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認知科学者の視点

− 第10回 −

収納は記憶でも大事です (2007年11月19日掲載)

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 数泊以上の出張の時にはいつもカバンがいっぱいになり、必要なものが入りきらずに途方に暮れる。そこで妻の助けを借りることになる。なぜか妻がつめるとちゃんと収まり、もう数泊できるくらいのスペースができてしまう。同じ物理的スペースでも、うまく整理することにより、大きな違いが生まれる。

 実は記憶もよく似た性質を持っている。どの世界にも記憶力の優れた人がいると思うが、こういう人に対してふつうの人が持つイメージは「彼らは頭の中に自分よりもずっと大きなカバンを持っている」というものではないだろうか。

 しかし多くの場合、彼らの優れた能力は頭の中のカバンの大きさによるのではなく、収納の仕方によるのだ。これを学生に実感してもらうために、講義中簡単な実験を行う。「152834092875047325」という数字を1つずつ読み上げて、これをできるだけたくさん覚えなさいと告げる。学生はおおよそ7±2個程度しか思い出すことができない。その後、「僕は全部そらで言えるよ」と言い、先の数字を流れるように思い出してみせる。学生はとても驚くのだが、実はこれは大学のファックス番号と、親戚の家の電話番号をある規則で混ぜ合わせたものだと種明かしをする。学生にとって覚えるべきものは18個の無意味な数字なのだが、私にとってはたった2つのことに過ぎない。18個のバラバラなものを意味という武器の助けを借りて、2個のものに集約してしまったというわけである。こうした集約が起これば、頭の中のカバンに効率よく詰め込むことが可能になるというわけである。

 意味による集約はさまざまな場面で使われている。私の友人たちが将棋の名人の羽生善治さんの記憶力を調べたことがある。30-40個程度の駒が配置されている将棋の盤面をたった3秒しか見せないのに、羽生さんはそれを完璧に再現することができるという。驚くべき記憶力である。しかしこうした能力は駒が完全にランダムに配置された場合には発揮されないことも明らかになった。羽生さんの驚異的な記憶力は、駒の配置が実戦の中であり得るような場合にだけうまく働くようになっているのだ。おそらく羽生さんは盤面を見た時に「ああ、これは去年の王将戦の第3局目の時と似ている」とか、「盤面右上は棒銀の受けだ」などと考えながら、意味のパターンを作り出しているのだろう。これによって数十に及ぶ駒の配置が少数の意味に集約されてしまうのだ。

 頭の中のカバンの大きさは確かに万人同一ではないが、記憶にとってもっと大事なことは意味のパターンを作り出し、蓄えておくべき情報をうまく収納することなのだ。

挿絵/山本 正明


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