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未来授業~明日の日本人たちへ ヤマザキマリさん~海外生活が教えてくれた、「追い詰められてこそ、『頼れる自分』が見えてくる」という発想

2015年01月30日

 今回の講師は、大ヒット作『テルマエ・ロマエ』でおなじみの漫画家・ヤマザキマリさん。17歳のときからイタリア・フィレンツェに住んだのち、シングルマザーとしてさまざまな仕事をしながら子どもを育ててきたという経験の持ち主。イタリア人の夫と結婚してからも中東、ポルトガル、シカゴなどを転々とし、現在はふたたびイタリアで暮らしていらっしゃいます。

 文字どおりグローバルに生きるヤマザキさんに、世界的な視野を持って生きていくことの大切さを語っていただきました。

頼れるのは自分だけしかいない

 もちろん私は日本人ですが、世界各地で転々と暮らしてきました。現在はイタリアに住んでいますけれども、その前には紛争中のシリアをはじめ、ポルトガル、アメリカなどにいたこともあります。そしてさまざまな場所で暮らすたび、自分のアイデンティティについて考えさせられました。日本人であっても、住む以上はその場所に適応していく必然性が生まれるからです。でも、その結果、自分のなかの「辺境の意識」のタガが外れました。そのおかげで描けたのが、『テルマエ・ロマエ』という漫画だったのです。もし、「漫画はこうじゃなきゃいけない」とか「歴史の漫画を描くなら、こうあるべき」とか、「これはコメディ漫画なんだ」などということを意識しすぎていたら、『テルマエ・ロマエ』は生まれなかったと思います。

 あの漫画の発想は、シリアにいるときに浮かんだものでした。シリアの古代ローマ遺跡を巡っているとき、ひとつの遺跡のなかに洗濯物が干してあるのを発見したのです。世界遺産に洗濯物が干してある光景を見たとき、まさにタイムスリップしたような感覚に陥ったわけです。たとえ時代は2014年であっても、世のなかの人間全員が同じ速度で生きているわけではないということを、そのとき強く痛感しました。

 私はもともと17歳からイタリアに住んでいたのですが、14歳の中学校2年生のときにひとりで1ヶ月間、初めてヨーロッパを旅したことがありました。そして、それをきっかけとして、のちにイタリアに行くようになりました。そのときも、グローバリズムだとか、「世界はみんな一緒だというけれど、明らかに自分とは統合しない差異があるな」とか、いろんなプレッシャーを感じたものです。

 ボーダレスでいろんな自由を許されるということは、孤独感や心もとなさや、自分への頼りなさなど、ものすごい恐怖感と対面しながら生きていくということでもあります。ですから14歳のひとり旅のとき、「もう本当にダメなんじゃないか?言葉もできないし、このまま野垂れ死ぬんじゃないか?」と実感して初めて、「頼れるのは自分しかいない!」という気持ちが湧いてきたのです。

 苦境に置かれなければ生まれてこない勇気や感情、自分に対する信頼感。おそらく、そういうものもあると思うのです。ずっと同じ場所にいても、なにも情報は入ってきませんから。インターネットやテレビで見る情報は滋養強壮剤と同じで、効いているように見えてもすぐに効力がなくなってしまいます。本当に忘れがたい、自分の血となり肉となるような強壮剤が欲しいのであれば、動くしかないのです。自分で動いて、辛いことも、恥ずかしいこともたくさん経験しないといけない。残念なことに、日本はそれがしにくい土壌にあり、しなくてもいいような暗黙の示唆みたいなものがあると思うのですが。

たくさんの引き出しを持つ

 「辺境」は「ボーダレス」という言葉に置き換えることもできますが、事実、人生にはたくさんのボーダーがあります。しかもそれらは、守るべきボーダーと、越えるべきボーダーに分かれます。そして、どちらかを選択していかなければいけない。間違った選択をすると、やらなくていいようなこともやらなければならなくなり、間違った人になってしまう可能性もあります。だからこそ、「自分はなにを守るべきか」ということを選択していく必要性、見極める審美眼が求められるのです。

 審美眼を養うためには、いろんな経験を積んだり、自分との対話を常にしていく必要があります。みなさん、いろいろ大変なものを抱えていらっしゃるでしょうが、それはそれで、ひとつの次元としておいておけばいいはずです。なぜなら、自分の時間は自分でプロデュースしていけばいいのですから。私もイタリアに留学していたときはとても貧乏だったので、勉強しながら仕事もしなければならず、ましてや結婚していないのに妊娠もしてしまい、何重苦をも背負うような状況になったのです。けれど、そのとき「考えないようにしよう」と思ったんです。

 こんなに多くのことが自分の身に起こってしまったけれど、「どうしてこうなったんだろう」と考えてもキリがない。だから、考えるのをやめようと思ったわけです。「『もうダメだ』なんて思ったら一巻の終わりだから、これを守っていくべきものだと考えよう。そうすれば、向こう側にある別なものが見えてくるかもしれないから」というふうに。つまり自分でいろいろと、次元を調整していったんです。「ここしかない」と思ってしまうと、ものすごく辛いですし。 それと同時に、ここは多少ボーダレスな選択をしても、それを後悔することはないし、きっと間違っていない、という確かさが私のなかにはありました。

 生きるにあたっては、「この次元だけ」「この側面だけ」と範囲が決められているわけではありません。ですから自分のなかに、複数の引き出しや次元をつくっていい。たとえば旅行を選ぶ人もいるでしょうし、本を読むのでもいいのですが、自分で動いていくということは、何次元もの引き出しをつくる大きなきっかけになるのです。とはいえ実際問題、私も本当に数々の「どうしてくれるんだ」というような状況に追い詰められましたけれど。

 イタリアで子どもを妊娠したときは商売もやっていたんですが、その商売もダメになってしまったんです。会社が倒産し、家も取られて、「これから子どもが産まれるのに…」って。惨憺(さんたん)たるドラマの素材みたいなことを無意識にやっていたわけですが、過ぎてみればなんということもない。要は「過ぎる」んです。つまり、意外に越えることができるので、「もうダメだ」とはあまり思わないほうがいいです。ふと振り向いたら、後ろにものすごく広い空間があったりするので。

 ですからぜひ、いつも360度の周囲を見まわしていられるようにしたほうがいいです。すると必ずどこかに、違う空間があることを意識できるようになる。つまり、越えられないボーダーがある場合でも、自由は許されるのです。私はそう思っています。



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【ヤマザキマリ】
漫画家。
1967年4月20日東京都出身。
1984年に渡伊し、フィレンツェの国立アカデミア美術学院に入学。美術史・油絵を専攻。
1997年に漫画家としてデビュー。
比較文学を研究するイタリア人研究者との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカを経て現在はイタリア在住。
第2回漫画大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。世界8か国語に翻訳される。
著書に『ルミとマヤとその周辺』『ジャコモ・フォスカリ』等。

文筆作品では、『テルマエ戦記』『望遠ニッポン見聞録』『男性論』等。

現在は、講談社:ハツキスで『スティーブ・ジョブズ』、新潮45で『プリニウス』(とり・みきと共著)を連載中。

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