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宇宙開発のプロジェクトから学ぶ課題解決のヒント 第8回 帰還直前、イオンエンジン沈黙。用意されていた打開策

マネジメント 松浦 晋也 2010年11月15日

 2006年1月、地球との通信を回復した小惑星探査機は、まさに満身創痍の状態だった。姿勢を制御するリアクションホイールは、3基中2基が壊れてしまった。リアクションホイールに変わって姿勢を制御するはずだった化学推進スラスターは、燃料漏れを起こして使えなくなってしまった。通信途絶中、太陽電池パドルに太陽光が当たらなくなった結果、バッテリーは過放電を起こしており、14個のバッテリーセルのうち4個が完全にだめになっていた。


 はやぶさが地球に帰還するためには、姿勢を立て直し、狙った方向にイオンエンジンを噴射し続ける必要がある。はやぶさはスラスターAからDまで、4基のイオンエンジンを搭載している。スラスターAは最初から調子が悪かったので予備と位置付けられ、はやぶさはBからDの3基で往路の航行を続けてきた。往路での総運転時間は2万1000時間を超え、エンジンの劣化が進行しつつあった。

累積4万時間の運転に耐えたイオンエンジン

 2010年6月の帰還のためには、2007年4月に帰還航行を開始する必要がある。準備に使える時間は1年以上あったが、やるべきことも多かった。


 まず行わねばならないのは、ベーキングだった。はやぶさを太陽光で暖め、内部に残っているかも知れない漏れた化学推進スラスターの燃料を気化させ、追い出すのである。これをきちんと行わないと、またも噴出した気化燃料で姿勢を崩し、通信途絶という事態も起こりうる。


 次に問題になったのは、姿勢制御だった。イオンエンジンの中和器からキセノンガスを噴射することで、はやぶさは太陽電池パドルを太陽に向け、ゆるやかに回転して姿勢を安定させる状態に入っていた。しかし、はやぶさは太陽の回りを回っている。回転軸が一定の方向を向いたままでは、いずれ太陽電池パドルに光が当たらなくなってしまう。少しずつ回転軸の向きを変えていかねばならない。


 ところが、中和器からのキセノンガス噴射で回転軸の向きを変えていくと、帰還のためのキセノンが足りなくなる可能性が出てきた。キセノンはイオンエンジンの推進剤なのだから。なんとかして、キセノンを使わない方法を考えねばならない。


 そこで、太陽からの光の圧力で、回転軸の向きを変えていく方法が考案された。光が当たると当たった面には光圧という圧力がかかる。はやぶさの太陽電池パドルにかかる光圧で、回転軸の向きを変えようというのだ。この手法が成功したことで、キセノン消費のペースをぐっと下げることができた。


 壊れてしまったバッテリーも大問題だった。というのも、サンプルを地上に届ける帰還カプセルの蓋は、形状記憶合金を使ったアクチュエーターで閉める設計となっていたからだ。形状記憶合金アクチュエーターを動かすにはバッテリーからの大電流が必要だった。 しかし、通常の充電を行うとダメになったバッテリーセルが、最悪爆発する可能性がある。


 この問題は、通常の充電回路を使わず、バッテリーの状態を調べるためのセンサー回路を流れるごく微弱な電流を使って、じわじわ長時間を掛けて充電するという手法でクリアされた。2007年1月17日、じわじわ充電したバッテリーを使って、帰還カプセルの蓋を閉じることができた。


 これらの作業の間、どのような軌道を通ってはやぶさを帰還させるか、またいかにしてイオンエンジンの劣化を防ぎつつ運転を継続するかの検討が進んだ。


 光圧による姿勢制御、センサー回路を使ったバッテリー充電――裏技に次ぐ裏技で、はやぶさは地球帰還への希望の灯火をともし続けた。


 2007年4月25日、はやぶさ運用チームは、地球帰還開始を宣言した。

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コラムニスト・プロフィール

松浦 晋也まつうら しんや

1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年~1992年に宇宙開発の取材に従事。 主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケット ...

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