スポーツの世界のみならず、あらゆる場面でプラス思考という言葉が使われます。先ほどの選手も自分のマイナスの記憶や思考を打ち消そうと、無理矢理、そのことを忘れようとしたり、「投げると危ない。ぶつけてしまうぞ」という危険信号に対して「危なくない。大丈夫だから思い切って投げるんだ」とプラス思考をしようとしてきたのです。
しかしプラス思考をしようとすればするほど、逆にマイナス思考が大きくなって返ってくるのです。この心の動きを馬だと思ってみましょう。目の前に川が流れています。その川に対して、恐怖心を感じている馬が尻込みしています。その馬に「大丈夫だ」と伝えて、いきなり川に突き落としたらどうでしょうか。
きっと馬はびっくりして、すぐに川から岸に飛び上がり、今まで以上の恐怖を感じて二度と川に入ろうとはしないでしょう。その選手は自ら、自分の心に対してそのような対応をしていたのです。
ではどのようにして対応していけば良いのでしょうか。それはマイナス思考になっている馬に、「そうだよな、水って怖く感じるよな」と共感してあげることからのスタートでしょう。次に川に顔だけ入れて水を飲ませ、「水っておいしいだろ」と話しかけます。さらに馬の前脚を手に取って、やさしく水につけてやり、「冷たくて気持ちいいよな」と話しかけてやります。このように水に対しての恐怖心を少しずつ取り除いてやりながら、少しずつプラス思考へと導いてあげればいいのです。
多くの場合は、プラス思考という言葉が先行してしまい、「マイナス思考になるのは間違っている。すぐにプラス思考に切り替えなくては」という具合に、コントロールの方法を間違えてしまっているのです。
横浜ベイスターズのストッパー、佐々木主浩投手は、意識して苦手相手を作らないメンタル面での工夫を行っています。ストッパーという仕事は短期の勝負ですから、特定の苦手選手を作ってしまうとよくないのです。
9回にマウンドに上がって、ある選手にヒットを打たれたが、最終的には0点に抑えられたとします。そのような場合、試合後、0点に抑えたという事実に自分の意識を集中的に向けるのです。そうすることで、次にそのチームと対戦する時に「前の試合で0点に抑えたチームだ」と前向きに考えられるからです。
多くの人はなんらかのトラブルがあって、結果的に成功したというような場合、成功した結果よりも、その小さなトラブルに目が向きがちです。「あのトラブルがなければ完璧だったのに・・・」という具合にです。
そのようなマイナス面に意識を集中させているうちに、たった1本の打たれたヒットの意味が大きくなってしまい、その選手に対してマイナスイメージが大きくなるのです。そこで佐々木投手は、まずヒットを打たれた事実を自分の中で認め、次にその打者をどうしたら打ち取れたかを考えます。そしてその考え通りにその選手を打ち取った場面を何度もイメージします。そのイメージを繰り返すことで自分でも打ち取ったような気持ちになってくるのです。
もし0点に抑えていなければ、その事実に最後まで囚われてしまいがちですが、0点に抑えた気持ちの余裕が、イメージの上塗り作業(これについては後述します)を楽にしてくれるのです。そのようにして段階的にプラス思考へともっていって最後に0点に抑えたという事実に意識を集中させていくのです。その頃にはヒットを打たれたという事実はかすんでしまっているのです。手間を省かず、ゆっくりと自分の心と向き合い、自分にとってプラスの方向へと導いていくからこそ、佐々木投手の中では苦手選手は作られないのです。
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