ブランディング
新しいタイプの広告展開がSLに登場した。同時アクセス数に限りがあるSLでは、マスメディアのような広告効果を期待するのは難しいと、以前報告したと思います。この解決のためには、ふたつの方向があると思っていました。ひとつめは「同時」を期待せず、長時間をかけて通行量の期待できる接触方法。もうひとつは「固定」を考えず接点を動かす方法。
昨晩あたりから、en Japanの袋を提げてた通行人を多く見かけていたのですが、本日、SNSの知りあいの日記から、その背景情報を入手しました。
SLにはCAMPと呼ばれる「小遣い稼ぎ」があるのですが、その多くが人集めのためのあまり意味のない「労働」を強いるのに対し、このen Japanの手法は「広告活動の結果報酬を得る」という匂いがあり、私としては好感を持てました。
仕組みはいたってシンプルです。報酬を得たい人は、まずこの自動販売機のような機械から、紙袋を入手します。この紙袋にはスクリプトが仕込まれており、他人から3メートル以内に近づくと1カウントされるようになってます。100カウントになると20L$(約10円)の報酬が得られるわけです。広告主側から見ると、1リーチにつき0.1円という費用になります。
登場したばかりで、内部での評判はまだわかりません。ただ、可能性を感じる手法だと思います。持たせるものをもっと面白い物にしたり、工夫や発展の余地もたくさんあると思います。なによりも、企業のひとりよがりの力技ではなく、住民を巻き込みつつ共同の利益を得る方法として、注目したいと思っています。
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未来は遠くない
頭で思うだけでアバターが動く…そんな技術が本当に開発されたらしい。先日、映画マトリックスの描く世界について少し触れたが、SFのような技術が慶応大学で実際に開発されています。(NIKKEI NET記事へ)
まだ、研究段階であることは確かですが、この技術はセンセーショナルです。これまで、実際にそういう友人に出会ったことがなく、お話をする機会がなかったのですが、SLを楽しんでいる人の中には障害を抱えている人も多いのです。まず、この様な技術が彼らに新しい可能性を開くことが予測されます。
また、ここまで発達したコンピューター技術ですが、一部の音声技術を例外に、未だにほとんどが手を使った操作に閉じています。このような技術が開発された結果、人間とPCとネットワークの関係は、また、大きく変化して行くように思われます。
そして、もっとも気になるのは、このような技術がさらに進化した結果、映画のように「私はどこに存在するようになるのか」ということです。わたしはSLを利用している最中に、ふと、完全にアバターに乗り移っている自分に気づくことがあります。少々怖い感じもありますが、意外に「自然にそういう感覚に慣れてしまう=人間」なのかもしれません。
※本日は写真はありません
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webとこんなに違う
これまでSLに滞在してきて感じたことを、少しまとめてみました。webとは別世界…というのが、正直な感想です。そんなわけで、webとのキーワード比較表を上に掲載してあります。いい逃れではありませんが、これはあくまでもセカンドライフのごく一部に滞在し、筆者の目と耳で感じた結果と、そこから想像したことをまとめているだけです。そして、メタバースの持っている可能性が、この程度でないことも、あらかじめお断りしておきます。
それでも、何かまとめたかったのは、なぜ米国の一企業が提供する「壮大なおままごと」に、これだけの目が注がれているのか(やや下火になってきましたが^^)、自分なりの考えを整理したかったからです。
その中心に見えてきたものは「webと180度違う世界」という仮説です。一覧表のひとつひとつの説明は、今後のレポートに見え隠れしてくると思いますので割愛させていただきますが、いくつかのポイントをお話させていただきます。
webについて「手段」というキーワードをあげていますが、これは現実世界での利便性を高める方法というような意味で書いてます。例えば、SNSは「実際の友人の情報連鎖」を高めている手段だということです。webショッピングにしても、「買い物という行為」だけで完結しているわけではなく、手元に現物が届くという現実に至るまでの手段なのです。
一方、SLは世界が独立して閉じています。SLの中での買い物のほとんどは、SLという仮想の世界で消費され、現実世界で使う物を買う人は稀です。SLを利用するという行為は、その行為自体を楽しんでいるわけであり、そう言う意味で、目的そのものなのです。少なくとも現段階では、そう感じられます。
また、SLの中での友人関係は、現実と一致しません。中にはOFFラインミーティングを楽しんでいる人たちも見受けられますが、多くは「私が演じるアバター」と「友人が演じるアバター」の関係を楽しんでいます。
「演じる」という言葉は、やや語弊があるかもしれませんが、少なくとも現実の自分よりも「夢」や「あこがれ」の方に広がった人格同士が付きあっています。自分を例にすれば、現実社会では「写真屋」ではないのに、SLの中では「写真屋」であり、まわりのみんなもその気でつき合っています。加えて、かつて映画で見てあこがれたアウトローのような出で立ちが、自分のアイデンティティになっています。
そして、このアバター人格をお互いに認め、実際にアバターを操ってる者同士で顔を合わせることには、抵抗があることも確かなのです。パソコン通信時代からチャットや掲示板コミュニケーションを楽しんできましたが、こんな人間関係ははじめてです。
