− 第2回 −
モバイル化で変わるビジネススタイル
〜営業部門のモバイル情報武装〜
佐川急便 e-コレクト用端末
オフィスの中でなら素晴らしいネットワークがあり、どんな情報もすぐに取り出せるが、一旦社外に出てしまうと、せいぜいが携帯メールくらい。結局は、あいもかわらず、会話と紙の資料が頼り。
IT時代とはいっても、こと「営業」ということになると、現実にはこういったビジネススタイルがまだまだ多いのではないか。
しかし、実のところ、「営業」ほど様々な情報を迅速に手に入れなければならない職種はない。「社に戻らないとちょっとわからないのですが・・・」という一言で、せっかくのビジネス・チャンスを逃してしまう経験のある営業マンも少なくないはずだ。
出先でも、客先でも、すぐに最新の情報を手に入れ、また、上司の判断を仰ぐことができる。つまりは「ユビキタス」に営業をすることができれば、顧客対応も、他社との競合も、今よりはるかに優位に展開できるに違いない。
ここ数年、上記のような問題意識を受け、モバイルPCやPDA、専用のネットワーク端末などを活用することで、営業部門の業務の効率化や、営業力の強化を図り、大きな成果を上げている企業が増えている。企業によっては、直行直帰の勤務体制の確立や営業所の廃止など、業務プロセスの改革まで踏み込んだり、さらには新規のビジネス・モデルを作り上げたところまで出てきた。
今回は、モバイルネットワークを活用した営業部門の情報武装化とビジネス変革の動きを探る。
【第一章】モバイルSFAがもたらす新しい営業スタイル
営業部門の合理化の二つの側面
一口に営業といっても、実際の業務内容はかなり多岐に渡る。プロセスを辿っていくと、まず、新規顧客の開拓という領域がある。有望顧客を捜し、面会にこぎ着け、提案を行い、受注の確約を取る。
次いで、受注処理と商品もしくはサービスの配送・提供の管理。もちろん、ここには、各種の確認業務や顧客からの問い合わせ対応の業務が入ってくる。
こうして一旦契約ができても、営業の仕事は終わらない。既得意客への接触を続け、円滑に契約を継続させ、さらには新たな業務の契約を勝ち取っていく。
ここまでの一連の流れが絶えることなく続いてこそ、営業がうまくいった、と初めて言うことができる。
では、IT技術は、どのようにこの営業業務に関わっているのだろうか。
ITの活用という視点からみると、営業業務は大きく二つの側面に分けて捉えることができる。一つは受注処理、問い合わせ処理、納品確認、その他のバックヤード的な事務作業の側面。定型業務処理の合理化、省人化がポイントとなる分野であり、IT化のまさに得意とするところである。
実際、このような受発注や顧客対応業務のIT化という領域では、EDIやCTIなどの業務システムが各種開発されてきており、その利用も着実に進んでいる状況にある。
もう一つの側面は、いわゆる営業活動、営業マンによる提案、説得、コンサル、接待などなどの顧客とのコミュニケーション活動だ。
営業のメインと考えられがちな顧客とのコミュニケーションであるが、実際に営業マンが顧客とのコミュニケーションに費やす時間は、一説には全体の仕事時間の3、4割程度にしか過ぎないと言われている。残りの7割近くの時間は、移動やアポイントの間の空き時間、社内での会議や日報作成などに費やされているというのだ。
もし、これらの時間を、本来の業務である営業活動に費やすことができれば、これほど収益に大きく関わる業務の効率化はないだろう。
上記に加えて、営業活動には、他の業務とは異なる大きな特徴がある。つまり、営業の多くは出先で行われている、ということだ。
従って営業のIT化には二つの課題が考えられる。まず第一は営業マンをいかに顧客とのコミュニケーションに専念させられるか、という課題。もう一つは、それを含めた営業業務全体のIT化を、社内、社外を問わず、言い替えれば、「モバイル」をベースとしてどう構築できるか、という課題。
この章では、まず、顧客とのコミュニケーションの支援、という課題を中心に、現状の動向を見ていくこととしたい。
SFA導入の現状
必要な情報が即時に手に入れられる環境を作る手段として、ここ数年注目を集めているのがSFA(Sales Force Automation)だ。
営業部門の情報化・自動化を意味するSFAの概念は、1950年代の生産の自動化であるFA(Factory Automation)、1970年代の企業事務の情報化・自動化であるOA(Office Automation)に続くものとして、すでに80年代には米国で生まれていた。さらに90年代には、グループウェアなどを活用したSFAのパッケージソフトも数多く登場したが、企業の総務部門や経理部門の自動化=各種レガシーシステムの発展やイントラネットによるクライアントサーバ・システムの導入が華々しく進んだのに対し、SFA自体の普及は、近年になるまではかばかしくなかった。
