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NEXT GENERATION

− 第5回 −

まわりを主役へと引き立てる、新しい時代のリーダー像
早稲田大学ラグビー蹴球部監督 中竹 竜二さん (2008年1月16日公開)

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エリートサラリーマンから監督へ、覚悟の転身

 一面の緑の芝生に青い空。そして、それらをつなぐかのように、すくっと立ったゴールポスト。練習時間ともなれば熱気に溢れるグラウンドも、学生たちが授業の時間はひっそりと静まり返っている。

 早稲田大学ラグビー蹴球部が練習拠点とする、早大上井草グラウンド。そのフィールドに軽快な足取りで、中竹竜二監督は現れた。

 「汗をかきたいと思ったときには、ここで選手たちと一緒にトレーニングすることもあります」

 選手たちに混じって——といっても、それは決して学生たちの中に溶け込もうとしているのではない。ただ、自分がそうしたいと思うからだ。

 「つねに、選手たちと同じ立ち位置にいる。それが、僕の監督としてのスタイルなんです」


 2005年のシーズン、早大ラグビー部はカリスマ的指導者として定評のあった清宮監督のもと、2年連続大学日本一を達成。そして、史上最強のチームによる頂点からのスタートとなる翌年、清宮に代わって誰が新監督に就任するかが大きな話題となった。

 勝って当然、負ければ非難、しかも何かにつけて前監督と比較されることは必至——そんな誰もが尻込みしがちな役回りに白羽の矢が立ったのが中竹だった。当時の彼は企業に勤める一サラリーマン。ラグビーの指導経験もなかった。

 「なぜ、僕が…と驚きました。けれど、考えてみれば自分しかいないという気もしてきた。あれだけの成功の後では、誰がやっても批判はあるだろう。場合によっては、組織自体が大きく崩れるかもしれない。けれども、自分ならそれを最小限にくい止められるのではないかと期待されている。つなぎと言われてもいい。こういうときは、自分にとっての役割を果たすべきだと覚悟を決めたのです」



人を巻き込む能力が評価され、気がつけばいつもリーダー

 「なぜ、僕が…」。けれども、そう感じたのは決してこれがはじめてではなかった。

 子どものころから、なぜかリーダーになることが多かった。小学生時代は、学級委員や運動会の責任者。中学、高校では、ラグビー部のキャプテン。当時から、発言力や行動力でぐいぐい引っ張っていくのではなく、一緒に頑張ろうというスタンスで皆と共に進んでいくタイプのリーダーだった。

 高校生のときには、選手としての技量はボーダーラインでありながら、オール福岡の選抜選手に主将として抜擢。そして、極めつけは大学4年生のとき、それまで一度も公式戦に出場した経験がないにもかかわらず、主将に任命されたのだ。繰り返し「なぜ、僕が…」と不思議に思いながら、やがて自分のリーダーとしての資質に考えが及ぶようになっていった。

 「自分でやりたいと言い出したことは一度もなく、いつも自然と担ぎ上げられる。たぶん、他人を巻き込んでゆく力、全員の能力を100%引き出せる力が評価されているのではないか、そう考えるようになったんです」

上に立つのではなく、チームの真ん中に位置する自分のリーダーとしてのポジショニングを図で説明してくれた。

 集団の先頭に立つのではなく、真ん中にいることで周囲を乗せ、やる気に満ちた空気をつくり上げる。その傍らで一途にトレーニングに励み、一心に組織のあり方を考える。そんな彼の周囲に人は自然と集まり、強い団結力が生まれた。

 「そのころから『オレの話を聞け』『オレに従え』と言ったことは一度もない。むしろ、オレのほうを向くのはやめてほしいと言っていました。ただ、一人ひとりが自分の力を最大限に発揮してやってくれ、ということをことあるごとに力説していましたね」

 それが、今も昔も変わらぬ中竹スタイル。その後も留学や会社勤めを通じて、さらに彼らしいリーダーシップを身につけてきた。



フォロワーシップで成り立つ組織がこれからの時代の理想

2007年7月1日、vs関東学院大学は、38-0の勝利。中竹監督、主将・権丈太郎とガッチリ握手。
(写真提供:早稲田大学ラグビー蹴球部)

