日本人は従来、自分の考えや願望を明らかにすることや、それに忠実に行動することをよしとせず、むしろ自分を抑え、それによって場を丸く収めることが大切だとされてきました。しかしその結果、自分の望む成果が得られなかったり、自分の考えていることが正確に相手に伝わらなかったりしてフラストレーションを抱え込むことになってしまいます。最初に、自分がどうしたいのかをはっきりさせた上でコミュニケーションを図ることで、自分の思い描いていた通りの相手の反応を引き出すことができるのです。 京都大学アメリカンフットボール部を何度も日本一へと導いた名将、水野彌一監督は、アメフト部に入ってきた新人部員たちに伝えたい明確なメッセージをもっています。それは、「やればできる。やると決断したらやれる」ということ。そんな水野監督は、新人部員が初練習でアメリカンフットボールと関わる最初の一瞬をとても大切に考えています。 「百聞は一見に如かず」という言葉がありますが、実は「百聞は一体に如かず」とも言えるのです。この「一体」の「体」とは体験のことです。その体験の重要性を水野監督は十分に熟知しています。先ほどのメッセージを100回話して聞かせるよりも、1回の体験でそれを強烈に伝えるべきだと考えているのです。だから、厳しい受験勉強を乗り越えてようやく入学できた新人部員たちに対して、その練習初日に「先輩たちにタックルしてみろ」と言います。 グラウンドを走り回っている上級生は皆、体の大きいアメフト界のスタープレーヤーたちです。新人部員は、監督に指示されて考えます--自分は今まで勉強ばかりしてきた。そんな自分にどうやってあんな人たちをタックルで倒せというのだろうか、と。基本のタックルの方法を簡単に教わった後で、いよいよ本番となります。果たして自分に倒せるだろうか・・・しかし、教わった通りにタックルすると、上級生たちがバタバタと倒れていくのです。 実は、水野監督は最初から上級生にうまく倒れてやるように指示していたのです。つまりやらせのタックルということになります。しかし、それを知らない新人部員は「いきなり自分はアメフト界のスターを倒せた。4年間努力すれば先輩たち以上の選手になれるはず」という良い意味での錯覚をもつのです。そう思わせることこそが水野監督の一番の狙いなのです。これこそまさに「百聞は一体に如かず」なのです。このように、最初に自分が何を伝えたいのかをはっきりさせ、それを伝えるためにはどうするのが最適なのかをしっかりと考えてコミュニケーションを図ることで、自分の思い描いていた通りの相手の反応を引き出すことができるのです。