス業が発展し、その反面、製造業の競争力が低下しています。かつて、製造業の発展により農業が衰退したと同じように、サービス業の発展が製造業の競争力を低下させています。


 これは、製造業中心のプロパテント政策の限界が来たことを意味しています。21世紀の米国の競争力を維持するために、「パルミサーノ・レポート」で提唱された、プロイノベーションの概念が注目されています。

2.「パルミサーノ・レポート」によるプロイノベーションの概念

 イノベート・アメリカの分科会の1つである、「国家イノベーション・イニシアティブ」の分科会の報告書が、なぜ「パルミサーノ・レポート」と呼ばれるのでしょうか。この報告書が、IBMのCEOであるサミュエル・J・パルミサーノ氏が座長を務めたことがら命名されました。


 パルミサーノ・レポートは、人材(Talent)、投資(Investment)、インフラ(Infrastructure)の3つの観点から、米国がイノベーション能力で世界的リーダーの地位を維持するために必要な対策をとりまとめたものです。約20年前のヤング・レポートを髣髴(ほうふつ)させるものとして、国内外で注目を浴びました。


 1つめの人材においては、「科学者・技術者を養成する基盤を構築する」「米国の次世代イノベーターとしての大学の役割を強化する」「グローバル経済への移行において労働者を支援するしくみを構築する」の3つの目標を掲げています。


 2つめの投資においては、「先端的・学際的分野の研究制度を再活性化させる」「起業を促進し地域社会の活性化を目指す」「長期投資にリスクテイキングができる環境を整備する」の3つの目標を掲げています。


 3つめのインフラにおいては、「イノベーションの成長戦略を支えるしくみを米国全体で構築する」「21世紀に向けた知的財産所有権保護制度を構築する」「米国の製造業の能力を強化する」「21世紀に向けたヘルスケアシステムを改革する」の4つの目標を掲げています。

3.プロイノベーションがめざす生態系としてのイノベーション

 プロイノベーションがめざすところは、生態系としてのイノベーションのしくみにあります。今までのイノベーションは、企業内完結型、個人完結型が主流でした。プロパテント政策では、企業や個人のイノベーションを、特許で保護するという視点でした。


 プロイノベーションでは、個別でのイノベーションには限界があることを背景に、インターネットなどを介したネットワーク社会に適合した新しいイノベーションのあり方を提唱したものです。インターネットなどを介して、知的財産を共有することで、知的ネットワークが広がり、イノベーションを起こす機会が増大するという考え方をとります。


 プロイノベーションを理解する上で有効な用語として、パブリック・ドメイン、クリエイティブ・コモンズ、オープンソース、オープンコンテントの4つがあります。


 1つめのパブリック・ドメインは、誰でも自由に利用することができる知的財産です。パブリック・ドメインの代表的なものは、オープンスタンダードです。オープンスタンダードは、誰でも自由に無償で利用できる規格です。狭義には標準化機関が制定した規格や業界のデファクト・スタンダードをさします。システムのネットワーク化が進むにつれ、ある一社の独自規格によってすべてをコントロールすることが不可能になる一方、オープンスタンダードを自社の製品へ取り込むことによってマーケットの拡大が期待できることから、オープンスタンダードへの流れが加速しています。


 2つめのクリエイティブ・コモンズとは、インターネット上で行われているプロジェクト、またはそれを実施する非営利団体です。インターネット上で蓄積された知的財産を、法律で保護しようというものです。法的に知的財産を守りながら、出版物の創造、流通、検索の便宜を図るものです。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスというライセンスも定義されています。


 3つめのオープンソースは、ソフトウェアの著作者の権利を守りながら、ソースコード公開を可能にするライセンス(ソフトウェアの使用許諾条件)を指す概念です。ライセンスを著作者の権利を守りながらオープンにすることで、ソフトウェアの普及を早めることができます。


 4つめのオープンコンテントとは、オープンソースの概念から生まれたもので、文章、画像、音楽などの創造物を共有した状態に置くことです。法律的に保護された共有物と見なすことができます。インターネットや携帯電話を使って、音楽配信を行うのもオープンコンテントととらえることができます。

