第15回
高杉晋作にみる革新性
〜国際的視野から構想した近代国家のグランドデザイン

幕末の長州藩に生まれた高杉晋作は、吉田松陰の松下村塾で学び、若くして俊才ぶりを発揮しました。やがて晋作は、アヘン戦争後の上海に渡航し、西欧の列強に支配される清国の実情を知って危機感を抱きます。
当時の日本は、ペリー来航から安政の大獄をへて過激な尊王攘夷運動が巻き起こる激動の時代を迎えていました。帰国した晋作は、英国公使館を焼き討ちにして「攘夷」を実行し、幕府に攘夷を迫っていた長州藩も、下関海峡で外国船を砲撃しますが、報復を受けて惨敗しました。やがて晋作は過激な尊攘派と決別し、幕末日本の変革に身を投じます。
晋作の革新性を象徴するのが「奇兵隊」です。
武士だけでなく有志の庶民も入隊できる奇兵隊は、従来の門閥制度を廃し、実力主義を中心にすえた軍隊であり、武士の時代の終わりを象徴する革新的な組織だったのです。その後、晋作は禁門の変や幕府の長州征伐に揺れる藩を主導し、長州藩の進むべき方向を討幕維新へと導く原動力となりました。

(2005年9月20日公開)











