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小池良次 米国発、ITトレンド

− 第56回 −

放送通信融合サービスの実現に挑む
インターネットと戦う米国ケーブルテレビ(CATV)の挑戦

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−双方向広告−

EBIFを使った融合サービス(The Cable Show 2010にて筆者撮影)

  インターネット・ビデオ・プログラムとの戦いは、広告分野にも広がっている。インターネットの強みは、どのようなサイトから、どんなユーザーが、何回来ているか、どのようなコンテンツに関心を示しているか──といった細かいデータを広告主に提供できる点だ。このターゲット広告によって、インターネットはCATVや地上波テレビなどのマスメディアから広告主奪い取っている。そこでCATV業界は、ターゲット広告と同じ機能を双方向広告サービスで実現しようとしている。

  米国の双方向プラットフォームは、高い機能を提供できる“tru2way”、JAVAプログラミングをベースでtru2wayのサブセットとなる“OnRamp”、そしてローエンドのSTBを対象とした“EBIF”の3つに分かれる。

2008年の国際家電見本市でtru2wayを紹介するコムキャスト社のブライアン・ロバーツ会長(CES 2008 にて筆者撮影)

  2008年にデビュー(23)したtru2wayは、高度なサービスが提供できるだけでなく、CATV網の端末解放も兼ね備えている。この規格に準拠したテレビやDVR(デジタル・ビデオ・レコーダ)は、STBなしでCATVサービスに対応できる。ソニーは、2008年5月に大手CATV事業者とtru2way支援に関する覚え書きを取り交わし(24)、パナソニックやサムスンも同規格をサポートするテレビを対応するなど、tru2wayブームが広がった。しかし、CATV各社は既存のSTBを交換してまで同規格を整備する意欲はなく、普及速度が遅いため家電業界の関心は低下してしまった。

  一方、今年から注目を浴びているのが、EBIF(Enhanced TV Binary Interchange Format)規格だ。同規格は、小さなプログラムをSTBに乗せて操作するため、メモリーやCPUパワーが少ない旧式のSTBでも双方向サービスが可能となる。EBIFベースの双方向サービスをiTV(interactive TV)と呼ぶが、“リアルタイムの視聴率測定”“双方向コマーシャル”“電子クーポンの配布”など用途は広い。STBを識別することで、iTVでは利用情報(サブスクライバー情報)を逐次収集することができるため、インターネットのターゲット広告と同じ詳しいデータの収集(25)もできる。

タイム・ワーナー・ケーブルのジョアン・ギルマン氏(The Cable Show 2010にて筆者撮影)

  タイム・ワーナー・ケーブルのジョアン・ギルマン氏(Joan Gillman、President of Time Warner Cable Media Sales)は「過去5年、番組制作会社、コンテンツプロバイダーは(インターネットに移ってゆく)視聴者と戦ってきた。EBIFは新しいツールであり、双方向ツールだ。広告業界に大きなインパクトを与 えられると思う。たとえば、ターゲットPRやターゲット・クーポン配布などだ」とEBIFに大きな期待を寄せている(26)。同社は2009年秋からニューヨークでEBIFサービスの実験を続けている。同実験ではチェースマンハッタン銀行の双方向広告が高い反応を得ており、アカデミー賞放送前の番組告知でも双方向広告を使用し、視聴傾向を計測した(27)

コムキャストが試作したEBIFを使ってSTBを操作するiPadリモコン(The Cable Show 2010にて筆者撮影)

  また、コムキャストは過去18ヶ月、EBIFサービス開発に注力しており「ホームショッピング実験では6,000件のサインナップが集まった」と同社はコメント(28)している。また、コムキャストはEBIFを応用して、アップルiPad用のリモートコントロール・アプリケーションを試作している。たとえば、iPad上の番組表からチャンネルを選ぶと、インターネット経由でコムキャストのゲートウェイに信号が送られ、そこからEBIF機能を使ってSTBを操作する。

