経営戦略とサービス指向アーキテクチャ
SOA導入のネックを取り除くには
SOAを推進する上で大切なのは、システム利用部門側の意識を変えることです。たとえば、システム利用部門が部門内のみで責任や適用範囲を閉じようとすると、システムも個別最適になります。しかし、業務プロセスを見直しムダを省こうという意識があれば、重複する機能を共有しムダなものをつくらずに済むので、ITのムダも省くこともできます。このことは、基盤をつくるIT側の人にはわかりますし、システム利用部門側も部門間に横串を刺してみればよくわかるはずです。(尤も、これが簡単にはできないことも課題です)
すでに開発の現場では“BuildからBuy”、つまり良いものは買う、組み合わせるという意識に変わってきています。しかし、現実にはSOAはまだまだ遠い存在です(特に、ビジネスやITの現場には)。これは、企業の側ばかりでなく、ITベンダの現場の技術者でも事情は同じです。知識やスキルを習得する仕組みがないことも一因になっています。開発のプロセスを変えていくには、開発に携わるメンバーの意識改革と同時に、変革できるスキルや体制などスキームを整備する必要があります。
こうした導入のネックを取り除き、ユーザの意識を変える効果的な1つの方法としてパイロットプロジェクトの実施が挙げられます。実際にパイロットプロジェクトを実施している企業では、テクノロジーやスキルの習得のみに主眼を置くのではなく、まず小さなセットで上流の枠組みを固め、知見を溜めていきます。すると、結果的にSOAのアーキテクチャに到達することになり、しかもそれが有効であると気づきます。ここまで来れば、大きなもの、全社的なものへの展開も可能になります。
SOAの取り組みは、ソフトウェアエンジニアリングの世界のベストプラクティスとして理論的には認知されていましたが、実際には、試行錯誤の結果、再利用ができるサービスを現実のものにすることができます。いきなり500ものサービスを理想形・最終形として実現するのは難しく、最初は20〜30レベルに取り組み、少しずつスコープや規模を拡大していく方法論が現実的といえるでしょう。スコープを小さくすればリスクも最小化できますが、最初から大きな業務領域に取り組むと、責任のレベルが上がり、交通整理や調整をスムーズに行うためのガバナンスが必要になります。したがって、パイロットプロジェクトは非常に現実的なアプローチになります。
SOA導入におけるITベンダの役割
現在では、情報システム部門の役割は大きく変わってきています。もはやITなくして経営や業務は成り立たず、特に企業としての経営戦略における重要度は増しており、情報システム部門はこのITへのニーズに応える必要があります。さらに、ビジネス部門間の調整役まで担うことが求められるようになってきています。
たとえば、グローバル企業では拠点最適ではなく全社最適を追求するようになってきましたが、IT部門もグローバルなビジネス最適実現のため、本社・現地という業務とITの拠点間の調整作業が増えています。すると、全社のITプラットフォームのグランドデザインを描くべき目利きのキーマンが調整役として忙殺されることにもなりかねません。
そこで、SOA基盤づくりやESBの検討時など、顔をつき合わせての業務側の説得やビジョンづくり、構築におけるスキル発揮などの場面で、ベンダのコンサルタント、ITアーキテクト、プロジェクトリーダーなどのスタッフが個々のシステム利用者の側に入って手伝う必要性のある局面が増大しつつあります。
情報システム部門の役割が変わったように、ITベンダの役割も今までのようにプロジェクト単位だけで終わりではなく、顧客の企業情報システムの全体の方向性、全体のグランドデザインの観点に立ってシステムづくりを担うことになります。SOAはアーキテクチャであり、とくにITアーキテクトの役割は重要です。ITアーキテクトはITの実戦経験を持つコンサルタントとして、お客様の業務プロセスに従って方向付けをし、本来あるべきアーキテクチャの姿を描くことが求められます。したがって、お客様と深い信頼関係を築けることが前提であり、高いレベルのコミュニケーション能力を発揮し、信念をもってお客様に発言しコミットメントを出していく必要があるでしょう。
いずれにせよ、SOAに取り組む意味を深く理解している企業では、自分たちが何をどうすべきかを見つける意識があり、すでに問題点を明確にして工夫をしています。工夫する企業ほど成長できることも事実ですが、将来を見据えた投資をするうえで、ITベンダ選びは、パートナー選びと同義と考え、細心の注意を払って行う必要があると言えるでしょう。
【コラム】
SOAのテクノロジーの動向
SOAの基盤として注目されるESBの選定において検討すべきポイントとは。
【関連ページ】
(2006年8月4日)










