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未来授業~明日の日本人たちへ 風見正三氏 ~古いものを学んで、新しいものを受け入れる 「森の学校」が教えてくれること

2014年04月04日

 今回の講師は、宮城大学 事業構想学部 教授の風見正三さん。地域計画、都市計画、環境計画、まちづくり、コミュニティビジネス、ソーシャルビジネス、持続可能な地域創造学がご専門で、持続可能な地域創造に関するコミュニティ創造のアプローチの研究に尽力されています。

 震災を通過した私たちは、都市とどのように接していくべきなのでしょうか?

田園都市と現代

 田園都市とは1902年ごろに、近代都市計画の祖と言われるイギリスのエベネザー・ハワードが発表した構想です。この人は建築家ではなく「社会改良家」なのですが、都市を発明したいという考えのもと、産業革命の影響で公害が発生していたロンドンの郊外に、都市と農村の長所を融合させた「田園都市(Garden City)」をつくろうと考えたのです。

 都市的な産業の雇用機会があり、洗練された暮らしがあると同時に採れたての野菜も食べられる。そんな、都市と農村の魅力を一緒に備えた街をつくろうと構想し、建築家と一緒に実現したわけです。それまでは自然発生的に都市や村ができていたのですが、このとき初めて「都市を計画する」という考え方が生まれた。そういう意味でハワードは、「都市をつくる」という行為を発明したということになります。

 田園都市は同心円状に計画されており、中心に街の玄関口としての公園や商店街があります。そして、その周りがオフィスなどの業務地区になっています。さらに周辺に住宅地があって、その外側には農業も含めた広大な緑地帯(グリーンベルト)があります。街中には楽しいにぎわいがあり、少し離れると田園地帯が広がっていて、そこでは果樹などが栽培されている。都市のにぎやかさと農村の自然環境がひとつの街で体験できるのです。また中心街から放射線状に道路が通っていますから、並木道が美しく見えます。

 いわば彼は、自立型の都市を目指したのです。自然豊かな環境で自給自足の暮らしを行い、仕事もする。職住近接なので、散歩をしたり、馬に乗って仕事場に出かけ、畑で自分の作った野菜を食べながら芸術に親しめるというわけです。そんなハワードの思想は100年前のものですが、やっといま、実現する時期がきたと僕は思っています。現代であればITもありますし、地域に住んで農業をやりながら作家になるのもよい。そうなると、東京などの大都市に住む必要がなくなります。郊外に行けば広い家も買えますし、庭も造れます。そんなところに仕事があれば、そこに住みたいと思う方がたくさんいても当然ですよね。そういう意味でいま、ITや価値観の多様化によって、いろいろなことが可能になりつつあると僕は思っているのです。

森の学校

 長野県の黒姫に作家のC.W.ニコルさんが再生した素晴らしい森がありますが、そこに東日本大震災の被災地の子どもたちを招きました。震災後の夏ごろに連れて行ったのですが、みんなニコルさんの森に癒されていました。

 田園都市の思想も同じですが、自然のなかで人間が癒されていく機能を都市に持たせることは重要です。そしてそんな取り組みをする過程で、宮城県の東松島でも「森をもう一度再生したいね」という話が出てきました。そして、そのようななか、野蒜地区という大きな被害のあった場所で、津波に流されてしまった小学校を近くの森に移転させる計画が持ち上がり、それを「森の学校」として再建しようという構想が生まれました。

 宮城大学風見研究室は、この「森の学校」の基本構想、基本計画をまとめることになり、ニコルさんやアファンの森財団が持っている森のノウハウを活かしつつ、「ではどんな『森の学校』がいいだろうね」と、子どもたちも交えてワークショップをたくさん開きました。学校というのは、実はまちづくりのセンターなのです。学校を中心に街ができ、廃れてしまった林業や農業をそこからもう一度再生させることができるわけです。つまり「森の学校」を造るということは、森を中心にして、新しい産業をつくっていくということ。そしてそれは、東北・東松島版の田園都市をつくることにほかならないと僕は思っているのです。

 いま描いている「森の学校」は、ひとつは森とともに生きる学校です。森には木々があり、それらを剪定して薪を作ったり、炭にしたり、キノコを育てたりと、多くのことができます。いまの学校はだいたい、四角四面の街のなかにドンとありますよね。それが森と融合することによって、教室が森、森が教室になるというイメージです。

 たとえば音楽も、森のコンサートをやったら素敵です。楽器を作れば、図工と音楽がくっついてきます。これまではそれぞれ分化していましたが、みんなつながっているということを森のなかで体験していくと、それは本当の意味での「生きる知恵」になります。

 震災で我々が思い知らされたのは、「生きる力」の重要性です。どうやって火をおこすのか、なにが食べられてなにが食べられないのか、そういう究極の力も自然や森から学べます。そしてそれが、震災のとき私たち東北人がいちばん感じたことなのです。しかし東北だけではなく、震災は日本全国いつどこで起きるかわかりませんから、子どもたちが森のなかで生きる力を学べる学校を造ることは東北の使命ではないかと思っています。

 東松島市の小学校は公立学校ですから、これを実現できれば伝搬する力も大きい。まず東松島で実現すれば、「こんなに良い学校ができたのか」と広まっていきます。そうなれば学校の先生も、児童も楽しい。そして地域の人たちも参加して、人間だけではなくいろいろな生き物と暮らせる、そんな学校をつくりたいのです。



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【風見 正三(かざみ しょうぞう)】
宮城大学事業構想学部教授。地域計画、都市計画、環境計画、まちづくり、コミュニティビジネス、ソーシャルビジネス、持続可能な地域創造学、田園都市論などが専門。
社会活動としては、地方自治体の環境審議会や都市計画審議会の委員の他、環境省のイノバティブコミュニティビジネス研究会のワーキングメンバーに参加する等、持続可能な地域づくりとコモンズの創造の研究、事業型NPOの支援システムの体制整備にも関わり、2011年の東日本大震災以降はC.W.二コルさんが代表の「一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団」と共に、東松島市の「森の学校」事業にも取り組んでいる。



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  • フクロウパパさん

    今回の災害をリスタートの起点と捉えて、今迄見失っていた事にじっくりと再び見詰め直し、本来有るべき「生活圏」を構築していきたい物です。
    市民と行政の意識改革が必要の様です。

    2014年04月07日 11:26



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