エコテク探訪
− 第8回 −
植物の免疫メカニズム〜ウイルスや細菌から身を守る植物の免疫メカニズムを発見。病虫害に強い作物開発に期待 (2011年11月21日公開)
植物の免疫メカニズムの研究のために栽培されている播種後6週間目のシロイヌナズナ。このシロイヌナズナには細胞の中の様子を観察しやすいように、蛍光タンパク質の遺伝子が組み込まれている。シロイヌナズナは身近な雑草の一つであるが、植物の免疫メカニズムの解明に大きな役割を果たしている。
植物は動物と違ってウイルスや細菌を攻撃する免疫細胞を持っていないが、感染した細胞を自ら死滅させて病原体の拡散を阻止する独特の免疫メカニズムを持っていることが京都大学の西村教授たちのグループによって世界で初めて明らかにされた。研究が進めば、農薬を使わない病害防除が実現すると期待される。
細胞が病原体と心中して全体を守る
京都大学 大学院理学研究科 教授(理学博士)
西村 いくこさん
私たち動物の身体の中では、白血球など病原体と戦う免疫細胞が日夜、ウイルスや細菌と戦って健康を維持していてくれる。ところが、植物にはこうした戦う細胞がない。
それでは植物細胞が病原体に侵されたら座して待つのかと思いきや、実は感染した細胞を自ら死滅させて病原体と共に“心中”し、全体に拡散するのを防いでいる。この心中を「過敏感細胞死」と呼ぶが、こうした植物の免疫メカニズムを京都大学の西村いくこ教授と初谷紀幸研究員(現・北海道大学特任助教)、基礎生物学研究所の西村幹夫教授らのグループが世界で初めて発見した。
植物細胞の中には「液胞」と呼ばれる膜に包まれた構造体があり、細胞液をたっぷりと貯蔵している。この細胞液の中には多種多量の抗菌物質や分解酵素が含まれており、細胞が病原体の感染を確認すると、自ら液胞膜を破壊して細胞を死滅させ、感染の拡大を食い止める。
「かつて、動物も植物も細胞死は同じメカニズムだろうと思われていましたが、私たちの研究で両者は全く違う仕組みを持ち、植物の細胞死に液胞が関係することが分かりました。液胞は植物の老廃物をため込む“ゴミ捨て場”のような存在で生命活動とは関係ないとみられており、誰も注目してこなかったのですが、今回の研究で重要な役割を担っていることが明らかになったのです」と、西村いくこ教授は語る。
過敏感細胞死によって病原体を排除するといっても、実はウイルスと細菌に対しては攻撃方法が違う。ウイルスは細菌に比べて非常に小さく、細胞内で増殖する。そのため、植物は細胞内で液胞膜を壊すだけですむ。そのメカニズムは西村教授たちが発見し、2004年に論文を発表した。
ところが、細菌はサイズが大きく、細胞の外で増殖するため、どのように液胞内の抗菌物質を使うのか謎のままだった。西村教授はそこに挑んだのだ。
それは何とも巧妙な方法で、細菌に感染すると液胞と細胞膜が融合し、そこに細胞の内と外をつなぐトンネルが開いて、液胞内の抗菌物質を放出し、細菌を攻撃、自らも死ぬというしくみであった。細胞にトンネルができるという不思議な現象はこれまでに報告されたことがなく、研究者の間でも大きな反響を呼んだ。
「細胞生物学者の人たちはかなり驚いたようです。何しろ、液胞膜と細胞膜という異質な膜が融合することなどは考えられず、従来の常識ではあり得ない現象だったのです」
論文が発表されると、学術雑誌『Nature』の姉妹誌『Nature Reviews Molecular Cell Biology』や『Nature Structural & Molecular Biology』などでも取り上げられ、世界的に注目された。

シロイヌナズナは、アブラナ科の一年草で、植物として最初に全ゲノムが解読されたことから生物実験のモデル植物として世界中で広く利用されている。左の写真は京都大学内の実験室。目的の遺伝子を欠損した変異体や逆に遺伝子を導入した形質転換体を栽培し、観察している。遺伝子の導入は、目的の遺伝子を組み込んだバクテリアを花芽に塗り、その種を育てることで得られる。中央の写真は、プレート内の寒天の培地で播種後2週間育成したシロイヌナズナ。この後右の写真のように、鉢に植え替える。生育速度が速いことも実験には便利で、2〜3カ月で種が取れる。
ウイルス感染による細胞死を解明
そもそも、植物と病原体の研究は歴史が古く、あらゆる農学部には植物病理学科が存在する。そのため、どのような植物がどのような病原体に侵されやすいかという知見は豊富に蓄積されてきた。
西村教授はもともと生化学に興味を持ち、大学時代に細胞を主な研究対象とする細胞生物学の分野に入った。遺伝子解析が進んだ2000年以降は分子生物学の領域も取り込みながら研究を続けている。植物病理学を専門にしてこなかった西村教授は敢えて人のやらない研究をしようと決め、生物学者があまり注目しなかった液胞について調べ始めた。最初は植物の種子細胞の液胞に蓄積されるタンパク質に関する研究を行った。
細胞内の小胞体という器官で生産された種子タンパク質は、液胞に運ばれて蓄積しやすい形に変換される。西村教授は1987年に、この過程で働く酵素を特定し、「VPE」(液胞プロセシング酵素)と名付けた。
このVPEは不思議な酵素で、植物のストレスが高まったときや、細胞死のときに液胞中にも現れて働き始めるのだ。
