第18回
貧困根絶に燃えた豪腕農政家のリストラクチャリング
二宮尊徳にみる断行力

二宮尊徳は江戸時代の後期、現在の神奈川県小田原市郊外にあたる相模国足柄上郡栢山(かやま)村に生まれました。14歳で父を失い、母も亡くなって伯父の家に預けられた尊徳は、過酷な労働と倹約の日々を強いられます。薪を背負って読書する「二宮金次郎」の銅像はそのころの境遇をあらわしたものです。
しかし、尊徳は単に道徳の模範としてだけ評価されるべき人物ではありません。むしろ彼の本領は、農村や藩の財政建て直しに豪腕をふるった改革者として発揮されたのです。
苦難の末に生家を再興した尊徳は、小田原藩家老・服部十兵衛家の若党になると、服部家の財政建て直しを依頼され、倹約と借入金の運用で再建を成功させました。その功で小田原藩主から手腕を買われ、貧困にあえぐ藩主の分家・下野国桜町領の復興に着手します。
尊徳の農村および武家財政の再建策は、現代のような単に従業員を解雇するだけの「リストラ」ではなく、真の意味でリストラクチャリング(事業再構築)を断行したものでした。二宮金次郎の銅像はか弱い少年の姿ですが、大人になった尊徳は身長185センチ、体重95キロの巨漢で、割れ鐘を鳴らすような大音声で指示を下すエネルギッシュな改革者だったのです。
今回は、みずからの経験と独学で得た知識を基礎に豪腕を発揮した尊徳の生涯から、リストラの極意を学んでいきましょう。

(2006年5月8日公開)