普及が進んでこなかった理由の一つは単純なものである。社外に出ていることの多い営業部門の場合、情報化=モバイル化でなければならなかったからだ。 90年代前半もモバイルが可能な環境がなかったわけではない。しかし、通信速度や安定性、通信料金などを考えると、ビジネス上メリットがはっきりあるとは言い難いものだった。
ただし、この部分では、ここ数年、PHSによるインターネット接続の高速化や定額制料金サービスの開始、さらにノートPCの小型化などが進んできており、SFAの阻害要因としては必ずしも大きなものではなくなってきている。
では、モバイル環境が整ったことで、SFAは普及しただろうか。残念ながら、必ずしもそうはなっていないようだ。
その理由として考えられるのは、営業行為というものの多くが、営業マン個人が持つ個別の定性的な情報、さらには「勘」や「経験」に負うことが多い、ということにある。定型業務が多い総務、経理系とは違い、そう簡単に「自動化」はできないのだ。
不定型のノウハウを必要とする営業支援のシステム化には、単なる作業の自動化を超えたプロセスが必要となる。いままでの営業方法、管理のあり方を客観視する過程も必要だし、現場の営業マンが本当に使いやすいインターフェースを開発するにも、何度も試行錯誤を繰り返していかなければならない。
多くの企業が導入したものの成果をあげられなかったり、必要性を感じながらも導入をためらっている原因の多くはここにあるといえるだろう。
では、成功した企業はどこが違うのだろう。SFAの導入で大きな成果を上げた企業の実例を見てみよう。
モバイルSFAで2ケタ成長を維持
ヤンセン ファーマ株式会社 営業本部 営業戦略部
戦略グループ グループ長
津田和宜さん
「正しいターゲティングに、正しいタイミングで、正しいメッセージを伝えているか、これを営業マン一人ひとりが確認するためのツールとして構築しました」。ヤンセンファーマ営業本部の津田グループ長は、同社のモバイル型MR(医薬情報担当者)支援システムのコンセプトについてこう説明する。「MRの約半数が中途採用の当社では、個々のMRが同じベクトルを向いて仕事をするためには、情報化による営業プロセスの標準化が、どうしても必要だったのです」。
米ジョンソン・エンド・ジョンソングループの製薬メーカー、ヤンセンファーマでは、2000年からMRの業務プロセスの標準化を図るべくSPI (Sales Performance Improvement)と呼ばれる独自のシステムの活用を始めた。SPIの特徴を一言でいえば、営業対象の「ターゲティング」、製品ごとのキーメッセージを具現化した「コールストーリー」、問題解決に向けた管理職との「コミュニケーション」という同社独自の3つの営業プロセスを組み込んだ、PHSとモバイルノートPCによるSFAということになる。
同社では、ここ数年、売上高が2ケタの伸びを続けており、その成長率は業界でもトップクラス。この直接的な要因は、MR自体の人員を大幅に増やしたことにある。
とはいえ、普通なら、MRを増やしたからといって、売上が即座に比例して増えるなどということはありえない。MRが必要とする営業ノウハウは極めて高度であり、また製薬会社各社毎に異なったノウハウが必要となることから、通常なら、新人育成はもとより、中途採用者の再教育においてすら、かなりの時間が必要となるからだ。
にもかかわらず同社が、短期間のうちに、MRの質をキープしながら大幅な人員増を図れたのは、このSPIの開発・導入を成功させていたからである。
独自のモバイルSFAシステムによるMR活動の標準化
では、同社独自のモバイルSFAシステム「SPI」とはどのようなものなのだろう。まず3つのプロセスの一つ「ターゲティング」から見ていこう。
営業の効率を向上させるために何より大切なのは、有望な顧客=売上拡大が見込める相手先への訪問頻度をどうやって高めていくかということである。簡単そうにみえて実はこれがなかなか難しい。
正確なデータがなければ、どの顧客が有望かは判断がつきにくいし、そうなると営業マンは「行くべき」相手先ではなく、「行きやすい」相手先にいってしまう。特定のお客様と仲が良くなるだけで、少しも売上が上がらない、といった問題が起こりがちだ。
