− 第2回 −
人と人とのつながりをつむぎ、日本と世界をつなぐアナログ・ネットワークを
シブヤ大学学長 左京 泰明 さん (2007年8月17日公開)
「晴れ男なんです」
撮影のために彼が渋谷の街に出ると、それまで降っていた小雨がすっきりと上がっていた。
昨年9月にスタートしたシブヤ大学は、キャンパスを持たない "大学"。渋谷という街を主な学びのフィールドに、老若男女が集い、学ぶ場である。その学長が、元早大ラグビー部主将にして元商社マンの左京泰明。
「学ぶ、知る、感じる、経験することで、人生はより豊かになります。ところが、興味のあることについてもっと深く知りたい、体感したいと思っても、日々の忙しさの中で一からかかわるだけの時間がないのが現状。そんな人たちに向けて、学びの場を整えて提供するのが僕らの役目です」
誰もが講師になり、誰もが生徒になり、あらゆる学びや体験を共有してゆくというのがシブヤ大学の基本的な考え方。月一回、第三土曜日に行われる講義で取り上げるジャンルもバラエティに富んでいる。たとえば、環境問題や福祉について考える講座もあれば、食の講座もある。写真、将棋、ファッション、音楽から、円山町の現役芸者さんによる講座まである。
そんなコンセプトに共感するのだろう。毎月7〜8つの講座がインターネットを通じて予約開始されるや、早いときはわずか数分で定員になってしまうほどの人気だ。2007年5月までの延べ参加者数は4,585人、メディア掲載は77回となった。
「反響の大きさに驚く反面、当然かなという思いもあります。何より、自分自身がこうした場を求めていましたから」
人のためになる仕事をしたいという決意
2001年、大学4年生で主将を務めた。その年、早稲田は関東ラグビー大学対抗戦で久々の優勝。が、彼はそのまま卒業せず、自ら留年してその後の行き方を模索した。
「就職活動とラグビーをバランスよく両立させられるとは考えられなかったんです。しかも、どこでどのように働くのかということを安易には決めたくなかった。それで、留年していろいろな方面に進んだ先輩の話を聞いて回りながら、将来の道を探しました。けれど、誰の話を聞いても勤め先としてパーフェクトということはなく、どこにも一長一短がある。自分は本当のところ、何がしたいんだろう。そう考えてたどり着いた唯一の答えが、"人のためになることがしたい"ということでした。人のために働くというと公的機関を考えがちですが、社会の大きな流れは経済活動と切り離せない。企業のパワーを知らずにいては現実的ではないということを学生なりに考え、まず企業への就職を志しました。30歳までに実力をつけて、その後自分の思う道を進もうと決めたんです」
「1年目は、"ラグビーの左京"ではない自分を認めてもらいたいという一念でがむしゃらに働きました。誰よりも早く出社し、実力をつけるために土日もなく会計と税務の勉強。そんな毎日を続けて、ようやく一息ついたのは2年目が終わるころ。生意気な言い方をすれば少し楽になり、自分が会社の中にいた場合、5年後、10年後にどんな位置にいるかが見えたような気がしたんです。そこでもう一度、何のために働くのかという原点に戻って考えたんです」
やはり、人のためになる仕事がしたい。けれども、どうやって?ちょうどその頃、ケニアの環境保護活動家ワンガリ・マータイさんのノーベル平和賞受賞が話題になった。
「環境を守るために始めたグリーンベルト運動が、ビジネスモデルとしても機能している。それまでは社会貢献というとメッセージ性ばかりが強く現実的ではないというイメージがありましたが、彼女の活動は理想と現実のバランスがいい。ビジネスを通じて、人のためになりたい--自分の進むべき方向はそこにある、とはっきり見えてきたんです」
人も羨む商社勤めを"とくに不満もないまま"退職という思い切った決断。そんな左京にとっての人生の基本的な価値観は「すべてラグビーから教わった」と言う。とくに、ラグビーの恩師である早大の清宮克幸監督(当時)に言われた「チームには日本一になることのほかにもミッションがある。それは、ラグビーを通じて人々に夢と感動を与えることだ」という言葉。「今後人生にミッションがあるとしたら、ラグビーを仕事に置き換えてすべての情熱をそこへ向けようと決意したんです」
夢を叶えるプロジェクトとの出会い
人との出会いが、彼の人生を変えてゆく。会社を辞める直前に知人の紹介で出会ったのが、NPO法人グリーンバード代表にして若き渋谷区議の長谷部健さん。実は長谷部さんこそが、シブヤ大学のアイデアを温めてきた人だった。
「長谷部さんと出会ったころの僕は、明治維新のようなテンションでした。会社を辞めるのは脱藩だという意識がありましたから。もちろん、『竜馬がゆく』を読んでいましたよ(笑)。長谷部さんのお話に非常に共感して、会社を辞めたあとはグリーンバードのお手伝いをすることになったんです」
