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未来授業~明日の日本人たちへ 丹下紘希さん~3.11以降に「NOddIN」が誕生した理由、そして、いま改めて問われる個人の力

2016年01月08日

 今回の講師は、映像作家の丹下紘希さん。1968年、岐阜生まれ。これまでにMr.Childrenなど数々のアーティストのミュージックビデオをつくり続けてこられました。また近年は、グラフィックのアートディレクションも手がけられています。

 3.11の衝撃をきっかけとして結成された、「NOddIN(ノディン)」での活動にも尽力中。そんな丹下さんにお聞きしたのは、「私たちにできること」。さまざまな価値観が変革するなか、私たちは心のなかにある思いをどのように伝えていけばよいのでしょうか?

現実に負けない想像力

 渋谷の街をギャラリーに変えようと、ストリートギャラリーをやったことがありました。ボートを持ち込み、釣り竿を持った人たちに乗り込んでもらって、道路の脇の下水につながっている側溝に釣り糸をたれてもらうというパフォーマンスをしたんです。「そんなことをやっているのは変だ」「この人たちはおかしいんじゃないか」と切り捨てるのは簡単ですが、「ひょっとしたら、彼らは正しいことをしているかもしれない」という想像力を働かせさせるわけです。

 彼らが渋谷の汚い下水から魚を釣り上げるのを見て、通りがかった人たちがみんなびっくりしているんです。子どもたちも大喜びで、「本当に釣れるの?」って聞くんですが、「本当に釣れるんだ」といい切る。そうすることによって渋谷の下水が、たくさん魚が泳いでいるきれいな水に変わるという、「想像力を使って渋谷の地下の水を変えてしまう」というプロジェクトだったんです。

 想像力はいろんな意味で無限です。たとえば、「自分が自分より力の弱い人を踏みにじっているんじゃないか」と考えることも想像力ですし、自分が得をしたことで、誰かが損をしているということを想像するのも、ひとつの力かもしれない。だから、世の中にあるいろんなことは、まだまだ僕らが気づけていないことだらけで、それを一つひとつ想像力を使って発見していくことが必要かなと思う。そこで、そんなことにつながったらいいなと実験してみたんです。

 「現実」は想像力より圧倒的な力があります。僕はそれがすごく問題だと感じていて、想像力と現実の割合が半々くらいになっていたらいいなと思っていました。というのも、想像力があるというのは、自分が変われる余地があるということなんです。「この現実の社会の仕組みはずっと変わらないのか」という力は圧倒的に大きいのですが、そこを少し変えていきたい。「自分には可能性があるんじゃないか」と感じたいんです。たとえば、戦争がまったく起きない社会を想像してみたら、本当に戦争のない社会を生み出せるかもしれない。想像力は決して僕ひとりのものでもなく、みんなのものだと思うんです。だから、現実に負けないことが、生きていくうえで大事なことだと思います。

「NOddIN」にとっての「七箇条」

 僕は映像の仕事をしていたんですが、同じように広告映像の仕事をしている仲間とか、音楽映像の仕事をしている仲間のなかにも、震災が起きてからの一連の出来事に、すごく心を痛めている人たちがいました。でも、みんなで集まってなにかをしようといっても、どうしたらいいかわからない。じゃあ、まず展覧会をしようというところから「NOddIN」は始まりました。でも、展覧会をするにしても、自分たちがやることをちゃんと受け止めてもらわないといけない。そこで、顔と名前をきちんと出し、哲学に沿ってやるんだという意思を示すために「七箇条」をつくったんですね。それは、

 一つ、原発を推進し続けなくてはいけない社会構造を疑うこと
 二つ、マスメディアに潜む一方的な力に疑問を持ち続けること
 三つ、地球人として考え行動すること
 四つ、批判する事を恐れず、自分の魂に誠実であれ
 五つ、何にも侵されず自由であり、強い自分の意思を作品に込めるべし
 六つ、自らの命の絶えた先の先の先までを想うこと、愛を持って
 七つ、この組織は組織であって組織ではない 個人の意思で決断し、責任を負うこと

 これに沿う考え方であれば、表現として受け入れてやっていこうとスタートしたわけです。価値観を変えてみる、新しい視点を持つということは、どれだけあってもいいと僕は思うんです。その新しい視点を自分のなかに持ちながら生きていきたいという、そういう意味でNOddINという名前にしました。NOddINのロゴは、ひっくりかえすとNIPPONと読めるようになっています。

 原発事故はきっかけにすぎなかったと思っていて、原発を推進しなければいけない社会構造を疑う必要がある。というのは、自分たちも社会構造の一員で、一生懸命仕事をしていた結果、気がついたら原発事故が起きてしまった。一生懸命仕事をしていた結果、戦争が起きてしまった。たとえばそうなっていったときに、それは自分ひとりだけの問題でもなく、この構造自体がなにかおかしいのではないかということに気がついたんです。

 すごく安く買えるお弁当があって、そこに使われている野菜が、とても遠いところから二束三文で輸入されているとする。つまり、その国の人たちのつくったものを踏み台にして自分たちの生活が成り立っていくということが、社会構造には含まれているんじゃないかと、そういう気がして。みんなが小さな歯車になって、一糸乱れぬかたちで動いていく社会が大きな風車のようなものだったとしたら、その風車に立ち向かうドン・キホーテのような気持ちになって、「じゃあ、この歯車を止めるにはどうしたらいいのか」と思ったわけです。

 しかし、僕も当時は会社を経営していまして、人も雇っていますし、継続していかなければいけない。だから、それを止めるということがどれだけ難しいかということをやってみました。1年かけて社員に独立してもらって、話し合って、話し合って会社を休止したんです。会社が法人という生きものみたいなものだとして、ずっと走り続けるということではなく、どこかでお休みするということも組み込んだ状態で社会が回っているのかというと、そうなっていない。「その会社が自己都合で病気になりました。だから僕、ちょっとお休みしたい」ということが、できない世の中になっている。だから僕はあえてそれにトライしてみたのですが、それは自分にとってすごく大きな転機だったと思います。



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【丹下 紘希(たんげ・こうき)】
映像監督/アート・ディレクター、Yellow Brain代表、音楽映像製作者協会(MVPA)理事長。1968年11月24日生まれ。東京造形大学卒。2012年度で経営していた会社を一時休止。現在は映像の問題は「現実感の喪失」だとして映像との付き合いに疑問を持っているが、同時に映像を愛してもいる。

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