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技を伝える

− 第12回 −

雅楽器 聖徳太子の音色を伝える (2008年3月31日掲載)

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自作の笙を吹く六代目山田英明さん。笙は17本の竹からできているが、その材料は何百年も囲炉裏の煙に燻された煤竹(すすだけ)を使う。節のそろったきれいな煤竹は容易にはそろわず、1000本の竹から笙一管ができるかどうかだ。音を出すリードになる金属も中国唐時代の合金製器「唐沙金(とうさはり)」しか使えず、ストック以外に、もはや入手不能だという。

雅楽の編成の中核を成す三管。左の二本が篳篥、その横が龍笛、右が笙だ。笙は鳳凰が羽を休めた姿を模しており、桜の木で作れられた胴を頭(かしら)と呼び、17本の竹が羽を表す。携帯型のパイプオルガンともいえる楽器だ。

右が五代目の山田全一さん、左が六代目の英明さん。英明さんは「父の姿を見ているだけで勉強になる」という。全一さんは京都の自宅に雅楽器博物館を併設しているが、世界の音楽家や芸術家たちが全一さんを訪ねてやってくる。

制作にいそしむ英明さん。笛は下地塗りが音色を大きく変える。砥の粉に水と漆を混ぜ、十分練ってから使う。特に内側の仕上げが難しいという。制作期間は笛で2ヶ月ほどかかる。

 八〇〇年前の笙(しょう)の音色には重みがあった。

 鎌倉時代前期、頼尊という高僧が作ったこの笙は国宝になってもおかしくない名器だが、雅楽器師の山田全一さん(七四歳)は「楽器は飾っておくものではなく吹くものだ」という。

 雅楽器は手入れさえ怠らなければ、五〇〇年以上はもつ。これほど長寿の楽器や道具は世界でもまれだろう。

 もとより雅楽そのものが世界最古の芸能の一つである。聖徳太子が笙を吹いていたことが記録に残っているほどで、飛鳥時代に起源を発し、平安中期に完成された。一四〇〇年の歴史を誇る。

 全一さんの長男として山田家六代目を継ぐ英明さん(四八歳)は「大陸から伝わったシルクロードの民族音楽を日本人が変えていった。その特徴は悠久の響きにある」と語る。

 雅楽は「三管」と呼ばれる笙、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)などの笛と、琵琶や箏の「二弦」、太鼓類の「三鼓」で編成されるが、主役はなんといっても三管である。篳篥が主旋律を奏で、龍笛がそれにからみ、笙がバックで和音を響かせる。

 山田家はこの三管の制作を手掛ける日本で唯一の雅楽器師であり、木工から金工、漆芸、蒔絵、螺鈿など全工程を一人で担う。作るだけでなく、代々、吹き手としての修業を積んだ一流の演奏者であり、全一さんも英明さんも請われて演奏活動を行っている。

 「吹き手としての技量を持っていないと、よい音色を作ることはできない」と英明さん。

 一八歳から祖父と父について雅楽器を作り始めた英明さんは三〇年の歳月をかけてもまだ、「力作はあっても会心作はない」という。

 全一さんは「こわさを知らんとあかん。知っていれば成長していく」と語る。

 熟達しても「慣れるな」「初心を忘れるな」という戒めだろう。

 一四〇〇年の継承が山田親子の踏ん張りにかかっている。


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