 監督就任1年目の2006年。中竹が目指していたのは選手たち一人ひとりが自ら考え、行動するチームづくりだった。けれども、それがなかなかすんなりと受け入れられない。というのも、それまでは監督が圧倒的な統率力をもって戦略を説き、学生たちは強靭な体力と精神力をもってそれについていくというスタイルで成功を収めていたからだ。

 「学生たちはいつも、自分たちが瞬時に変わる“魔法の言葉”を期待していました。監督というのは、そういうものを与えてくれる存在だと思い込んでいたのです。けれども、清宮さんと違って僕にはそんな魔法はない。苦境に立たされたときこそ、どうしたらいいのか自分たちで考えて切り抜けようと投げかけていたのですが、それが勝つために有効な戦略だということがうまく伝わらなかったと思う。正直言って、苦しい一年でした」

 結果、宿敵関東学院大学に敗れ、3年連続大学日本一はならず。シーズン終了後は、想像していたとおりの批判が中竹に集中した。確かに、100%の力を出し切れなかったという思いは残る。けれど、いよいよ思い通りの組織づくりをしていかなくてはならないという決意は強まるばかりだった。

2007年8月26日、vs法政大、73-3。「チームとしてのコミュニケーションが上がって、リーダーが中心となって変わることができた」
(写真提供:早稲田大学ラグビー蹴球部)

 そして、2年目のシーズン。監督の強い意志に応えるかのように、選手たちの間にも徐々に変化が見られるようになった。

 「負けから始まったことで、自分たちのスタイルを変えなくては勝てないんだという意識が生まれてきたのでしょう。僕が中心にいて、学生たち自身が考え、話し合いながらつくり上げてゆくチームという考え方が、ようやく浸透してきたという気がします」

 リーダーシップがなくては成り立たない組織ではなく、フォロワーシップで成り立つ組織。中竹には何年も前から、これからの組織にはそんなあり方が必要だという持論があった。

 「僕は自分のことを、日本一オーラのない監督だと思っています(笑)。でも、僕の指導方針にオーラはかえって邪魔なくらい。フォロワーシップで成り立つ組織には、カリスマ的リーダーは必要ないのです。だから、どんなリーダーが来ても大丈夫。僕のあとの監督はやりやすいでしょうね」

 選手たちの前で感情的になったり、声を荒らげたりすることはほとんどない。けれども、1対1になると変わる。教育したい選手に対しては感情を出してとことん追い詰めることもあるし、疑問や迷いのある選手とは納得のいくまで話し合う。そして、一人ひとりがリーダーと同じ目線で行動できるように導く。そうやってリーダーがいなくても成り立つほどのフォロワーシップを持つこと、それが中竹の理想とする強いワセダだ。

 「それは今の時代、あらゆる組織にいえることではないでしょうか。経験のない人間がある日突然ノウハウ本にあるような理想のリーダーになろうとしても無理がある。むしろ、本人も組織もダメになりかねない。ところがフォロワーシップで成り立つ組織なら、逆に新しいリーダーを伸ばしていくこともできるのです」

 企業人としてのキャリアの中に、突如割り込んできた“監督”としての日々。その先の道について、今はまだ思いを馳せる余裕はないという。

 「今の目標はただひとつ、チームが勝つこと。そこに100%かけています。そして、若い世代の成長を毎日のように目の当たりにできるのは、何よりの喜び。監督というのは何と素晴らしい仕事なんだろうと、日々感じています」

 (文/嵯峨崎 文香 写真/武重 到)



中竹 竜二(なかたけりゅうじ)さん
1973年、福岡県生まれ。6歳でラグビーをはじめる。ラグビーの名門、東筑高校、早大で主将を務め、人間科学部卒業後は英国に留学。ロンドン大学で人類学を学び、レスター大学大学院社会学修士課程修了。2001年、三菱総合研究所に入社し、研究員としてスポーツ、教育政策、地域情報化などを担当、リーダー育成の研修講師などを務めた。2006年、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。1年目、大学選手権で関東学院大学に敗れ準優勝、3連覇を逃す。


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