ページの先頭です
本文へジャンプする
ビジネスに役立つ「次の一手」をあなたに
Wisdomブログ
ビジネス用語辞典

ここからサイト内共通メニューです

ここから本文です
サイト内の現在位置を表示しています

先達に学ぶ決断の時

第44回

池田成彬の三井財閥近代化物語
〜1933年の財閥“解体”〜
元三井銀行 常務取締役 池田 成彬 氏

image

昭和7年(1932)3月5日、快晴、時おり風の立つ日だった。午前11時25分、東京日本橋、三越本店北側の通りに乾いた銃声が2発響き、車から降りたばかりの老紳士の体が三井本館通用口の前に崩れ落ちた。三井合名理事長として三井財閥の采配をふるう団 琢磨男爵だった。

撃ったのは、「一人一殺」を叫ぶ血盟団の青年。日本は不景気のどん底、農村は疲弊し都市には失業者があふれていた。政党、それを操る財閥、特権階級が、窮乏の元凶と非難され、なかでも三井銀行は、イギリスの金本位制度離脱に乗じドル買いをして巨利をむさぼったと集中攻撃を受けていた。

団は三井本館5階の医務室に運ばれたが、弾は胸を撃ち抜きすでに意識はなかった。ベッドの周りには、急を聞いて三井財閥の幹部が集まった。そのなかにはドル買いの責任者、三井銀行筆頭常務・池田成彬(せいひん)もいた。このときから、時代の荒波に抗し三井財閥を守る池田の闘いが始まった。

(2006年8月21日公開)

他の回を見る


ここまで本文です
ページの終わりです