その後、遺伝子解析の発展によって動物の細胞死が「カスパーゼ」という酵素によって引き起こされることが明らかになった。カスパーゼが動き始めると細胞内の核に存在する遺伝子を壊してしまう。この動物の細胞死は「アポトーシス」と呼ばれ、言葉自体も社会的な話題を呼んだ。
植物でも細胞死にカスパーゼの働きが必要であることは分かっていたが、植物の遺伝子の中には動物のカスパーゼと類似したものは見当たらなかった。2000年頃からカスパーゼの働きをする“犯人探し”が始まったが、西村教授はVPEではないかとピンと来た。他の専門家は液胞内の物質に注目していなかったが、西村教授は2000年からVPEに当たりをつけて研究を始めた。
細胞死の実験にはウイルスを使った。感染後、すぐに細胞が死滅するため実験時間を短くできるからだ。勘は的中。植物の細胞死は間違いなくVPEが引き起こしていた。2004年に論文を『Science』に掲載したが、その1年前にアメリカの国際会議で発表した。その反響は大きく、世界の研究者たちはVPEの研究を一斉に始め、西村教授たちが論文を発表した直後にアメリカのグループから類似の論文が出された。危うく先を越されてしまうところだった。
アメリカのグループの論文には、VPEがウイルスだけでなく、細菌やカビに対しても同じように機能していると書かれていたが、西村教授は「それは違う」と思った。前述したように、細菌は細胞の外で増殖するからだ。
植物では、ウイルスに対してはカスパーゼ1、細菌に対してはカスパーゼ3の働きが必要といわれていた。そこで、西村教授は2つの研究方針を立てた。まずは、カスパーゼ3の働きをする植物の酵素を探すこと。そして、細菌感染によって細胞で何が起きるのかあらためてつぶさに観察することである。実験の材料を「ていねいに観る」ことはいつも西村教授が学生に対して言っていることだ。

蛍光タンパク質で光らせた植物の細胞を共焦点レーザー顕微鏡を使って観察している様子。液胞膜を赤色蛍光タンパク質で標識し、一方、細胞膜を緑色蛍光タンパク質で標識すると、細菌の感染後に双方の膜が融合する過程を時間を追って観察することができる。観察イメージはデジタル画像として得られるので、手前にあるモニタに映し出して解析する。
トンネルを作って細菌を攻撃
細菌に対する酵素については、VPEのときと同様、予測される物質が西村教授の頭にあった。それは、「プロテアソーム」と呼ばれる細胞の中にあるタンパク質分解装置である。これは、ふたのついた筒状の巨大分子複合体で、筒の中でさまざまなタンパク質を分解する。
当たりをつけると同時に細胞死をていねいに観察した結果、不思議な現象を発見した。それがトンネルである。研究の結果、トンネルの形成を抑制している物質(FSと命名)があり、細菌に感染すると、このFSがプロテアソームで分解され、結果としてトンネルができることが分かった。このFSの実態はまだ分からず仮説の段階だが、FSを分解できないようにプロテアソームの働きを抑えると、細菌に感染してもトンネルは形成されないことから、メカニズムの原理が確定した。
今後の課題はFSの特定と、カビに対する免疫メカニズムの解明である。作物の大半の被害はカビによるものであり、細菌とはまた別のやり方で植物は戦っている。
「植物の細胞は強固な壁に囲まれていて、自らは動くことはできませんが、どんな敵に対しても実に臨機応変に戦う。その技は驚くほど多様です。病原体に感染したら特殊部隊である免疫細胞に任せておけばよいという動物の他力本願的な生き方に対して、植物は自力本願的です。それぞれの細胞が自分で何とかして植物体を生かそうとします。このしなやかさが植物のすごさです」
世界の食料作物の病虫害による損失は年間で3割近くにも達すると言われている。植物の免疫メカニズムをさらに解き明かし、過敏感細胞死の仕組みを強化した植物を作り出すことができれば、農薬に頼らず、健康や環境にもいい病害防除が可能になるだろう。
また、西村教授は植物の免疫メカニズムだけでなく、葉の気孔の数を増加させる物質「ストマジェン」も発見している。気孔は空気中から二酸化炭素を取り込む重要な「口」であり、その二酸化炭素を使って光合成を行い、デンプンや油を作り出す。西村教授は化学合成したストマジェンを含む溶液に発芽した幼植物を3日間漬けるだけで、気孔の数が劇的に増えることを発見した。これは、遺伝子を操作することなく、外部から物質を投与するだけで、気孔の数を制御できることを示した世界初の例だ。
当然ながら、気孔を増やせば、二酸化炭素の吸収量が増え、植物の光合成を促し、発育も早まる。食糧危機で大豆や麦、とうもろこしなどの増産が求められる現在、この西村教授の研究成果は世界から注目を集めている。
「これまでの研究で苦労と感じたことはないですね。理学部の人間は独自性や独創性にこだわって面白い研究の虜になります。私もその一人です。確かに、勘が当たってラッキーな面もありますが、それは過去の人々の研究の蓄積があるからなんです。研究室で“巨人の肩の上”という言葉がはやりましたが、私たちは偉大な先人の肩に乗って研究しているだけです」
こうした蓄積の上に私たちの豊かな社会があることを忘れてはならないだろう。








