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未来授業~明日の日本人たちへ 服部文祥氏~「サバイバル登山」が教えてくれるもの

2014年06月06日

 今回の講師は、登山家の服部文祥さん。学生時代から山に親しみ、国内外で数々の登山を経験したあと、「サバイバル登山」という独自の登山スタイルを生み出しました。現代的な装備を切りつめ、狩りや釣りで食料を現地調達するという、一風変わった登山スタイルです。

 サバイバル登山を通じて目指すものについてお聞きしました。

登山に抱いた疑問

 もともとは大学生のときに山登りを始めたのですが、当時から「いっぱしの登山家になりたい」「それなりの山に登って評価されたい」という気持ちがあったんです。そんな思いの延長線上で登ったのが、ヒマラヤ西端のカラコルムにあるK2でした。8,611メートルの標高を持つ、世界で2番目に高い山です。

 K2には26歳のときに登りに行ったのですが、その登山隊が大規模だったため、地元の人に頼んで車道の一番奥からふもとのベースキャンプまで荷物を運んでもらいました。だいたい1日8時間、20キロの荷物を背負って歩くのですが、彼らには400円のギャランティーを払っていました。日本だとしたら恐らく8,000円~1万円くらいになる仕事を、彼らは400円でやっているのです。

 300人のポーターがいたのですが、僕らの経済力では毎日1万円をポーターに払うわけにはいきません。つまり僕らがK2のふもとに自分たちの荷物を運べるのは、僕らの力ではなく、日本とパキスタンの経済格差のおかげでしかないのです。でも、それはどうなのでしょうか? 「わざわざ人の力を利用してまで海外の山へ登りに行く意味は、いったいどこにあるのだろう」ということがまず疑問でした。

 パキスタンの山奥で暮らしている人たちは、ほとんど自給自足の生活をし、小麦、ヤギ、鶏を育てています。僕らは1日に400円払うわけですから、10日働いたら4,000円が手に入るわけです。しかし彼らは4,000円分のルピーを持って家に帰るわけではなく、そのまま市場に行きます。市場ですべての現金をなんらかの生活物資に換え、それを背負ってまた村に帰るのです。なぜなら彼らは、現金を家に持ち帰ってもなんの役にも立たないという価値観のもとで生活しているからです。我々のような、日本から来た小ぎれいなクライマーよりも、アウトドアマンとしてのレベルが全然高いわけです。それを見たときに、「うーん、自分たちはなにをしに来たのだろう?」と疑問に思いました。

サバイバル登山とは?

 サバイバル登山とは、山のなかで衣食住のすべてをできるだけ自給自足し、山を登ったり下りたりを繰り返す登山です。具体的には、「なにを持っていかないか」を説明したほうがわかりやすいと思います。まず、電気製品もテントも、コンロや燃料も持っていきません。食料は調味料と米だけで、おかずは現地調達です。燃料になる薪を探し、自分で火をつけてたき火をして自炊します。山菜、キノコはもちろん、イワナやカエルを捕ったり、場合によってはヘビを捕ったりもします。現場で捕ったものを料理し、お米を炊き、栄養を摂るのです。

 タープという大きめのナイロンのシートを持っていき、森のなかに屋根を張ります。その下で寝起きして、できる限り登山道や山小屋は使いません。そうやって1週間~10日、長ければ一月くらい山にこもり、できるだけ人工的なものに頼らず、人工物に出会わないようにしながら、日本の大きな山懐を旅して行くという登山です。

 クライミングのスタイルには大きく「フリークライミング」と「人工登攀」という二つがあります。フリークライミングは自分の肉体だけで登るもの、人工登攀は岩に器具を設置し、そこに縄ばしごをぶら下げて登っていくものです。「自分の力で登るのが本当の意味での“登る”ということなのではないか」というのが、フリークライミングが世に問う思想だと理解しています。そして僕もフリークライミングを通じ、自分の力にこだわるということはものすごく深みのあることだなと気づきました。それが登るということの真実や本質に近いのだということを感じたときに、「日本の山はどうなのだろう」「日本の普通の登山は自分の力でやっているのだろうか」と疑問に感じたのです。そして、「どうすれば自分の力でできるのだろう」と考え、「必要のない装備は置いていこう」「人がつくった道や山小屋を利用することは『頼る』ということになるから、なるべく避けよう」という考え方に行き着きました。

 日本の場合は、山のなかに食べられるものがたくさんあります。その知識を持ち、それを捕る技術を持ち、料理をして食べることができれば、より深くその山を体験できるのではないでしょうか? そこでできるだけ食料も持たずに、現地のものを食べられないかと考えたことが、サバイバル登山の原点なのです。



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【服部文祥(ハットリ・ブンショウ)】
1969(昭和44)年神奈川県生まれ。1996年から山岳雑誌「岳人」編集部に参加。K2登頂など、オールラウンドな登山を経験したあと、装備を切りつめ食糧を現地調達するサバイバル登山を始める。それらの山行記に、『サバイバル登山家』『狩猟サバイバル』『サバイバル!』『百年前の山を旅する』などがある。



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  • God Fartherさん

    服部さんほどではありませんが、必要最低限のもので山に入っても結構楽しめるモノですよね。道具はナイフとライターくらいのものでも10倍くらいは能率がアップする比較経験はいいものです。便利な道具は逆に人の持っている能力をそぎ落としている感は否めません。実際は、人が道具に使われているのか、使いこなしていないのか、商品説明に踊らされている群実は確かにありますね。何事も楽しむ気持ちがあれば可能性は無限です。想像力が鍛えられているかどうかの問題ではないでしょうか。あくまで自己責任で。

    2014年06月10日 13:11

  • 松桐坊主DEさん

    なかなか面白く読ませて頂きました。東北大震災があり、話の内容に賛同される方も多いのでは、ないでしょうか。いま当たり前に使っているものも、むかしはなかったものですから。便利さをえて、逆に失っているものの多さが分かると言うことだと思います。

    2014年06月09日 11:08



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