4.プロイノベーションが提唱する新しい関係

 イノベーション創造能力の強化を考えるとき、イノベーションそのものの形態が、以前に比べて大きく変化してきていることに注目する必要があります。イノベーションを構成する要素(政府、民間企業、知的財産、研究開発等)において、従来は対立したり相反するとされていた関係が、現在では共生、または相互補完が必要な関係となっています。このような新たな関係は、21世紀のイノベーションを理解する上で重要な鍵となっています。イノベーションを生み出す新しい関係について、いくつか考えてみましょう。


 1つめは、製造業者と消費者の関係です。かつては製造業がイノベーションを支配していましたが、新しい関係では、製品の設計・開発段階で、消費者を参画させる機会が増えています。たとえば、女子高生や女子大生をモニターとして、携帯電話の設計段階から参加させて、ニーズを吸い上げることが実践されています。


 2つめは、知的財産権保護とオープンスタンダード化の関係です。かつては、起業家や大企業の知的財産保護を優先していました。新しい関係では、将来のイノベーションのために研究成果を公表し、技術のオープンスタンダード化をめざす企業が増えています。自社独自の規格として囲い込むのではなく、より多くの企業に使ってもらうことで、デファクト・スタンダード(事実上の業界標準)をめざします。結果的に、業界としての市場が活性化し、結果的に公開した企業にも恩恵が得られると考えます。


 3つめは、製造業とサービス業の関係です。かつて工業化が農業を衰退させたのと同様、サービス業の台頭により製造業が衰退しています。新しい関係では、ITの革新により、製造業のサービス業化が可能になります。製造業が付加価値を提供するソリューション・プロバイダーへと革新していくことが求められるでしょう。


 4つめは、研究分野間の関係です。かつてのイノベーションは、化学・生物学・物理学など、専門分野の個人による研究で生み出されてきました。新しい関係では、複数の分野にわたる学際的な研究の成果により、新たな研究分野が生み出されています。たとえば、産学官連携は、プロイノベーションの実践形態と考えることができます。

5.産学官連携はプロイノベーションの実践形態

 産学官連携の成功事例に、シャープの電子レンジ「ヘルシオ」があります。ヘルシオは、「水で焼く」というキャッチフレーズでヒットした商品です。水で焼くとは、過熱水蒸気で焼く新しい方式です。過熱水蒸気とは、100度以上で蒸発した飽和水蒸気を、常圧でさらに過熱した、熱放射性ガスのことです。凝縮伝熱、対流伝熱、輻射熱の3つのエネルギーを持っているので、通常より8倍高い熱量が食材にあたって調理できます。


 シャープでは白物家電の低迷を、環境健康家電というコンセプトで乗り切ろうとしていました。そこで、新商品開発のコアとなる技術を探索していました。そこで、大阪府立大学と産学連携して、過熱水蒸気を家庭用電子レンジに適用するための共同開発を発足しました。


 さらに、マーケティングの視点から、公的研究機関と大学の協力により、アカデミックデータを作成し、健康への好影響の実証検証を試みました。産学官連携によるアカデミック・マーケティングは功を奏し、1年間で10万台のヒット商品になりました。ヘルシオの名は、「減る塩」から命名したといわれています。


 ヘルシオは、多くの優秀賞を獲得しています。経済産業省のものづくり対象の優秀賞、電気工業会功績者賞の会長賞、日本経済団体連合会会長賞、日経の最優秀製品賞、小学館のサライ賞などを受賞しています。


 米国が抱えている競争力の低下は、米国だけの問題ではありません。日本においても、主導権が製造業からサービス業に移り、製造業の収益力が低下しています。日本国政府としても、国家をあげたプロイノベーションへの取り組みが期待されています。そのためにも、日本版プロイノベーションの定義を明確化していくことが出発点になるでしょう。

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コラムニスト・プロフィール

西村 克己にしむら かつみ

1982年東京工業大学 経営工学科 大学院修士課程修了。富士写真フイルム株式会社を経て、90年に日本総合研究所に移り、主任研究員として民間企業の経営コンサルティング、講演会、社員研修を多数 ...

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