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THE innovators 第12回 南部鉄器の伝統を守りながらカラフルな急須を開発し、海外進出を加速

ライフ・カルチャー WISDOM編集部 2014年08月01日

岩清水 弥生さん 株式会社岩鋳 代表取締役副社長

 17世紀の中頃、南部藩で茶の湯釜を作らせたことから始まった伝統の南部鉄器は、黒光りする渋い鉄瓶が有名だが、南部鉄器の工房の一つである岩鋳の副社長岩清水弥生は、伝統を守りながらもカラフルな急須で海外進出を加速。今では、「イワチュー」として親しまれている。 (文/吉村 克己 写真/柚木 裕司)

欧米で大人気の「イワチュー」とは

 いま、カラフルな南部鉄器の急須が欧米で人気を呼んでいる。赤や緑、オレンジ、白色など30色もの急須をティーポットとして楽しむのが欧米人のおしゃれな趣味になっている。これらの南部鉄器は「イワチュー」と呼ばれている。

 イワチューとは、盛岡市で南部鉄器の工房を営む明治35年創業の工房「岩鋳」である。伝統の手作りを守りながら、同時に合理化・自動化できる部分は機械を使って年間約100万点にのぼる鉄器を生産しており、南部鉄器では最大規模の生産量を誇る。岩鋳の代表取締役副社長で、ゆくゆくは4代目を継ぐ予定の岩清水弥生(45歳)は、こう語る。

 「当社は明治35年の創業で、112年目を迎えますが、南部鉄器の工房としては若い方です。曾祖父が創業した当時は盛岡市内で200軒ほどの工房があったようですが、現在は当社を入れて14軒になりました」

 南部鉄器は17世紀中頃、南部藩が京都から釜師を招き、茶の湯釜を作らせたのが始まりだ。以後、南部藩は鉄器づくりを奨励、17世紀には茶釜を小型化して鉄瓶を生み出し、南部鉄器として全国に知られるようになった。

 南部鉄器から溶け出す鉄分は人が吸収しやすい二価鉄が多く含まれていることから、貧血予防に効果があり、鉄瓶で沸かしたお湯はカルキを除去するので水道水でもおいしい水に変わる。このような効能も日本で長く愛用されている理由のひとつだろう。

 鉄瓶を作る工程は60以上、ほとんどが手作業という手間の掛かる製品である。1人で全工程をこなせるような一人前の釜師になるには最低15年、鉄瓶などに釜師の名を付けられるようになるには30~40年もかかる。

 釜師になると、自らデザインし、鋳型を作り、文様を施し、鋳込みから着色まで行う。ちなみに、もともと銀色の鉄器が味わい深い黒色を帯びるのは、漆を焼き付け、鉄さびと茶汁を混ぜ合わせた「お歯黒」を塗るからだ。

 こうした工程を他の工房と協力して分業で行っている場合もあるが、岩鋳では社内で一貫して生産しているのが強みだ。「一貫生産だからこそ、様々な工夫や新製品を開発することができるのです」と岩清水は言う。


鉄瓶を作る工程は64から68で、そのほとんどが手作業だ。写真は鋳込みの終わった鉄器を再度炭火で焼く「釜焼き」。これによって酸化被膜がつき、さび止めになる。

パリの紅茶専門店から「カラフルな急須がほしい」

 岩鋳は祖父の弥吉が、鉄瓶だけでは南部鉄器の将来がないと、新製品開発を進めたことで発展してきた。1960年代から機械化を進め、すき焼き鍋や企業向けなどの記念品として灰皿も開発した。そうした姿勢に南部鉄器の伝統をないがしろにするものだと批判する同業者もいたが、弥吉には「仕事がなくなったら伝統も何もないし、職人も守れない。鉄器を広く知ってもらうことが必要だ」という信念があった。

 1968年には観光客が製造工程を見学できるようにし、見学者に食事を提供するレストラン施設も開業、製品を売る店舗も作った。東北新幹線が開通してからは岩鋳が観光コースに組み込まれ、南部鉄器を広めることに貢献した。現在、「岩鋳鐵器館」として、展示ギャラリーや伝統工法による製造工程を見学できるコースを設け、多くの観光客を集めている(東日本大震災以降、集団客が減少したことから、現在レストランは閉鎖されている)。

 海外進出もこうした弥吉の先見性から始まった。1960年代後半に、弥吉の弟である当時の専務が製品を抱えて船に乗り、ヨーロッパに渡って1カ月間売り歩いた。当時は微々たる量だったが、それでも日本や南部鉄器に興味を持つヨーロッパ人が鉄瓶や急須を求めて、岩鋳は国内と同じ製品を輸出していた。

 岩清水が岩鋳に入社したのは1993年。それまで印刷会社に勤めていた岩清水は、製造の現場で勉強した後、海外事業を担当するようになった。

 転機となったのは、その3年後の1996年頃のこと。パリの紅茶専門店から岩鋳に「カラフルな急須を作ってほしい」という依頼があったのだ。だが、鉄器は黒いのが当たり前で、岩清水も職人たちも戸惑った。そんなものを作って、本当に売れるのかという不安もあった。

 「鉄器は“鋳肌(いはだ)”と呼ぶ鉄の素材感をいかに出すかが重要です。鋳肌を活かしつつ、カラフルな色を出すのには苦労しました。しかし、そもそも黒色も着色ですから、色のバリエーションを増やすだけです。職人さんから反発があったということはありませんでした」

3年かけて着色法を開発

 岩鋳の職人たちは3年かけて、着色法を開発。ウレタン樹脂を吹き付け、食品用顔料を使ってカラフルな着色を実現した。「急須で入れたお茶は口に入るものですから、安全性のために食品用の顔料を使っているのです」と岩清水は説明する。

 内側はフタの裏までホーロー引きだが、カラフルといえども鋳肌はちゃんと生きており、南部鉄器としての重厚さを保っている。

 製品開発後、依頼先の紅茶専門店に納めたところ、一躍ヨーロッパで人気となり、さらにアメリカにも上陸、最近では中国などアジアへも輸出している。

 「現在は15カ国程度に輸出しています。年間売上(10億円)は国内と海外で半分ずつになりました。欧米では急須が最も売れており、国内の一般的な急須より一回り大きいものが人気です。ヨーロッパの方がアメリカよりカラフルな製品を好みますが、黒は基本的に根強い需要があり、他の色はまんべんなく売れています。中国では急須より、伝統的な鉄瓶が売れていますね。輸出の際には、壊れたりしないように梱包にも気を遣っています」と岩清水。

 現在、ヨーロッパ、アメリカ、中国、韓国、シンガポールに代理店を置き、代理店各社とも長い付き合いが続いている。岩清水は年に数回海外にわたり、代理店と緊密にコミュニケーションを取りながら、現地のニーズを吸い上げるようにしている。



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岩清水 弥生さん
株式会社岩鋳 代表取締役副社長
1969年、岩手県生まれ。大学卒業後、印刷会社勤務を経て、1993年に実家の岩鋳に入社。2010年に副社長に就任、海外事業を担当。

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  • choikawaさん

    最初の評価は4でしたが、今にいたる歴史的な重みが大きい。急きょ5に訂正しました。

    2014年08月21日 13:26

  • DEEさん

    白い急須と台のセットを持っています。
    買いに行ったときは、さまざまな色の美しい南部鉄器が並ぶ中、この白に決めるまでにさんざん悩み、どの色も美しくてなかなか決められませんでした。
    見た目に美しく、重さが手に心地よく、保温性に優れ、世界に誇れるものであることがよく分かります。

    2014年08月04日 11:03



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