第9回
大倉和親のセラミックにかけたビジネス人生
〜情に流されず世代交代を決断〜
日本陶器株式会社(現ノリタケカンパニーリミテド) 初代社長 大倉和親 氏

伊万里、九谷…日本には豊かな焼き物の伝統がある。しかし、職人の精緻な技から生み出された焼き物は徐々に骨董品、美術品としてあつかわれるようになり、日常から離れていった。そんな中、質の高い実用品として世界から高い評価を受けていた日本ブランド、それが"Noritake(ノリタケ)"である。"Noritake china(チャイナは英語で陶磁器の意味もある)"の名で親しまれる製品のうち、明治・大正期のものは、オークションなどでは高値で落札されるという。この日本発世界ブランドを育てたのが大倉和親(かずちか)だった。
1904年(明治37年)、貿易商社森村組は、洋食器用の陶磁器製造を本格的に行うため日本陶器合名会社を名古屋に設立、社長に29歳の大倉を抜擢した。森村組幹部で陶磁器部門の責任者孫兵衛を父に持つ大倉は、慶應義塾を終えた後、米国イーストマン・ビジネスカレッジで米国流ビジネスを学び、森村組ニューヨーク支店勤務というエリート中のエリート。
だが、日本陶器の幹部には父の代からの友人、知人も多く、いわば"2代目のおぼっちゃん"ぐらいにしか見られていなかった。そのうえ会社の業績は低迷、会社設立の目的だった輸出用ディナーセットさえ製造のメドが立たないとあって、森村組からの風当たりも強くなってきた。そこで、大倉は彼に唯一の残された手段、職人の世界を引きずっていたままの技術部門幹部の入れ替えを断行。その中には父の友人であり創業以来苦楽を共にしてきた技術長もいた。
(2002年8月7日公開)











