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NEC presents 『Crossroad』 第5回 頸椎の難手術に立ち向かうスーパードクター・木原俊壱医師

Link People, Link Business WISDOM編集部 2014年01月24日

数々の難手術を成功させる脳神経外科医の木原俊壱さん(53歳)にテレビ番組として初密着しました。首の骨、すなわち頸椎を専門とし、独自の手術法「K-method」を開発した木原さんのもとには、他の病院では治療が難しいとされた患者さんが集まり、年間350件以上の手術を行っています。そんな木原さんですが、実はもともと医者とは程遠いある職業を目指していたのだとか。スーパードクター木原さんを生んだ「Crossroad」(人生の重大な岐路)とは?


奇跡の手術で5,000人の患者を救う脳神経外科医

日本人は高齢者のおよそ7割が頸椎に疾患を抱えていると言われています。頸椎の異常は日常の動作に大きな障害をもたらし、生きる気力まで奪うこともあるそうです。

そんな病いに画期的な手術法で立ち向かう木原さんのもとには、他の病院では治療が難しいとされた患者さんが全国から集まってきています。手術の予約だけでも1,000件以上。3年先までいっぱいという状況です。

静岡からやってきた患者の山下征夫さん(69歳)は、右手に激しい痛みがあり、指を自由に曲げることができません。加齢によって変形を起こした頸椎が神経を圧迫し、山下さんの右手に障害を起こしていたのです。中高年以降、これと同じような症状に苦しむ人の数は少なくないと言います。

頸椎のスペシャリストとして、木原さんはこれまで約5,000人もの患者を救ってきました。その手術法は自らの頭文字を冠にした「K-method」と呼ばれています。

頸椎の手術は従来、20センチもメスを入れるという、患者に負担が大きいものでしたが、「K-method」ならわずか3センチという小さな切り口から器具を差し入れて、神経を圧迫している骨の一部を削り、そこに人工骨を移植することが可能。傷口が小さく出血が抑えられるため、患者さんの回復が早いのも特徴の一つです。

バーと呼ばれるドリルで骨を削る作業は、1ミリでも操作を誤れば神経を傷つけ、患者さんの人生を台無しにしてしまいます。

この極限の作業で鍵を握るのが小指。絶対に力を入れすぎることがないよう、小指を支えに微細な調整を行っているのです。

「バーで削るときは、ハケで掃くような感じで絶対押し付けちゃいけない。『手術に二度なし』ですね。最初で最後だと思って、毎回臨んでいます」

骨のカットが無事終了すると、続いては「K-method」独自の人工骨が登場。山下さんの手術ではこの人工骨が4つ移植され、手術時間は従来の方法より短くおよそ2時間で終了しました。

木原医師が山下さんに指を動かすように指示してみると、手術直後にもかかわらず、山下さんの右手はだいぶ動くようになっていました。

「無事終わりました。この瞬間が来るまで緊張しますね。手足の動きや、本人の意識の状態が良いのを確認して、やっとホッとする感じです」

頸椎に重篤な疾患を持つ患者さんにとって、木原さんは希望の光です。

医師になる前に挫折したある職業とは?

現在、スーパードクターとして称賛を集める木原さん。しかし、医者は最初から志した道ではありませんでした。

「エリートやサラブレットではなかったので、失うものは何もない。どうせ失敗してきた人生なのだから、それを恐れるより自分でやりたいことや、目指すものにチャレンジしようと思っていました」

木原さんが若かりし頃に目指していたもの、それは、映画監督です。

1960年、福岡県で医者とは無縁の家庭に生まれた木原さん。幼い頃から手先が器用で工作が得意な子供でした。高校時代はビニールで作った気球を飛ばし、地元の新聞にも取材をされるほどのアイデア少年。ものを作り、表現することが好きだった木原さんはいつしか映画監督を志すようになったと言います。

しかし、夢への道は平坦ではありませんでした。芸術学部の受験に三度も失敗し、父親から「夢を追うなら自分で稼げ」と宣告されてしまったのです。

「3浪して、何も資格がないとなると、アルバイトしながら監督を目指すといっても生活するだけで大変ですよね。そう考えたときに予備校の同級生に相談したら、非常に短絡的なんですけど医学部に入学して、医師免許を取ったら生活しながら映画監督を目指せるんじゃないかと」

そんな、いささか不純な動機で1980年に佐賀大学医学部に入学し、映画制作を続けていました。しかし、救命救急の実習で出会った外科医の姿が木原さんの人生を大きく変えることになります。

「救急の現場には、状況が悪い人が運ばれてきますよね。そこに颯爽と登場して、救急蘇生や挿管の処置をする。それを見て、また非常に単純な動機なんですけど、やっぱり男はこれじゃないと!と思ったんですね」

そして、脳神経外科医師となることを選択した木原さん。医療系の名門、アメリカのロマリンダ大学にも留学し、持ち前の器用さとクリエイティブなセンスで徐々に優秀な外科医として頭角をあらわしていきます。さらに、35歳の時には、これまでにない頸椎の手術法「K-method」を開発。やがてその論文は権威ある米国医学誌「NEUROSURGERY」に紹介され、木原俊壱の名と「K-method」は一躍世界が注目するところとなったのです。



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  • 種まき権兵衛さん

    器用でなければ出来ない手術の段階から、それほど器用でなくても何とかできる段階に進める事は出来ないものでしょうか。外科にはこんな類の話が多いですが、私は一人の名医は出発点であって、それが一般的な方法になってゆくように木原さんも勤めるべきだろうと思います。(多分木原さんも自覚しておられるとおもいますが。)

    2014年01月28日 02:32

  • おぎちゃんさん

    映画監督になろうと初志貫徹の努力も空しく三度の不合格。柔軟な発想を持って医師になり、生活を支えつつ、夢を追う日々。その間に遭遇した医師のやりがいに目覚めて医師の技を磨き、見事未踏の領域を切り開き、高い評価を得た。まるで絵に描いたように素敵な人生。これからも大いに活躍し、沢山の患者を救ってください。

    2014年01月27日 17:34

  • tonoさん

    自分の器用さを活かして、医療に貢献する素晴らしさに感動しました。

    2014年01月27日 11:03



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