第7回
吉田忠雄のファスナーにかけた夢
〜手先の器用さ捨てて、高性能マシンを導入〜
吉田工業株式会社(現YKK株式会社)元社長 吉田忠雄 氏
ファスナーでは富山県に工場を持つYKKが世界のトップ企業であることは多くの人が知っているに違いない。
ファスナーという実用的で便利なこの商品、19世紀の終わりごろ、米国で靴紐を結ぶのが面倒くさいという 不精者によって発明され、その便利さから瞬く間に世界中に広がった。日本で普及し始めたのは、第1次世界大戦の頃。 意外に古い歴史を持っている。
YKKの創業者吉田忠雄は、そんなファスナーで世界を制することになるが、そもそもファスナーに"目をつけて "ビジネスを始めたわけではない。
富山県魚津市の農村に生まれた吉田は、少年時代、竹の皮を売って得た資金で 地曳網を購入、漁師に魚を捕らせて稼いでいたという根っからの商人。1928年(昭和3年)、20歳になって世界を 目指して貿易商で一旗あげようと上京、しかし入った先はあえなく倒産。その会社のファスナー部門を引き受けることに。 それがファスナーの製造販売を行うサンエス商会(吉田工業の前身)だった。小松川に工場を立ち上げ 、輸出の話も出てきた矢先、戦災で工場を焼失、壊滅的な打撃を受けてしまう。 終戦後、吉田は疎開していた故郷魚津で再起を図る。町工場を買い取り、ファスナーの生産を再開、改めて輸出を行おうとするが、 世界は1歩も2歩も先を行っていた…。
(2002年7月10日公開)











