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ナショナル ジオグラフィック探検家の冒険物語 第6回 エンリック・サラ ~手つかずの美しい海を守るために~

ライフ・カルチャー wisdom_info 2012年06月04日

 サンゴ礁の海に暮らす魚と言われてイメージするのは、水槽で飼いたくなるような色鮮やかないわゆる熱帯魚の群れだろうか。獰猛なサメの群れをイメージする人はまずいないだろう。海洋のバイオマスピラミッドでは、少数の大型捕食魚が頂点に君臨し、群れ泳ぐ小型の魚などはその下に位置する。近代科学では、海の生態系はそうしたシステムだと長年考えらえてきた。しかし、エンリック・サラたちがキングマン・リーフで見た世界は、それとはまったく違っていた。

キングマン・リーフ: 本来の海の自然

 ホノルルの南1,720キロ、ほぼ赤道直下の北緯6度23分に、石灰岩とサンゴでできたキングマン・リーフはある。東西18キロ、南北9キロ、周囲50キロほどの三角おにぎりのような形で、海上に出ている“陸地”は南東部の2カ所を合わせて1万2,000平方メートル(サッカーコート2面分程度)、最大標高は1.5メートルに満たない。白くなったサンゴのかけらに貝殻が混じる陸地に淡水源はなく、植物は生えない。むろん住む人はなく、周辺で漁船を見かけることもない。

 しかし、殺風景な地上から海に入ると、まれに見る多様性豊かな自然が広がっている。色鮮やかなさまざまなサンゴで埋めつくされた海底は下地が見えないほどで、その上を、またサンゴの合い間をチョウチョウウオやスズメダイをはじめ、やはり色とりどりの熱帯魚が泳ぎまわる。美しい熱帯のサンゴ礁のイメージ通りだが、キングマン・リーフにはその先がある。

 「実際に行ってみると、本来の自然の世界は正反対だということがわかった。ピラミッドは逆転していた。キングマン・リーフでは生物量の85%が大型の捕食動物だ。捕食動物が多いということは、その他のすべても多いことを意味する」。

 サンゴ礁を好むことからリーフシャークと呼ばれる数種類のサメ、1メートルを超えるレッドスナッパー(バラフエダイ)など、海の食物連鎖の最上位捕食者である大型魚が文字通り群れをなしているのだ。キングマン・リーフでは、こうした捕食動物がフィッシュ・バイオマス(魚類の生物量:個体数ではなく重量換算)の85%を占める。しかもその4分の3がサメだ。アフリカのサバンナに置き換えれば、体重200キロのヌーかシマウマ1頭に対して同じ体重のライオンが5頭いることになる。

 これで生態系が成り立つのか不思議に思えるが、鍵は連鎖の下位にいる生物の繁殖サイクルと成長速度にある。リーフシャークやレッドスナッパーの餌となる小型魚、甲殻類、貝類などが、食べられるのと同程度のスピードで繁殖・成長することで生態系のバランスが保たれている。

 多いのはサメだけではない。サンゴの種類は38属130種と、ハワイ周辺のサンゴ礁の3倍におよぶ。浅いところには、微生物などを取りこんで海水を濾過する働きを持つジャイアントクラム(オオシャコガイ)の“舗道”が続く。サラは、「これほど条件のそろったサンゴ礁は世界でも50ほどしかない」という。


キングマン・リーフの状態の良いサンゴ礁に群生するジャイアントクラム(オオシャコガイ)
Photograph by Enric Sala, National Geographic

クリスマス島: 見慣れたサンゴ礁

 キングマン・リーフの南東にはパルミラ環礁があり、その先に環礁でできた3つの島があって、合わせて北ライン諸島を構成している。北側の2つの環礁がアメリカ領、南側の3島はキリバス領。エンリック・サラは、2005年と2007年の2回にわたって北ライン諸島周辺の海を調査した。キングマン・リーフでの“本来のサンゴ礁”の発見もその中でのことだ。

 キリバス領の3島には定住者がいる。20世紀初頭には3島合わせて300人ほどだった人口が、現在は9000人前後。キングマン・リーフから約750キロ、一番南にある最大のクリスマス島には5000人余りが住む。サンゴ礁の島としても最大級のクリスマス島は、“キャプテン”・ジェームス・クックが1777年のクリスマスイブに発見したことから名づけられた。キリバス語ではキリスィマスィ(Kiritimati)となる。

 人が住んだことがないキングマン・リーフとの比較対象として、サラはクリスマス島を詳しく調査した。周辺のサンゴ礁には、リーフシャークやレッドスナッパーはごくわずかしか見られなかった。キングマン・リーフに比べると、サンゴ自体もまばらで、藻が大量に繁殖していた。

 「トップに立つ捕食者がいなくなると、サンゴ礁の生態系全体のサイクルが速くなる」とサラは話す。正確なメカニズムはまだ明らでないが、結果として微生物が大量発生し、サンゴが死に追いやられる可能性もあるという。クリスマス島周辺では、キングマン・リーフの10倍の微生物が生息していた。調査に参加した微生物学者によると、キングマン・リーフを消毒済みのプールとすれば、クリスマス島周辺は下水管のようなものだという。

 条件の違いが人間の存在なのは明らかだ。5000人の人口を多いと見るか少ないと見るかは基準しだいだが、その生活と産業による排水と大型魚の乱獲がサンゴ礁の海を劣化させている。

 サンゴ礁を危機に追いやっているのはそれだけではない。大気中の二酸化炭素の一部は海に吸収されているが、排出量にともなって吸収される二酸化炭素が増えると海水の酸性化が進み、サンゴの組織をむしばんでゆく。温室効果ガスの影響による海水温の上昇のために、白化して死に至るサンゴも増えている。水質汚染と乱獲は、そこへ追い討ちをかけることになる。

 多くのダイバーが見ているサンゴ礁は、ほとんどがこのように劣化が進んでおり、それが“自然の”サンゴ礁だと思われがちだ。しかし、そうしたサンゴ礁でも100年かそこら遡れば、別の姿をしていたと考えられる。

 1777年にキャプテン・クックが初めてクリスマス島に上陸したとき、ボートで浜辺に漕ぎつけるまでの間に、舵板やオールに噛みつく膨大な数のサメのことを記している。人口がわずかで漁業も住人の食生活の範囲内だった20世紀初頭までは、おそらくそのような“本来の”環境が維持されていただろう。

 クリスマス島の付近と上空では1957年から1962年まで、イギリスとアメリカが計20回以上の核実験を行っている。ただし、その影響が海の生物にどれだけの影響を与えたのかは明らかになっていない。



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