この「今までと違う世界」の登場が、注目されるのは当然なのだと思います。私たちは、NEWSや新鮮野菜や新製品を消費するように、「新」を消費する動物だからです。そして「違う」の登場は創造性を期待させます。私たちは「異なるもの」を結び付けて「創造」と呼んでいるからです。
実は、西部劇のならず者に憧れを抱く"すた"。
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ウェットなメディア
web2.0には「インタラクティビティ」の重要性が唱えられています。ただし、この実践はなかなか大変だというお話。
SLには無数のお店(物販)やショールームがあります。このようなお店の多くは、下の写真のように店員さんがいません。つまり、お店の形をしていますが、自動販売機なのです。商品を買うと、商品や店が「ありがとうございました」とか「ショップカードを受け取りますか?」などと話しかけてきます。一見、インタラクティブに思えるのですが、こんな仕組みは飲料の販売機や切符の販売機にもあります。
無人店舗の代表例は、いまやwebショップと言ってもいいでしょう。お買い上げありがとうございました…というメールが届くのは、同じような仕組みです。よくも、悪くもSLのお店は、webショップと同じような考えに根ざしてると思います。
先日、SL内の友人の「ちせちゃん」が、素敵な道具を作って見せに来てくれました。(トップの写真)彼女は、ちゃんとしたドーナツショップを持っているのですが、そこの店番に追われて、以前のように自由に遊びに行けないという悩みを持っていました。そこで、持ち歩ける店を作ったわけです。本人より大きな移動販売車ですが、帽子や手袋などと同じアタッチメント=身につけるものなので、どんな場所にも移動できるのです。
SL内で、日常的に人が集まっているお店の多くは、サービス業=飲食店やBAR、クラブといった場所です。これらの多くには、店主なり、スタッフなり、運営側の人間がいて、そこでのコミュニケーションが楽しくなる座長をつとめています。先のちせちゃんのドーナツショップも、そう言う場所です。
この日常的な人の集まりを見る限り、インタラクティビティのカギは「装置」ではなく「人」にあるように思えてなりません。おまけの自動配布にしろ、お金の自動配布にしろ、そういう集客の仕方は、あまり本質的ではないように思えます。
装置発想をドライなコミュニケーションとすれば、人ありきでの発想はウエットなコミュニケーションと言えるかもしれません。それぞれをこれまでのwebと、SLに当てはめれば、web=ドライなメディア、SL=ウエットなメディアということになるかもしれません。(かつて、マクルーハンがTVをホットのメディアって言ってましたね)
さてさて、このウエットなメディア。現在の「効率化」「無駄のない人員配置」を目指す企業体質には、とても合わないように思えます。^^web2.0にしろ、SLのような世界にしろ、人的リソースを、どのように装置とからめていけばよいのか。その組み合わせの中に、かつてないサービスや、失われたきた価値観が見出せれば、明るい未来が見えてくると思います。それには、まだ時間がかかるように思えますが。。
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独立して価値を生み出せるか
SLの中での価値の創造と循環というお話です。実践して来たことをお話します。
長いこと間をあけてしまい申し訳ありません。目先の仕事に追われる日々だったのも確かなのですが、私自身がセカンドライフの世界に飲み込まれ、フィールドワークそのものの目的を見失っていたという理由が大きいところです。(いわゆるミイラ取りがミイラというやつです。^^)この間も、毎日欠かさず3時間以上は、セカンドライフにアクセスしていましたので、ご報告することは山ほどたまっていますので、また、どんどんお話ができればと思います。
以前に書いたように、私はセカンドライフの中で写真屋をはじめたのですが、これは大変によい体験になっています。当初の目的は、いろんな人(アバター)に出会って、ヒアリングすることにあったのですが、得られた体験は、もう少し深いものでした。つまり、セカンドライフというのは、リアルライフ並みに悩み、日々の生活の機微がある世界であることを、身を持って理解したのです。
先日、Wisdomの座談会の席上、NECの大畑さんから「マトリックス(映画)」のような世界はやってくるのでしょうか?と尋ねられたのですが、私は躊躇なく「いつになるか分からないがやってくるし、すでにはじまってる」と答えました。その裏づけとなる理由は、いくつかあるのですが「ひとつの独立した世界として、社会性や文化性が循環できそうだ」というのが、今回取り上げたいポイントです。
難しい言い方になってしまいましたが、要するに、この世界で生み出された価値が、この世界の中で消費され(あるいは外の世界に輸出され)、それによって「気持ち」や「経済」がこの世界の中を循環するか?ということです。私自身の試みは、「アバターの写真」を撮るという「サービス」と、その結果としての「写真」が、住民に感動や喜びを与え、その話を聞きつけて、次のお客さんがやってくるか?というものでした。SLをご存知の方は、知っていると思いますが、SLの中では誰もがピンボケや手ブレのない写真を撮れる「スナップショット」という機能があります。この大して差別化が出来ない表現行為に「価値」の違いを生み出せたら面白いだろうと…。
そんなわけで、いくつかの「作品」を掲載させていただきました。これらの作品のうち何点かは対価をいただき、また、商業用の写真に使われはじめています。










