− 第2回 −
企業も国も人材が要。
マレーシアのスマートスクールに見る、次世代技術者の育成
先進工業国への脱却、それは人材の育成・確保から
マレーシアは、18世紀末から長期にわたるイギリスによる植民地統治のもと、スズと天然ゴムの工業原料を供給する基地として開発されてきた。その過程でスズ鉱山の華僑労働者、ゴムプランテーションのインド人移民の導入により、典型的な多民族社会が形成されるに至った。植民地経済体制で、ブミプトラは、稲作や漁業といった伝統的な生業に従事したまま、商工業などの近代的なセクターから取り残された。
民族的に経済機能が分化し、その結果民族間に経済格差が生じるという社会構造ができてしまった。1957年の独立から今日に至るまで、この民族間の経済格差と情報格差をいかにして是正するかがマレーシアの抱える最大の問題となっていた。

マレーシア民族比率(出典:外務省 統計局)
その後、マレーシアは、急速な工業化の結果、慢性的な労働力不足が続いており、ほぼ完全雇用の状態が続いている。1997年の通貨危機の前後においても失業率は、わずか2%〜3%で推移している。そのため、外国人労働者への依存率は高く、技術者や中間管理職など熟練が要求される労働者の不足が深刻な問題となっている。しかし、その中にあって先述したように一般の高等教育を受けた大卒者、特にブミプトラの就職率は、非常に悪化している。
労働力不足の状況下で、こうしたことが起こった理由は、過去数十年に渡って行われたブミプトラ政策にある。工業化重視のためのブミプトラ政策のもと、高等教育や専門技術者の育成は、ブミプトラを対象に重点的に行われた。その結果、先進技術分野でのブミプトラの雇用比率は向上し、有力ビジネスマンの出現もあった。反面、優遇措置の弊害として、ブミプトラの向上心は徐々に失われ、管理職はマレー系であっても、実態は華人に活躍の場を奪われるといった民族的な問題が顕著となるに至った。
1990年後半以降は、産業の高度化と今後ますますの経済発展を計画的に実現するためには、人口わずか2300万人のマレーシアにとって、何よりも優秀な人材確保が欠かせない。教育政策の重点は、従来とは異なる高等教育、特に情報技術系へと移行してきたのだ。
1991年、マハティール首相は、マレーシアが2020年までに経済面のみならず、社会的にも真の先進工業国になることを目指し、「ビジョン2020」を提唱。21世紀に向けた国家開発構想を発表した。マレーシア経済をこれまでの資源・労働集約型から脱却させ、国内資本による競争力を持った知識集約型経済へと移行させる狙いだ。MSC構想は、この具体的な施策として1995年に提唱され、フラグシッププロジェクトの推進により、マレーシアを情報通信技術及びマルチメディアの主要ハブとして成長させることを目標としている。その中で1995年以降、高等教育制度の大幅な見直しと新たな制度改革に踏み切っている。特に注目すべきは、MMUをはじめとする科学技術系の大学や学部が拡充、強化されてきた点だ。MDCでは、2005年までには、約10万人以上の高度技術者の輩出を目指すとしている。

マレーシア主要国家計画概要(出典:JETRO)