SPIの第一の目的は、リアルタイムに集まってくる各種データ、卸からの売上情報やMRからの接触情報をもとに、この顧客の「ターゲティング」を適切に行い、有望度に応じてMRの訪問頻度を上げていくことにある。
ターゲティングに応じて訪問先を指示された各MRは、ノートPCから、PHSのネットワークを通じて最新の情報に更新されたSPIにアクセス。これにより、訪問先である医療機関の基本情報や売り上げ実績、各医師へのこれまでの訪問実績やコミュニケーションの状況といったデータを、外出先で、すぐに確認することができる。
SPIが用意するのは単なる顧客データだけではない。それぞれの顧客には、その特性に応じた「コールストーリー」=それぞれの顧客への営業がどの段階まで進んでおり、また、現在の段階ではどのような営業アプローチの方法が求められるかというシナリオが用意されている。このコールストーリーを訪問前に確認することにより、MRは、行き当たりばったりではなく、ヤンセンファーマが今まで蓄積してきたノウハウ、営業のシナリオに沿って顧客へのアプローチを行うことが可能となる。
正しいターゲットに対し、全社で蓄積したノウハウに基づいてアプローチする。SPIによる営業プロセスの標準化はこのようにして実現されている。
SPIは、同時に、上司が各MRの進捗状況を確認したり、指示やアドバイスを送るためにも使われている。モバイルネットワークを通じて、営業管理者と営業マンが情報を双方向で共有することで、リアルタイムに的確な指示を出せるようになっている。
さらに、営業対象の医師の反応など数値化しにくい報告も、テキスト・ベースでDB化されている。これは、フリーワードで簡単に検索可能となっており、上下だけでなく、MR同士の横の情報共有にも活かされているのだ。
SFA導入成功のカギは
営業対象の設定(=ターゲティング)、営業アプローチ方法の指示(=コールストーリー)、そして上司および同僚との情報共有(=コミュニケーション)……考えてみれば、これは、全ての営業活動管理の基本でもある。要するに、それぞれの業界、それぞれの企業毎に蓄積され、進化してきた営業の基本だ。
これをしっかりと把握した上で、自社独自の営業の基本をシステム化していったところに同社の成功の秘訣がある。
もちろん、ヤンセンファーマ社特有の事情もここには影響している。
まず第一は、同社が外資系であり、中途採用を多数行っていた企業であったこと。実は、SFAというシステム自体、アメリカ企業の特徴=「販売要員に中途採用者が多く、営業手法をマニュアルに基づき標準化する必要性が高かった」というところから始まっており、その意味でヤンセンファーマはSFAが導入しやすいタイプの企業であった。
もう一つは製薬業界特有の商慣習である。実は、MRは、個別の薬品の受注業務等の営業事務を行っていない。実際の薬品の流通は、あくまで特約店の役割であり、製薬メーカーのMRは、有望顧客先に接触し、信頼を得、薬品導入のとば口を作るところまでを担っている。つまり、はじめから営業活動が「顧客への接触」に純化されており、その分だけシステム化の焦点もはっきりしていたわけだ。
とはいえ、だからといってヤンセンファーマの成功が、他には応用できない特殊例であった、というわけではない。実際、他の企業でも、モバイルSFAの成功事例が増えてきている。
モバイルSFAの広がり
MRのように最初から受発注業務と営業が分離されていなくとも、また、多数の中途採用者に対応するための営業ノウハウのマニュアル化が進んでいなくとも、モバイルSFAが導入できないわけではない。受発注業務が分離していなかったら分離すればいいし、終身雇用制が崩れてきている現在、各種ノウハウをマニュアル化し、「キーとなる人が辞めても」、会社として営業の質を保つ工夫をしなければならないのは、アメリカならずとも、日本でも同様である。
実際、他の業界でも、モバイルSFAの導入成功例は増えつつある。
受発注業務と営業業務を分離することでモバイルSFAに成功した事例としては、ミシュランタイヤ販売と旭硝子を挙げることができる。両社とも、各営業マンに社内ネットワークと接続するモバイルノートPCを配布すると同時に、営業業務と受発注業務を分離する組織改革を実施。代わりに、営業マンは、徹底して顧客に密着。深いニーズを探るとともに企画提案を実施するコンサルティング型の業務へと集中し、営業効率を上げている。
モバイルSFAの成果は、営業マンの効率上昇だけではない。モバイル営業体制への変更に伴い、ミシュランタイヤ販売では、全国60ヶ所の支店を全面廃止。一方の旭硝子も、営業部門の組織を大幅に変革し、6ヶ所の支店を廃止した。営業マンが顧客に直行直帰するようになった結果、オフィス・スペースが殆どいらなくなったのだ。
