− 第4回 −
自然界の循環を生かした“有機農法”を広め、食の安全を守る
モアーク農園長 浅野 裕子さん (2007年12月3日公開)
食糧問題に対する関心から農業の道へ

畑の朝。太陽が昇るとともに活動をはじめる植物たちに囲まれて、活気を帯びた明るい声がそこここから聞こえてくる。
つくば市に拠点を置くモアークは、有機JAS認定を受け、約7haの畑で有機野菜の生産を行う農業法人。「草農法」と呼ばれる伝統的な農法を用いながら、真に安全な農産物の普及を目標に、日々研究と実践を重ねている全く新しいスタイルの農業集団だ。
ここで働くのは、大学や大学院で農学などを学び、農業の新しい未来を切り開こうとする若者たちが中心。そして、彼らのチームワークを束ねているのが、若き農園長、浅野裕子だ。
「有機農法というと、手のかかる特別な方法というイメージがまだ強いと思います。年々注目が高まってきてはいますが、それでももっと普及して欲しい。そのためには、有機農法の素晴らしさと、それほど難しいことではないんだということを広くアピールしたいと思っているんです」
そんな彼女が農業を志したのは、小学生のころだという。ユニセフのCMでエチオピアの子どもたちの姿を見て、食糧問題に関心を抱いたのがすべてのはじまりだった。
「農業で食糧問題を解決できないだろうか。そう考えて、いつかは途上国で農業をしたいと考えるようになったんです」
「何より、やっていて楽しいですから」と有機農業の楽しさを語る
ごく小さな頃から家庭菜園の手伝いをしてきた彼女にとって、農業はごく自然な選択だった。高校卒業後は迷いもなく大学の農学部に進学、生産管理を専門に学んだ。卒業後は、途上国で働きたいという夢を実現させようと、就職活動をスタート。が、そこである問題に直面してしまった。
「卒業してすぐ途上国に渡ったとしても、実地経験のない自分に一体何ができるのだろうか。しかも、化学肥料や農薬などのない途上国では当然、有機農法しかできない。けれど、学校で身につけてきたのは農薬と化学肥料に頼る通常の農業のみ。海外へ出て納得のいく活動をするためには、まず有機農法の経験を身につけなくてはと考えたんです」
そんなときに出会ったのが、モアークの西村社長。西村社長はモアーク農園を立ち上げる前に、パラオでオーガニックファームを軌道に乗せている。その話を聞いて、彼女はがぜん興味を持った。
「現地にあるものだけを使って有機農業を成功させているというのは、まさに私が理想としてきたことでした。ちょうどこのモアーク農園を立ち上げるというときだったので、有機農業を学びたいという思いで入社を決めたんです」
かくして2000年、モアークは3人でスタートした。はじめの一年は石ころ拾いにはじまり、堆肥用の草をひたすら切る毎日。ようやく最初の作物がとれて、ベビーリーフの出荷をスタートしたのは2001年7月のことだった。
今までにないおいしさの有機トマト
ツヤもよく、見るからに健康そうな“モアークのトマト”。2月中旬にタネをまき、6月下旬から9月上旬まで収穫する
ベビーリーフは今もモアークの主力作物。が、そのほかに彼女がどうしても栽培したいと熱望した作物がトマトだ。
「大学でもトマトを手がけていましたが、有機での栽培は難しいと言われていました。だからこそ、トマトを手がけて成功させれば、有機は難しくないということを証明できるのではないかと思ったんです。しかも、トマトは乾燥に強く栄養価が高いので、途上国での栽培にも適しているはず。どうしてもやりたかったんです」
ところが、1年目はまるでうまくいかなかった。病気も発生し、収穫量も上がらない。学校で学びながら育てるのと、実際に自然の中で育てるのがこんなに違うものかと痛感し、くじけそうになったこともある。が、まだまだ諦めるのは早いと、有機栽培に詳しい人に話を聞きに出かけたり、ネットで調べたりしながら、どうしたらうまくいくか模索する日々が続いた。
卸先では“モアークのトマトジュース”と呼ばれている「モアーク 有機トマトジュース」。モアーク農園で栽培した有機トマトを100%使用した食塩無添加のジュース
「そこでわかったのは、病気が出てからでは遅いということでした。通常の農業では、病気が出てから対処する。けれども、有機は予防がすべて。考え方が全く違うんですね。そこで、2年目は虫がつきにくいように株間を広げたり、葉が蒸れないようにこまめに葉を取り除いたり、虫を誘引して作物につかないようにする装置を使ったりという工夫をしてみました」
