− 第10回 −
京菓子 「耳」と「色」で味わう伝統 (2007年11月26日掲載)
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四季の微妙な移ろいを色で表すことができるという老松の京菓子。菓子の名前にも和歌など古典の教養が盛り込まれている。手前からクリを裏ごしした餡で作った「峰の紅葉」、白あんにクチナシで木々の色づきを表した「高尾」、着物の袖に見立てて紅葉をイメージした「龍田姫」。龍田姫には百人一首の中の有名な一句「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川からくれなゐに 水くくるとは」が織り込まれている。
老松5代目の太田達氏は裏千家の茶道上級講師も務めている。京都大原には老松の所有する「無心庵」という茶室があり、初心者向けの茶事教室や気軽な茶会なども開催している。
京菓子はへら1本でさまざまな形に変化する。老松では50名弱の社員の全員が菓子づくりを手掛け、海外でのレセプションや晩餐会に呼ばれることも度々だ。採用は大学新卒が中心で、韓国やモンゴルからも勉強に来ている。
明治41年創業の老松は和菓子屋の集まる北野天満宮門前の上七軒にある。上七軒はもともと御手洗団子が名物で、北野大茶会にて太閤秀吉がその味をほめ、山城一円で茶屋を開くことを許したという。茶店発祥の地だ。
「京菓子は耳で味わうものです」
京都の和菓子の伝統を守る老松の五代目、太田達氏(五〇歳)は涼やかにそう語る。
京菓子は一般の和菓子とは異なり、「有職故実(ゆうそくこじつ)による儀式典礼に用いる菓子、または茶道に用いる菓子」と定義される。
一五〇年ほど前に完成し、皇室や公家、茶道家などのもてなしの場に使われてきた。まさに一期一会を飾る品である。
そのため、ひとつとて同じものがない。客人や茶会の趣向を引き立てる重要な"道具"として作り手が心を込めるからである。
太田氏はまず和歌を作る。和歌にもてなしや趣向を謎かけのように折り込み、そこからイメージを膨らませて菓子を作る。
「耳で味わう」とは菓子に込められた謎かけを解くことだ。
例えば、菓子の名前が「唐衣」とあれば、客人はその菓子に「かきつばた」の趣向を読み取る。
なぜならば、伊勢物語に、こんな有名な一首があるからだ。
唐衣 着つつ馴れにし つましあれば
はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ
各句の一番上の文字をつなげると「かきつばた」となる。これはほんの序の口である。
老松では五〇名弱の社員全員がこうした日本古来の教養を身につけ、菓子づくりを手掛ける。
一つの菓子を完成させるため、何日間もかけ、構想を練り、ときには取材に出かけることもある。「手間暇はかかり、採算は合わないが、これを残していかなければなりません」
老松は明治四一年創業。京菓子の伝統を守りながら、現代の息吹を吹き込んで新しい京菓子づくりにも精を出す。
「京都は二週間ごとに季節の変化がわかる町です。京菓子はその二四通りの変化を色で表すことができる。例えば、同じ素材を使った菓子でも紅葉が深まるごとに微妙に赤を強めていくのです」
卓越した自然への感受性と古典に対する教養が京菓子を支える。