2006年9月2日、明治神宮大ホールで開校式
学長挨拶をする左京さん。当日は、乙武洋匡さんとの対談や、
野中ともよさんの講演、音楽プロデューサーの小林武史さん
の登場など、盛りだくさんな内容で幕開け
グリーンバードでは、ちょうどシブヤ大学のコンセプトに共感する人々が集まってプロジェクトがスタートしたところだった。はじめは軽い気持ちでかかわっていたが、だんだん議論が激化してまとまらないようになり、他のメンバーは皆本職があるため、彼自身がハンドルを握るか、いっそ降りるかしかないという事態にまで追い込まれてしまう……。
「それで、自分が代表として進めていくと決意し、皆に快く応援してもらえることになりました。腹をくくってみたら、このプロジェクトは僕がずっとやりたいと思ってきたことの注ぎ口に合うんじゃないか、いや、むしろこれしかないくらいぴったりではないかと思うようになってきたんです」
それからの彼は持ち前の行動力で道を切り開き、プロジェクト開始から1年足らずでシブヤ大学は開校した。
事業は世のため人のためであるという理想
シブヤ大学ゼミ/ガイダンス&試験〜銅金博士の「植物ゼミ」
の授業(2007年3月)。さまざまな分野のエキスパートたちが
登場している
満員御礼が続くシブヤ大学の各授業。『MOTTAINAI学科
THE FUROSHIKI完全攻略』の実習風景(2007年4月)。生徒
の年齢層も幅広い
シブヤ大学。英名で「Shibuya University Network」。
「ネットワークこそが、シブヤ大学の本質です。それも、ハイテクではなく人と人とのつながり、アナログなネットワーク。点としての個人の間に僕らが網の目状に線を引いてゆくことで、つながりが生まれるんです。だから、これを学んでくださいというより、僕らを介していろいろなことをシェアしてくださいという意識が強い。最近、地方自治体から参考にしたいという話が来るようになりましたが、僕らのノウハウはすべてオープンにして、こうした試みが日本のあらゆるところで広がってほしいと願っています。そしていずれは世界にも広がり、日本と世界がつながってゆくのが理想です」
シブヤ大学を手がけることになった原点ともいうべき、「人のためになることがしたい」という考え。そんな理想も、多くの人々と共有できるようになりたいというのが願いだ。
「日本にも戦後、自分たちが働くことで皆が幸せになると誰もが信じていた時代がありました。つまり、誰もが社会貢献の意識を持っていたはず。僕らの世代もそのころの理想に戻って、皆があたりまえのように社会のことを考えられるようになればいいと考えているんです」
当面はシブヤ大学に全力投球。その先のことは全く考えていないが、不安でない人生なんてないからと笑う。
「でも、今進んでいる方向は絶対に間違っていない。道は、その先に必ず開けていると信じています」
(文/嵯峨崎 文香 写真/中川 彰)
特定非営利活動法人シブヤ大学
SHIBUYA UNIVERSITY NETWORK
あらゆる場所がキャンパスに
なるので、授業開講時にはこんな
垂れ幕がシブヤ大学の目印
渋谷の公共施設や公園などをキャンパスに、一般向けの公開講座の実施、小中学校向けの授業プログラムの提案等を行う。
〒150-0042
東京都渋谷区宇田川町5-2
渋谷神南分庁舎2階 (株)渋谷サービス公社内
TEL 03-3770-4285
事業内容/社会教育の推進を図る活動及び子どもの健全育成を図る活動。
広く一般市民に対して、社会教育に関する講演会やイベント、小中学校の総合的な学習への授業カリキュラムの提案等の教育事業を行い、もってあらゆる世代の人々が生涯にわたって学び続け、いきいきとした生活が送れる社会の実現に寄与することを目的とする。
http://www.shibuya-univ.net
左京 泰明さん
1979年生まれ。福岡県出身。早稲田大学第二文学部卒。在学中は、体育会ラグビー蹴球部に所属。4年次は主将を務める。卒業後、住友商事に入社。経理部で会計・税務コンサルティングを担当し、事業運営の基礎を学ぶ。2005年、自らの道を歩むべく退社を決意。同年、NPO法人グリーンバード代表の長谷部健氏に出会い、将来のビジョンなどで、お互いに意気投合。10月に退社した後、グリーンバード副代表に就任、NPO法人運営全般のノウハウについて経験を積む。その後、長谷部氏が発案したプロジェクトである「シブヤ大学」に強い魅力と可能性を感じ、自ら同プロジェクトの代表として名乗りを上げる。2006年4月、シブヤ大学学長に就任。現在に至る。










