− 第12回 −
ジビエを巡る、命の記憶 (2008年3月10日掲載)

東北の山間部では、秋から冬にかけてマタギが活躍する。「今度来たときにはョ、キジを食べさせっからョ」「まだ若い雌のシシが穫れたゾ、鍋にして食わせてやる」なんて言葉を聞いたら、都会に育つ若い女性達は眉をひそめるだろうか。しかし獣肉と書くといかにも硬くて臭みのある肉のように思われるが、実際にはビックリするほどに素晴らしく上品で美味しいことが多い。友人が自分でさばいて送ってくれた猪肉のロースは、カツに揚げると一片の臭みもなく、しっかりと歯をとらえながらも柔らかな線維が心地よく、そしてなんとも旨い肉汁が染み出てくる。
今年は何が食べられるかな、と岩手県北部の山中に遊びに行くと、囲炉裏端に鉄鍋がかけられ、ゴボウとネギと一緒に濃褐色の肉が煮込まれていた。何の肉かと聞いてもニヤニヤするだけで教えてくれない。ええいと肉を口に放り込む。噛みしめると存外に柔らかく、濃厚な旨みと香りがする。肉の旨さと味噌の甘さが相まって、次の肉片にすぐに箸をのばしてしまう。わかった、これは熊肉だ! と言うと、一座の皆がクシャッと笑った。よく「熊は臭い」と言われるが、それは血抜きの方法や解体の技術によるものだそうだ。しっかり血を抜き、毛が肉に付着しないようにすれば臭みはなくなる。僕は一度、熊の解体をみせてもらったことがある。小柄な人間サイズのツキノワグマが、手際よく皮を剥がれ、各部位に解体され、肉になっていく様は、なんとも荘厳なものだった。そして熊を撃った人間から順々によい部位の肉が分けられていく。肉の付いたあばら骨や熊の手まで、綺麗に配分されていった。
われわれは普段、整備された田畑で栽培された米や野菜を食べ、人工的な環境と餌で育てられ、食肉用に綺麗にパッケージされた鶏・豚・牛の肉を食べる。それらは「自然の恵み」とはいうけれども、実は人工環境でできた食品だ。でも、日本人が山や川で穫れるもので栄養を取っていたのはそう遠い昔のことではない。この記憶は貴重だ。獣の肉を喰うということほど、自然とダイレクトにかかわる行為もないだろうから。獣肉は"ジビエ"の名の下で、レストランで食べることができる。食わず嫌いの方は、ぜひ試していただきたい。











