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先達に学ぶ決断の時

第17回

江崎利一のグリコ開発販売物語
〜2×2=5(二二ンが五)の工夫をせよ〜
江崎グリコ 創業者 江崎 利一 氏

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大阪道頓堀川にかかる戎橋から空を見上げると、胸にゼッケンをつけたグリコのトレードマークのネオンサインが輝いている。このグリコを生み出した江崎グリコの創業者、江崎利一は、1882(明治15)年、佐賀県に生まれた。小学校を卒業するとすぐ家業の薬屋を手伝い始めた。1901(明治34)年、父の死とともに19歳で店を引き継ぐ。努力家で好奇心旺盛だった江崎は、夜になり店を閉めると、中学の講義録や薬学、広告宣伝などの本を読みふけった。そんな日々を送るうち、江崎は"商売はアタマとマナコの働かせ次第"という商売哲学を身に付ける。

ある日、江崎は町で空き瓶を集めている店を見つけて、流行り始めてきたブドウ酒販売を思いつく。大樽のブドウ酒を仕入れ瓶に詰め替え売り出すというもの。これが大当たりし、ブドウ酒販売高で九州のトップになり、1917(大正6)年には大阪に支店を出すまでになる。しかし九州の一薬屋から脱皮する日はまだ来なかった。

江崎に転機が訪れたのは1919(大正8)年、38歳のとき。筑後川のほとりを歩いていると、漁師が汗だくで大きな釜で牡蠣の身を煮込んでいた。ときどき煮汁がわきあがってはザーッとふきこぼれる。そのとき頭にパッとひらめいたものがあった。薬学雑誌に、牡蠣にはエネルギー貯蔵物質グリコーゲンが含まれている、とあったのだ。"このグリコーゲンを使って何か作りたい…"ロングヒット商品となる栄養菓子、グリコーゲン入りでキャラメルに似た"グリコ"の芽生えだった。試行錯誤の末グリコーゲン入りキャラメルの製品化に成功したものの、すでに他のキャラメルも普及しており、後発のグリコは苦戦する。江崎はグリコにこれまでの菓子と全く違ったメッセージをのせて販売することを考えた。それが「グリコを食べて健康になろう」という謳い文句。このメッセージは効いた。しかしそれに反応したのは大人だったのだ。ターゲットの子供たちにアピールするものが必要、江崎はついにオマケに目をつけた。

(2002年12月9日公開)

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