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先達に学ぶ決断の時

第43回

日立・小平浪平の5人の工場からの出発
〜目標は自主技術、そのための早めの親会社離れ〜
株式会社 日立製作所 創業者 小平 浪平氏

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日本の重電メーカーは、明治、大正期からアメリカのGE,ウエスティングハウス、ドイツのシーメンスなどの資本や技術を導入して育ってきた。そのなかでひとり日立製作所だけは国産自主技術を旗印に掲げ苦闘を続けた末、日本を代表する企業に成長、今日の技術王国を築いた。

しかし、その発祥は茨城県の山あい、銅山に付属したちっぽけな丸太小屋の機械修理工場だった。明治末期、誰もが羨む東京での地位を捨て、わずか5、6人の技術者を率いて、自主技術の実現に向け若き男が疾走を始めた。日立製作所創業者、小平浪平である。

ちっぽけな丸太小屋の機械修理工場から総合電機メーカーへと発展させた小平浪平の手腕をご覧下さい。

(2005年12月19日公開)

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