− 第6回 −
たったひとつの感動を贈る心の贅沢、オーダーメイドの花を
ジャルダン・デ・フルール オーナー 東 信さん (2008年4月14日公開)
たまたま飛びこんだ花の世界が一生の道に

その花屋には花がない。ただ、白い空間が広がるのみ。訪れる人はそこで、花を贈り贈られる情景を心に見る――。
今までにない一風変わった花屋を作り上げたのは、ミュージシャンを目指して上京したひとりの男性だった。今年、その店は銀座から麻布十番へと移り、新しいスタートを切る。
東信率いる「ジャルダン・デ・フルール」は、これまでに例を見ない完全オーダーメイドの花屋。贈り手の意向、贈られる側の嗜好、贈る目的によって、生まれるべき花はただひとつ。そんな信念に基づいて、店頭で客の希望や相手のことなどを尋ね、デザインを決め、この世にただひとつの花束をアレンジする。ギフトは心。花はそれを伝えるための素敵な手段。だからこそ、先に花ありき、ではないという考えなのだ。
「人はなぜ花を贈るのだろうと考えたんです。お菓子でもワインでもなくお花を贈ろうと思うのは、何を求めてなのか。花にしかできないことってなんだろうと考えて……」
その答えがこの店。彼のそんな思いは、日に日に多くの人々に伝わってきている。
ミュージシャンになろうと、福岡から東京にやってきたとき、彼は19歳だった。生活のためにアルバイトを探し、たまたま見つかったのが花屋の仕事。それも、市場に出入りする中卸の仕事だった。花を大きなロットで仕入れ、小売店に卸す。そこで余ってしまった分を車に積んで、スーパーマーケットの店頭などで売るという仕事を2年間続けた。
「それがとても面白かったんです。そして、面白くなるにつれて、きちんとお店を構えたいという思いが湧いてきました。2年ほどたったある日、そうやって頑張っている姿を見ていてくださったのでしょうね、麻布十番のスーパーマーケットでお店をやってみないかというお話をいただいたのです」
それまで手がけたことのなかったアレンジメントの技術も、持ち前のセンスと頑張りでものにし、花への愛情にあふれた青年が元気に花を売るその店は、たちまち人気になった。
「それがまた、楽しかったんです。でもまたしても、この先ずっとこのままでいいのだろうかと疑問が湧いてきました。花のことをもっと知るべきではないか。なぜ人は花を飾るのか、なぜ花を贈るのか、考えてみるべきではないか。贈る人のことも相手のことも知らず、仕入れた花をただ売っているだけの状態に満足できなくなってきたんです」
いずれ、世の中は変わる。アレンジひとつでも、もっと精神的な何かが求められるようになるだろう。そんなもやもやした思いを抱えながら店先に立っているうちに、自分なりのビジョンが次第に形になってきた。
「サロンのような場所でお客さまのお話を聞いて、その上で最高の素材を仕入れて、真心こめた花を作る。少々高くなるかもしれないけれど、美しいだけではなくもっと付加価値のあるお花を売りたい。当時のお店のお客さまにもそんな自分の夢を熱く話していました」
贈り手の気持ちに妥協なくセンスを生かす
ジャルダン・デ・フルール銀座店舗
(写真提供:AMPG)
思いを込めて制作したこの世にただひとつの花束
(写真提供:AMPG)
25歳のとき、大きな転機がやってきた。彼の夢を応援しようと、あるお客さまが銀座の店舗を紹介してくれたのだ。ちょうど、初めに志していた音楽の道よりも、花の世界に腰を据えて取り組みたいと思い始めたころ。新しい挑戦にためらいはなく、銀座で念願のフルオーダーの花屋をスタートさせた。
「ところが、そこでいきなり大失敗です。何しろ、場所はビルの3階。ひとりのお客さんも来ない日が続きました。でも、途中でやめようという気持ちは全くなかった。確信があったのです。このコンセプトは必ずウケる。ただ、今はみんなが気づいていないだけだ。本業の他にアルバイトをしながら、なんとかお店を回す日々が続きました」
とにかく、自分の作った花を見てもらわなくては何も始まらない。そう考えて、道行く人に「お金はいりませんから、僕に花を作らせてください」と声をかけることもあったという。こうした地道な姿勢が実り、その一風変わった花屋の評判は少しずつ口コミで広がっていった。
