− 第2回 −
企業も国も人材が要。
マレーシアのスマートスクールに見る、次世代技術者の育成
強力なリーダーシップのもと国際競争力を強化
国際競争力と人材育成は、切っても切れない関係にある。日本でも、e-Japan構想や各企業の教育投資額の増加など、人材育成の重要性を認識しながらも、あまり実感がないのが実情だろう。実は、高度技術者の不足は、MSCの手本となったシリコンバレーでもアジア以上に深刻な問題となっている。特にITバブルの崩壊以降、経済成長の停滞から、優秀な人材の流出や、安い賃金のアジア諸国へのノウハウ移転など次世代を担う技術者を育成する素地が失われたことに危機感が持たれている。こうした中で、マレーシアが経済危機に直面しながらも着実に推進してきたMSCとその中でも高い評価を受けているMMUの成功の要因は、どこにあるのだろうか。
1. 政府、特に明確な理想を掲げるリーダーの存在
マレーシアの気候は一年中温暖で、資源や食料も比較的豊富なため、マレーシア人の行動傾向は、マイペ−スでゆっくりだと言われる。そうした国民性は、マレ−シアが目指すハイテク産業や知識・資本集約型産業にとって労働生産性や競争力の点で、不利との見方もある。しかし、のんびり体質のマレーシア人たちに活を入れ、指導力を発揮したのが、マハティール・モハマ前首相だ。工業化への脱却を推し進めてきたマハティール政権の指導力は卓越し、明確なビジョンに基づくリーダーシップは、MSCでも遺憾なく発揮された。氏は、「マレーシア人によるマレーシアを作りたい」と常々語り、指導者の育成を牽引してきた。
日本でもe-Japan構想などが提唱されているが、これほどの長期に渡って、明確な理想を描きつづけ、現実に推進するマハティール前首相の実行力は、内外からの評価も高い。その中で中核を担うMMUは、まさに肝入りのプロジェクトと言っても過言ではなく、数あるMSCプロジェクトの中で、最も成果のあがったプロジェクトのひとつだ。マハティール氏は2002年10月に首相を退任し、その思想と政策は、現首相であるアブドラ・バダウィに引き継がれている。
2. 法改正などの対応の迅速性
MSCの実現を大きく後押しした施策のひとつに、サイバー法の制定がある。1997年、マレーシア議会は、デジタル署名法、遠隔医療法、コンピュータ犯罪法、知的所有権法の4つのサイバー法を制定した。このサイバー法の優れている点は、まずサイバージャヤやプトラジャヤを中心とする首都圏区域内だけに適用したことにある。サイバー法に代表される新たな社会ルールは、時に混乱を招く。社会的なインフラ格差による混乱を回避するためにトライアル地区を設けたわけだ。この区域で成功が確認できれば、2005年を目処に主要な地方都市にサイバー法を拡大し、2010年以降はマレーシア全土にMSCを展開する構想になっている。
先進技術を社会生活に取り入れるには、技術的な課題ではなく、多くの場合、こうした法的な問題やルール作りにおける課題に直面することなのだ。マレーシアが、日本と大きく異なるのは、こうした法改正を迅速に、かつ段階的に行ったことにある。日本での遠隔医療など、法的に認められていないことから、普及の推進に歯止めがかかっているのが現状だ。
また、マハティール前首相は、MSCの推進する上で、インターネットの検閲をしないことを交際的公約に掲げた。マレーシアでは、テレビや新聞など既存メディアに対する政府の規制が厳しい。そのため、マレーシアのインターネット利用者の数は急増し、デジタル・デバイドの撤廃にも大きく貢献。マレーシアの社会生活における情報流通の姿を一変させた。
3. 海外の力を最大限に活用する
長年、イギリスの植民地であったマレーシアは、イギリスをモデルに近代化を推進してきた。しかし、1981年にマハティール氏の首相就任後は、「Look East-東に学べ!」をスローガンに、自ら日本の勤労意識や経営を学ぶ姿勢を貫いてきた。アジア諸国の先進事例をモデルとして取り入れることにも奔走した。そのため、MSCの海外企業の誘致や優遇措置にも積極的で、税制等の優遇、外資規制撤廃、外国人雇用の自由化などをいち早く法制化している。
「シンガポールワン」に比べ、海外企業誘致の遅れも、指摘されるが、10年間の企業法人税免除、電話料金補助、高速大容量回線などの優遇措置魅力度が高いことも事実だ。2004年2月の発表では、MSCステータス取得企業は、985社、2003年の総売上が45億リンギ(約1350億円)、雇用総数は2万人に達したと明らかにしている。
ナショナリストとも呼ばれる前首相が、海外連携に力を入れたことは、一見矛盾しているように聞こえる。しかし、欧米の手法を取り入れた経験から、欧米の限界をいち早く感じ、アジアの価値観を基礎とした独自の国づくりを目指した成果は非常に大きい。
ただし、マレーシアのこうした政策は、必ずしも成功していないとする向きもある。例えば、よく比較の対象となる隣国シンガポ−ルの状況に照らして見た場合、現状ではシンガポ−ルの方が資源エネルギ−分野を除いて経済・技術・情報などの多くの部分で勝っている。また、英語能力やITインフラもシンガポールより見劣りがするとの声も聞かれ、外国からの投資面でも不利な要素は残る。さらに、マハティール前首相の政策では、マレー人の改造はできなかったとの声も聞こえる。
しかし、MSCの中核プロジェクトであるMMUは、マレー人を優遇する従来の施策とは、まったく異なる取り組みが功を奏したことも事実だ。優秀な技術者の海外への流出を食い止め、現在のマレーシアの知識階級層を拡充し、国力を向上させる契機となった功績は大きい。マハティール前首相は、退任会見で「成果には満足していない。もっとできることがあったはずだ。だが(マレー人と華人ら)民族間の調和の確立では、ほかの国々よりも成功したと思う」と語っている。
また、マレ−シアの知識階級、並びに技術者はシンガポ−ルに対して強烈な対抗意識を抱き、追いつき追い越そうと努力を惜しまないとも言われる。これからのマレーシアの展開と次世代を担う指導力の誕生に期待したい。
現在、日本は、技術先進国としてマレーシアをはじめ多くのアジア諸国から技術支援を求められる立場にある。しかし、製造業における生産拠点が中国や東南アジアへと移っていったように、知識・資本集約型産業においても欧米のみならず、アジア諸国間での国際競争の波にさらされることとなるだろう。こうした最先端の教育機関を備えたアジア諸国の台頭は、アジアの情報ハブ機能を目指す日本が目指す次なる目標を示唆している。
かつての技術立国の名の下に、経済的な発展と豊かさを手に入れた私たち日本人は、次なる明確な目標を持ちにくい状況にあるのかもしれない。人々の価値観は多様化し、技術大国であることにも慣れ親しみ、停滞に少しも不自然さを感じなくなりつつある。国民が一丸となって、目標にひた走るマレーシアの姿にいくばくかの羨望の眼差しを向けるのは、筆者だけではないのではなかろうか。
- シンガポールワン:
シンガポールを「インテリジェント・アイランド化」するためのマスタープランであるIT2000計画を具体化するものとして、1996年に提唱されたのがシンガポールワン。同計画は、国内に高速広帯域ネットワークを構築し、オフィスから家庭までマルチメディアサービスの提供を実現する。
(2004年6月14日公開)