その結果、2年目はかなり収穫量が増えた。そして、3年目は大玉より実のつきがよいと言われる中玉を栽培することに。3年目に収穫量がようやく納得のいくものになったとき、必ず道は開けるという手ごたえを感じた。
「その頃に比べると、今は1.5倍ほどの収穫量があります。ずいぶん安定してきましたが、それでも長く収穫するにはどうしたらいいかということなど、課題はいろいろあります」
彼女が育てたトマトは“モアークのトマト”と呼ばれ、各方面で高い評価を受けている。もぎたてを口にしてみると、甘みと酸味のバランスが素晴らしく、深みがありながらもすっきりした味わい。トマトが苦手という人でも、これならトマトの美味しさに目覚めるに違いない。
自然の循環を楽しめる“草農法”
「味も香りも違う。食べていて嫌なえぐみも感じられず、安心して気持ちよく食べられる。それが、有機作物のいいところなんです」
そう彼女が話すとおり、モアークの生産物は一流レストランのシェフに認められて指名されることも多い。最近では、スーパーマーケットなどから“有機コーナー”を作って扱いたいという話も多く、チェーン展開をする飲食店からの引き合いも増えてきた。
河原から運ばれた雑草は大量に積み上げられ、堆肥となる日を待っている。これが、おいしい野菜の秘密
そんなモアークの“美味しさ”の源は、“自然循環草農法”にある。そもそも自然界にあっては、枯れた植物が微生物や動物によって分解されて腐葉土となり、再び植物の栄養となるものだ。ところが畑では、作物を収穫したあとは栄養が失われたままになる。そこに、草から作った草堆肥を与えるのが、この農法の特徴。植物に使う栄養を、植物で与える。自然の形に近い方法ゆえ、畑には生命力がみなぎるのだ。
堆肥の原料となるのは、農場近くの河原に生えるイネ科の雑草。以前は焼却処分されていたその草に鶏糞ともみ殻を混ぜると、半年くらいで草の形はなくなって堆肥になる。それを畑に与え、生命力溢れる作物を生み出すもとになるのだ。
「有機農法は、草との闘いでもあります。夏などはとくに、毎日草取りに追われて農薬の威力を改めて思い知ることもあります。でも、やはりその闘いがあってこそいい作物が生まれる。自然界の循環、自然界本来の姿を見ることができるのが、何よりの楽しみです」
トマトでひとつの成果を上げた彼女が、次に情熱を傾けるのが薬事効果のある野菜やハーブを扱う“薬菜園”。昨年から、玉ネギ、ニンジン、ジャガイモ、ニンニクなどの栽培を始めている。
モアークは、社員それぞれが経営者意識を持って働くという、新しいスタイルの農業組織。今は20人近い大所帯になった
「2年目にして、ようやく手ごたえをつかんできたところ。タマネギ、ジャガイモ、ラディッシュやミニ野菜は好評でした。逆にニンジンはなかなか大変、これからの課題です」
現在彼女は、農園に併設された寮に住み、仕事中心の生活を送っている。けれども、近い将来には結婚、そして出産というビジョンもある。
「そうやって生活が変わってゆくと、農業に対する目線も変わってゆくのではないかと楽しみなんです。子どもができたら食品に対する見方が厳しくなるかもしれないし、農作物に対する考え方の広がりも生まれるかもしれません。けれども、どんなふうに生活が変わってもかかわってゆけるのが、農業のいいところだと思います。遠い目標は、有機農法がもっと普及して、あたりまえの農法になること。でも、今のところは、目の前の課題をこなすのが精一杯という毎日です」。
(文/嵯峨崎 文香 写真/武重 到)
浅野 裕子(あさのひろこ)さん
茨城県生まれ。玉川大学農学部農学科卒業後、2000年モアーク入社。3年目から農園長となり、今では12、3人の部下を持つに至った。現在ではモアークの主力作物のひとつとなっているトマトの栽培方法を、一から確立したとして高い評価を得ている。6時〜18時(冬場のみ8時〜)の勤務時間の多くを畑の中で過ごす。「自然にのびのび育つ作物を見るのは何よりの喜びです。種から芽が出たときや、すくすく育つ様子、雨が降ったあとにイキイキしている姿など……。もっと多くの人が有機農業をすればいいのにと思います。大変だというイメージばかりが強いけれど、やり方によってはうまくいくはず。何より、やっていて楽しいですから」。











