史上最多の金メダルを獲得したアテネ五輪。「ここ一番に弱い日本人選手」と言われていたのがウソのように、どの選手も伸び伸びとプレーをしていました。それは選手が心の中で「誰の五輪でもなく、自分のための五輪」という意識をしっかり持てるようになったからではないでしょうか。
スポーツでは「心・技・体」とよく言われますが、いくら目に見える技術や体のトレーニングを積んでも、目に見えない心の部分が弱ければ、技と体の力を全く出し切れずに終わってしまうのです。もし、地面に30センチ幅の板を置き、その上を歩けと言われたら、誰でも楽々と歩けるはずです。しかし、ビルの屋上の端の30センチ幅のコンクリートの上を歩けと言われたらどうでしょうか。きっと立つことさえできないはずです。
たかが歩くという単純極まりない動作でさえできなくなるのです。それは人間には心があるからなのです。ロボットであれば説明するまでもなく、同じように動くでしょうが、人間はそうはいかないのです。「落ちたら死んでしまう」と恐怖心が強くなれば、緊張も大きくなります。すると体もガチガチに緊張して硬くなるのです。また「もし、落ちたら・・・」というように落ちることに強く意識が向けられると、人間の体は意識の向いた方向へと動いてしまうものなのです。
私はメンタルトレーナーとして、多くのアスリート、特にプロ野球選手にメンタルトレーニングの指導を行っています。以前このような出来事がありました。あるプロ野球投手の相談を受けました。父親も元プロ野球の投手。その選手の一番の悩みは、打者がバッターボックスに立つと、思い切って内角にボールが投げられなくなるということでした。
それは試合に限ったことではなく、普段の練習でも打者がいなければどこへでもいいボールが投げられるのに、打者が立った途端に内角のボールのスピードもキレも死んでしまうというのです。
話を聞いてみると、原因は彼が高校一年生の時の出来事にあると気づきました。彼が通っていたのは、先輩、後輩の上下関係が厳しく、プロ野球選手を多く輩出している甲子園の常連校でした。彼はそこでの練習中に、先輩にボールをぶつけて、ものすごく怒られたことがあったというのです。高校一年生の彼にとっては、それが心の痛みを伴うものだったのでしょう。
しかし自分が野球を続けるためには、それを忘れなくてはと考えたのです。その忘れたいという気持ちが、その記憶を表層意識から潜在意識へと移し、フタをしてしまったのです。ところが、記憶というものは潜在意識に押し込まれ抑圧されればされるほど、何とか表に出ようと下からグイグイ突き上げてくるものなのです。心の作用、反作用ではありませんが、抑圧が強い分だけ、その下から押し上げる力も強くなるのです。そして、その記憶と似た状況、つまり内角に投げようとする時に、その潜在意識の記憶は「投げると危ない。ぶつけてしまうぞ」という危険信号を発してしまい、体に危険指令を送ってしまうのです。
そこで彼に次のような話をしました。目に見えない心をコントロールするために、心は馬で、あなたはその馬を乗りこなす騎手なのだよということです。どうすればおじけづいている馬を歩かせられるのか、前に出ようとする馬をどのようにして落ち着かせるのか。暴れ馬をどのようにして鎮めるのか。それをまず考えてみようということです。目に見えないから、心というものに対して、余計に不安になりますが、馬だと思えば少しはコントロール法が見えてくるのではないでしょうか。
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