「花を贈られた方が気に入って、次はオーダーをくださる。そんな形も多くて、本当に少しずつ少しずつお客さまが増えていきました。全く売れなかった頃から今に至るまで、ずっとそんな調子。突然ブレイクした、ということはないんです」
既成のアレンジメントの枠にとらわれない彼の花のデザインには、独特の素材も登場する。例えばハーブやサボテン、芽キャベツなどの野菜。そしてフルオーダーを標榜する以上、無理なオーダーにもなんとか知恵を絞って対応する、その方法がまた彼ならではのものだ。
「例えば、ピンクのアレンジに黄色い花をひとつだけ入れてくださいというオーダーがありました。ピンクに黄色はどう頑張っても合わない。そこで、黄色の花を奥に配し、手前にピンクの花を浮かせてピンクの花を抜くと奥から黄色が顔を覗かせる仕掛けを作りました。そうやって、贈る方の思いを大切にしてこそのフルオーダーなんです」
海外へ活躍の場を広げても、基本は花屋
花を売る、ということのほか、彼はアーティストとしての活動も行い、国内はもとより海外でも高い評価を受けている。
「花はキレイであって当然ですが、それを超えたところに違う可能性を秘めているし、新しい表現もできる。そうやって、ただキレイなだけではない、植物の本来の存在意義を問うていきたいという気持ちから始まった活動です」
「式1」松×鉄枠(2007.4)
松を四角い枠の規制にはめ込んだ作品
(写真提供:AMPG)
代表的な作品としては、「式」シリーズがある。松(無限)を四角形(規則)にはめ込むことで摩擦を起こし、自然状態における植物以上の存在を生み出そうという実験だ。そして、これから本格的に取り組んでいこうとしているのがボタニカルスカルプチャー。花は生けるもの、という従来の概念から飛び出して、植物を“組み立てる”ことで新しい世界を表現しようというプロジェクトだ。
「けれども、アート活動はある意味実験的な場。お店があって、個人のお客さまがいらして、毎日の業務があってこそのプラスアルファです。僕の基本は、あくまでも“花屋”。フラワーデザイナーやアーティストではなく、花屋が海外で個展をすることにこそ意味があるんです」
自分で一から育てたいという思いで始めた畑
(写真提供:AMPG)
そしてもうひとつ、彼が取り組んでいるのが畑仕事。植物を扱ううちに、できることなら自分で一から育てたいという思いが湧いてきた。彼の畑からは、無農薬で手作り感あふれた花、茎が曲がっていたり、多少不ぞろいだったり、市場に並ぶ花とは一味違う生命力いっぱいの植物が生まれている。
「畑は難しいです。苦労も多い。けれども、それだけ喜びもたくさんある。今後は、自分たちの畑で育てた花もどんどん取り入れていきたいし、お客さまが欲しいという花があれば、種から挑戦していきたい」
常に走り続けていないと気がすまない性格。「今は何でも思い切りやろう」と1日24時間では足りないほどの毎日を送っている。今年のヨーロッパでの個展をはじめ、現在オファーのあるアメリカやカナダでの個展を成功させるというのが近い将来の夢。そしてその先に、大きな夢を抱いている。
「最終的には、広い敷地で花屋を開きたいんです。その中で多くの種類の植物を自ら育て、その花を切ってその場でお客さまに売る、あるいはそれらを使ってその場でアレンジする。そんな“究極の花屋”。簡単ではないからこそ、今はそれに備えうるようなしっかりした仕事をしたいと思っています。けれども、結局はやはり皆さんに喜んでいただくのがこの仕事のいちばんの幸せ。花を贈る人も嬉しい、贈られる人も嬉しい、そして作る僕らも喜びを見つけられるという、誰もがハッピーになれるスタイル。花屋として、これだけはいつまでも変わらずに保ち続けていきたいと思っています」
(文/嵯峨崎 文香 写真/武重 到)
東 信(あずま まこと)さん
1976年福岡県生まれ。ミュージシャンを目指して上京後、アルバイトで花に出会う。2001年、銀座に「ジャルダン・デ・フルール」をオープン。一輪の花もないサロン風の店で客の希望を尋ねながらデザインを決める、オートクチュールの手法が話題を呼ぶ。2005年からはアーティスト活動も開始し、ニューヨーク、パリ、デュッセルドルフなど海外からも高い評価を得る。2007年、清澄白河に期間限定で自身の作品を展示するギャラリー「AMPG」をオープン。2008年3月、「ジャルダン・デ・フルール」を麻布十番に移転。










