第8回
誰の為の教育なのかを考える

「情けは人の為ならず。」これは相手の為にやったことが、相手の為にならないことがあるという意味に勘違いされていることが多いのです。
例えば、相手の為にやることが、相手の甘えを助長して、自立できない依存関係になったり、こちらのお節介な手助けが、相手には要らぬ、お世話になって逆恨みされる。このような意味に思われがちですが、実際の意味は違います。
本当の意味は、相手の為にやることが、結局は自分の為になることが万事において多い、という意味です。
人を指導するということも、同じで、結局は自分の“ため”なのです。人に何かを伝えるという行為は、「自分の分身」を作るということに他ならないのです。人は必ず、「役割の死」(アイデンティティ喪失)をむかえます。職場では定年退職などで、部長という役職を終えます。子供が独り立ちすると、親という役割もほぼ終ります。そして、究極の役割の死は、この世を去ることです。
ですから、私は、教育は「不老長寿の薬だ」と思っています。自分が伝え、教えたことが、誰かの心に残る。それだから、人に指導するということは、楽しいのです。「教育」することは自分の心の遺伝子を誰かに残す作業だからです。
(2004年4月26日公開)










