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未来授業~明日の日本人たちへ 前野隆司さん~日本人としてのスタンスを維持しながら、「幸せ」の本質を問いなおすべき時代が訪れている

2015年09月11日

中空構造の日本人

 「日本人は考えをはっきり持っていなくて、いいたいことをうまくいえない」とよくいわれます。でも、もっと広い視点で見ると、自分のいいたいことをいうというのは「他人と闘って勝ちたい」ということだとわかります。つまり考えを持たないというのは、中心が無であるという日本人の本質なのです。「なんでも受け入れる」「なんとでも調和できる」という理想的な和の精神です。それを無意識のうちに身につけているのだと考えれば、実は考えを持たないことは素晴らしいことではないでしょうか。近代以降「考えをはっきり持つことこそが正しい」という考えが広まりすぎたので、「持たないこともいいことなのではないか」ということに、もっと日本人は自信を持っていいのではないかと思います。

 「日本人は決断が遅い」ともいわれます。「外国のリーダーは素早く決断するのに、日本人は話し合ってばかりで結局決めなかったりして、変動の激しい時代に負けてしまう」というようなことをいわれるわけですが、決断しないということは、「自分たちだけ勝ってしまうということをしない」ということです。

 早い決断は変動には向くのですが、長いサスティナビリティという面で考えると不利です。日本は1000年以上も続いてきた国ですし、1000年以上続いた老舗企業には日本企業が多いのです。そういう企業は早い決断をしていません。ゆっくり決断するからこそ長続きする。ですから、「決断ができないから日本人はだめだ」と思うのではなく、ゆっくり決断することのできる素晴らしい優しい国なのだと思えばいいはずです。

 日本は中心に「無」がある国です。すなわち中空構造です。「中空構造」は真ん中を持っていません。つまりなにかをするときに、はっきりした考えを持っていない、自分の強い意志を持っていないということです。悪いことのように聞こえるかもしれませんが、私はいいことなのではないかと思っています。真ん中になにもないというのは、日本の悟りの思想、無我や無私の思想です。つまり欲などもないのです。ですから、真ん中が中空だからこそ、いろいろなものを経験して取り入れて成長して幸せになって、場合によっては悟りに近づいていける、そういう国民なのではないでしょうか。

 日本人になぜ「中心が無」の思想のようなものが残っているかというと、辺境の地だからです。東の海の端にある小さな島ですから、いつも文明の中心にはなく端っこにあります。ですからコンプレックスのようなものを感じながら、「では、今度はどうするか」と考える。それは、いつも新しくなるための仕組みになっていますから、ストレスを感じすぎて不幸にならない範囲でコンプレックスを持ち続けるのはいいことなのです。

 僕は夢を持ったほうがいいと思っているのです。ただ、欧米人のように「一貫した夢を持っていなければいけない」ということではなく、もっと小さなやりたいことがたくさんあって、それらが固まって小さな夢になって…という、肩ひじを張らずに夢がポコポコ湧いてくるような状態が東洋的な在り方なのです。だから「一貫した大きな夢を提示しなさい」などといわれると、「いやいや、ありません」となってしまう。けれど、「あれもやりたい、これもやりたい」という気持ちは日本人も持っています。それを柔軟に広げていけば、日本人らしい夢の在り方、幸せの在り方に行き着けるのではないかと思います。

森のような共生社会

 僕は森が好きです。森には、多様なものが共生しています。特に日本の森は生物の種類が多く、いろいろなものが力を合わせて生きていることを実感できるのです。そこからは、「日本人が本来やってきたことはこれなのではないか」ということが感覚としてわかります。森のような国というのは、ただ森で覆われた国ということではなく、人々が森の部品であるということ。つまり、大きな木もあれば小さな木もある。昆虫もいて、細菌もいる。すべてが助け合いながら、共生している社会です。

 近代以降の社会は、戦って勝った者がすべてを得るという「戦い社会」だったのですが、それでは地球全体が維持できなくなります。だとすれば、「全員に意味があるのだ」ということを認め合いながら、力を合わせる社会のほうがいい。ですから、日本の政治・経済・会社・学校の制度、あらゆる制度を森のようにする、つまり単にトップダウンのきちんとした組織にするのではなく、いろいろな横のつながりがあって助け合う。しかも、資本主義としてお金の回り方だけで人々がつながるのではなく、ボランティアなど「善意のつながり」がまさに森のように縦横無尽に張り巡らされた、昔の村社会のようなつながりが全国につながるという感じでしょうか。

 ただ、村社会には悪い面もあります。みんなに見られているようで、ちょっと息苦しいからです。そこを、現代社会のよさと、村社会のよさをうまく組み合わせることによって、「資本主義社会ではあるけれども森のような、アメーバのようなつながりがある社会」にする。そういう複雑なものをつくれるのは、日本がいちばん適しているはずです。慶應義塾ではもともと「半学半教」と教えています。半分教えて、半分学ぶということ。つまり先生が教えて生徒が学ぶのではなく、みんなが教え合うのだという考え方がずっとあるわけです。私たちの研究科もまさに社会人大学院なので、そういうやり方をやっています。たとえばチームラボという会社がありますが、あそこは「チームでやっていきましょう」と、会社自ら「俺だけでは決めない」といっています。そういうフラット組織は、たくさんできてきていると思います。

 そして、人間の幸福の対局にあるのが戦争です。戦争のない社会をつくるためには、2つ方法があります。1つは、相手が武力を持ってきたら自分も強く持ち、戦いによって均衡を設けるというやり方です。いまはそうせざるを得ない状況になりつつあると思いますが、もう1つはみんなが武力を持たないで信頼し合って、尊敬し合うこと。理想論ですけれど、それができればいちばん平和だと思うのです。それに近づくためにはなにができるかを、もっと考えていくことが必要だと思います。

 私は、日本がすごく進んでいると思うのです。相手は軍備を持っています。でも、日本が持っていないというのは遅れているのではなく、ものすごく未来的なことを実現しているということ。ですから、「持たないということをみんなもやろう」と、そういう理念を広めるべき国なのではないかということです。理念としての憲法9条、本来は武器を持たないのが世界の理想だということを広める国なのだと、みんなが理解し、自覚できたらいいと思います。


(FM TOKYO「未来授業」2015年7月20日(月)~7月23日(木)放送より)


(2015年9月11日公開)



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【前野隆司(まえの・たかし)】
1962年、山口県生まれ。東京工業大学卒、同大学院修士課程修了。キヤノン株式会社入社後、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授などを経て、現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。博士(工学)。専門は、システムデザイン・マネジメント、ロボティクス、幸福学、感動学、協創学など。主な著書に『システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」』(編著、日経BP社)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)、『思考脳力のつくり方 仕事と人生を革新する四つの思考法』(角川one テーマ21)、『脳はなぜ「心」を作ったのか 「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房)、『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』(講談社)、『幸せの日本論 日本人という謎を解く』(角川新書)などがある。

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