また、キリンビールでは、キリノロジーという名前でSFAを構築。ここでは社内間のノウハウ共有を焦点に据え、直行直帰体制の確立による営業マンの時間利用の合理化に加え、各営業マンの卸や飲料店に対する提案力強化を図っている。同じ食品業界では、キッコーマンも「得意先蔵」という名前でSFAを導入した。
食品以外の業界では、保険業界などでの採用も始まっている。あいおい損害保険では、社内営業に加え、出向者や海外駐在員も携帯電話、PDA、モバイル PCでリアルタイムに社内情報を獲得し、代理店支援や顧客対応を行うことができる「けいたいLAN」システムを開発、2003年より運営を開始した。
プロパー社員中心であった日本企業でも、システム化することによる営業ノウハウの標準化や共有、あるいは営業情報のリアルタイムの流通が大きな価値をもたらすことを、これらの事例は物語っている。
オフィスフリーの時代へ
モバイル営業の推進には、経営上、どのような意義があるのだろうか。まず指摘できるのが、オフィスコストの大幅削減である。
「営業マンが社に戻る必要がなくなる」ことは、業務の効率化とともに、オフィス・スペースの削減効果という、はっきりと目に見える効果も生み出す。人をひとり置けば、デスクやそれに伴って必要となる共有部分などを含め、少なくとも3坪程度は必要となる。東京周辺では、いくら安くなったとはいえ、月額家賃3万以上はかかる計算だ。ということは、モバイル営業化に成功すれば、営業マンが100人いれば300万以上、1000人いれば3,000万以上のコストが、毎月、浮いてくる計算になる。
もちろん、すぐに100%のオフィスフリー化が実現できるわけではない。回線一つとっても問題は残っている。
例えば、いまのPHSの128Kという速度では、数値やテキスト主体のデータでないと、なかなか快適な通信とはいかない。まして「上司や同僚とちょっと TV会議」といったニーズには到底対応しきれないし、映像を大量に使ったプレゼンテーション資料を受信しようとしたら、何時間も回線を繋ぎっぱなしにすることになる。
また、PHSと対になって利用されているノートPCも、大きさや重量の点で、まだまだ理想的なモバイル端末とは言い難いのが現状である。
とはいえ、ミシュランタイヤ販売や旭硝子などの例に見られるように、現状でも、的確な組織変革とSFAの開発さえ行えれば、相当程度のオフィスフリー化を達成することができる。
まして、駅や喫茶店など公共スペースのホットスポット化が進み、また、モバイル用途のノートPCに代わる存在としてのPDA(Personal Digital Assistant)の高機能化が進展している現在、回線や端末はモバイル営業化を妨げる大きな要因とはなりえない。むしろポイントは「的確な組織変革とSFAの開発」の方にこそあるといえるだろう。
SFAの導入による営業改革
自社独自のノウハウを組み込んだモバイルSFAを開発し、さらにはそれを有効に活用することができる営業組織、スタイルを作り出すことは、それほど容易ではない。とはいえ、紹介したいくつもの成功事例が物語っているように、適切な開発に成功することができれば、そのビジネス上のメリットは、極めて大きい。
更には、現状では成功企業も部分的にしか取り入れられていなかった、ナレッジマネジメント技術の本格導入という展望もある。莫大な数値データを処理するデータマイニング技術、自然文の解析を可能とするテキストマイニング技術、それらの技術を利用し、データではなく、「知識の共有」を行っていくナレッジベースのシステム。
これらの技術が付加されていけば、営業マンの管理や指導の面だけではなく、顧客への企画提案力、コンサルティング能力の拡大という点でも、モバイルSFAは、大きな効力を発揮していくことになるだろう。
現状では営業管理の側面で語られることが多いSFAであるが、今後は、各営業マンがばらばらに持っている知見をいかに統合し、社としての総合的な「ナレッジ=識見」としていくかが問われるようになるだろう。いままで多くの場合「個人芸」でしかなかった営業マンの能力。これが、人を問わずに利用できるようになり、さらにはひとりひとりでは到底開発できなかった幅広い知識、情報に基づいたレベルへと進化していく。
ここまでいけば、SFAは、単なる営業マンの訪問効率の向上やオフィスコスト削減の手段ではなく、「競合企業に先んじることができる、営業面の知的創造力の源泉」という位置づけになっていくに違いない。











