第11回
井植歳男の電気洗濯機拡販物語
〜あこがれの電化生活の伝道師、サンヨー夫人〜
三洋電機株式会社 創業者 井植歳男 氏

「宣伝は金のありがたさを知らない若い連中にやらせなはれ」
1953(昭和28)年夏、三洋電機社長井植歳男(いうえ としお)は初めて売り出す電気洗濯機の宣伝についてこう命令した。洗濯機というなじみのない商品を売っていくには全く新しい発想が必要、と井植は考えた。「洗濯機は、主婦を重労働から解放できる。本当にお客さんに喜んでもらえる商品をついに出すことができるんや。頑張らんと」。
義兄松下幸之助とともに松下電器を創業から支えてきた井植は、戦後の財閥解体で自ら松下電器を辞す。そして45歳にして再び一からやり直そうと1947(昭和22)年、三洋電機を起こし、自転車用発電ランプでスタート、さらに小型ラジオを手掛る。そして初の大型商品として目をつけたのが電気洗濯機。便利だ、という話を聞いていた井植は、自ら電気洗濯機を購入、実際使ってみるとそれまでの重労働がウソのようであった。当時電気洗濯機は1台5〜6万円と公務員初任給の8〜9ヶ月分もしており、全国でおよそ15,000台しか出回っていなかった。低価格のプラスチック・ラジオで成功を収めた経験から、洗濯機も価格を抑えれば売れる、参入の余地は十分あると井植は踏んだ。
「よっしゃ、奥さん方を喜ばそう」
井植の決断は速かった。一方で新興の三洋電機は販売網が整っていなかった。井植は平均年齢21歳の宣伝部を従え、斬新なアイデアで一大PRキャンペーンを展開する。それが当時の家電製品の広告としては奇をてらったともいえるイメージキャラクターの採用だった。
(2002年9月4日公開)











