− 第10回 −
蕎麦こそは地域文化を映す鏡 (2007年11月5日掲載)

蕎麦屋に「新蕎麦あります」と張り紙されているのを見ると、ついつい入りたくなってしまう。蕎麦好きの人にはたまらない季節がやってきた。新蕎麦特有の青緑っぽい色合いの麺を辛つゆにちょいとつけてすすり込む。「日本人に生まれてよかったぁ」と思う瞬間だ。
しかし、日本の麺の代表といえる蕎麦もうどんも、普及価格帯のものには輸入原料が使われる。小麦はオーストラリア、蕎麦は中国からの輸入がほとんどなのである。世界的な穀物高の今、日本人としては今後、国産原料を応援した方がいいだろう。それはすなわち地域文化の振興にも繋がる。なぜなら蕎麦は地域文化を映す鏡といえるものなのだ。
先日、岩手県二戸市で立ち寄った蕎麦屋さんには驚いた。70歳を超える女性が自分の畑に蕎麦を播き、その粉で十割そばを手打ちしてくれる。今回の写真がそのビシッと繋がった美しい蕎麦である。なんと汁に用いる醤油まで自家製だという。「この辺じゃそれが当たり前だったのよ。」とほほ笑むその懐の深さに、恐れ入るばかりだった。さらに内地に入って行った久慈市の中山間地では、蕎麦のつなぎにご当地名物の硬い木綿豆腐を用いる。豆腐のタンパク質が麺をうまくまとめてくれるのだそうだ。これが滋味深い味わいで実に腹にたまる。京都府の海側にある宮津を訪れた際、天橋立の近くに地元産蕎麦粉を使う手打ち蕎麦屋を発見した。「この地域の在来種は、粒が小さくて収量も少ない。でも、独特の香りがあるんです。他と違う個性の味で認めてもらえればと思ってます。」という若き店主が蕎麦を打つ姿に、胸を打たれてしまった。
蕎麦は江戸前、などと思っていたけど、それは各地の蕎麦のエッセンスを磨いた、いわば共通語と同じようなもの。その土地にある文化と風土に根ざした蕎麦が全国に遍在しているのだ。すでに確立され、継続していく江戸前蕎麦よりも、地方の蕎麦文化がきちんと次代へと受け継がれていくことの方が重要ではないか。そのために我々ができることはただ一つ。地方へと足を運び、ひたすら蕎麦を食べ、文化との連関に思いをはせ、楽しむ。誰にでもできる文化支援、私はすでに実践中である。