  ケーブル大手がメンバーとなっているEBIFの振興団体“Canoe Ventures”が、各種講習会やシステム開発支援などを開始しており、今後同技術を使ったサービスが広がりそうだ。


◇◇◇

  「インターネットによって、米国では音楽業界が衰退した」という話を時々耳にする。確かにRIAA(Recording Industry Association of America、全米レコード協会)は現在も、インターネットによる不法コピーが同業界に大きな被害を与えていると述べている。しかし、RIAAの主張に耳を貸す人は次第に減っている。iPodやMP3プレーヤーが広く普及し、アップルやアマゾンは合法的な音楽配信で大きな利益をあげている。音楽の流通量は、CD時代にくらべて格段に増えている。

   こうした最近の状況を踏まえ「インターネットによって音楽産業は大衆化し、市場も大きくなった。多くの新規参入者が新しいビジネスを展開し活性化している。インターネットに敗れたのは、レコード会社であって、音楽市場は逆に拡大している」という主張が力を持ち始めている。

  インターネットと真剣に戦っているCATV業界も、この教訓を生かそうとしているようだ。事実、CATV関係者からインターネットを否定する話はほとんど耳にしない。iPad用EBIFアプリケーションを紹介した際、ブライアン・ロバーツ会長は次のように述べている(29)

 CATVは良いコンテンツを持っている。弱点は技術進歩についていけない点だ。インターネットはiPadやiPhoneのようなクールなデバイスを消費者に提供している。CATVはクールなサービスとクールなデバイスにもっと取り込むべきだろう──

 日本でも、地上波ラジオのネット配信実験「ラジコ(radiko)」が注目を浴びている。インターネットによって、オフィスで仕事する人々にもラジオ放送を届ける新たな市場が生まれようとしている。既存メディア産業は、常にインターネットによって生まれる新ビジネスと戦わなければならない。その手段は、既存産業もインターネットで新たなビジネスを展開することではないだろうか。少なくとも米国のケーブル・テレビ業界はインターネットを取り込むことによって、新たな融合サービスモデルを確立しようとしている。

(2010年6月21日公開)



(23) 以前OCAPと呼ばれていたtru2way規格は、ケーブル端末機器の開放と双方向プラットフォームの実現を目指している。コムキャスト社のブライアン・ロバーツ会長が、2008年1月に開催されたCES(国際家電見本市)で同規格を大々的に発表し、家電業界に広くCATV業界への参入を呼びかけたことでも、同規格は大きな注目をあびた。

(24) 覚え書きを取り交わしたCATV会社は、Comcast社、Time Warner Cable社、Cox Communications社、Charter Communications社、Cablevision Systems社、Bright House Networks社

(25) 収集データをベースに顧客データベースを照会すれば、ユーザーの住所や代表者の名前、電話番号などの詳細なデータまでiTVでは識別できる。しかし、iTVの細かいユーザー情報はCATV事業者だけに知らされ、広告主には統計的に処理したデータしか渡さないルールとなっている。

(26) これはジョアン・ギルマン氏が2010年The Cable ShowのEBIF関連セッションに出席した際の発言。

(27) アカデミーの選考では、一般からの投票は受け付けない。あくまで、ユーザーの人気をはかる意味での投票。

(28) これは2010年The Cable ShowのEBIF関連セッションに出席したマーク・ヘス(Comcast Cable Communications)の発言。EBIF実験の場所や規模、期間などについての説明はなかった。

(29) これは2010年The Cable Showにおける基調講演パネル(2010年5月12日)に登壇した時の発言。


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執筆者 : 小池 良次(こいけ りょうじ)
通信業界を得意とする在米ITジャーナリスト。京都外国語大学卒業後、ブラジルのサンパウロ新聞社に入社、社会面・経済面を担当。その後、帰国し民間調査会社に就職、リサーチャーとして技術動向調査、技術出版など300プロジェクト以上を企画運営する。



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