日本滞在記 〜 その1:秋葉原再訪
あわただしい東京への出張を終えたところだ。
到着翌日のアポイントを全て一日間違えていたという、海外在住者にあるまじき失態で多くのクライアント様(なんとWisdomのスタッフの皆様も含まれていたのです!)にご迷惑をお掛けした上に、その日の予定を残りの日程に入れ込む羽目になったことで、そもそも短い滞在故に少々厳しいスケジュールがよりタイトになってしまったのは自業自得でしかない。
しかも普段の行いが悪いのか、滞在中はほとんど毎日雨にたたられるという始末で、温暖湿潤な日本を満喫する羽目にもなってしまった。
久しぶりの日本故に驚かされることは多かったし、電車の乗り継ぎの度に駅員さんから怒られながら切符を買い求めたりと、お上りさん丸出しの珍道中ではあった。
しかし五反田に出向いたときには、川縁に何とか残っている桜を見ることも出来たし、宿泊が神田ということもあり海外では入手しにくい資料や書籍類を購入できたりと、概ね当初の目標は達成できたのでまあ良しとすべきであろう。
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と言うことで、Fujiki様のアドバイスもあったので、空いた時間に秋葉原に出向いてみた。
最初に思ったのは、意外なほど閉められたシャッターが多いなと言うこと。そして驚くような格好をした客引きの人々。かなり先鋭的な様子だと聞かされてはいたものの、やはり見ると聞くでは大違い。ふらふら歩くそばから周りに気を取られる始末で、まさにお上りさんである。
日本はほぼ一年ぶりなのだが、秋葉原は丸10年以上来たことがなかった。驚愕の、といって良いほどの刺激を受けてしまったわけだが、その一方で私は今の秋葉原に日本のビジネスシーンの変化の兆しが見えた気がしたのである。
そもそも秋葉原は、洗濯機や冷蔵庫などの家電の品揃えが充実しており、そして何より価格が安いと言うことがエリアとしての名を知らしめそして発展してきた街である。
その後白モノ家電中心の品揃えはカラーテレビやオーディオ機器が追加され、近年ではPCなどIT機器類がそれに加わり、今は携帯電話が大きなスペースを閉めている。
かくいう私も、最初の個人購入したPCは、今は無き「STEP」という格安の量販店から通信販売で購入したものだ。
価格と品揃え。そして情報。このような明確な特徴を打ち出してきたことでこの秋葉原という街は成長し世界に名が知られるようになっていったのだと思う。
しかし今、私の目にはその秋葉原は大きく変貌しようとしている様に見えた。そしてその変化はもしかしたら日本のビジネスシーンを変革させるきっかけにもなるのではないかとも感じられたのである。
象徴的なのはメイド喫茶、そして「個室でDVDを視聴」というビジネス。
いささか暴言をお許し願うこととして、日本の製造業の多くが「モノが良ければ売れる」という考えに固執しているというのは、特に海外に住んでいるとより一層顕著に感じられる傾向である。
民芸品から工業製品まで、多くの日本企業が米国に進出してきたいということで当社も問い合わせや相談を受けるが、販売代理店を探したいという主旨でしかないことがほとんどだ。自力で進出して苦労をするよりは、ただ海外に送って、あとは勝手に沢山に売ってくれればいいと思っている日本企業、特に中小の製造業は多い。
モノ造りニッポンを否定するつもりはないが、その一方でブランディングや付帯サービスについての論議も始終あるにもかかわらず、しかし多くの企業はあえてそれらには耳を塞いでいるようだ。
ところが、メイド喫茶は出しているコーヒーが特別なわけではなく、あくまでそのウェイトレスのコスチュームが付加価値なのである。「個室でDVD」も、そのDVDコンテンツがスペシャルなわけでは無かろう。つまりこのいずれのビジネスモデルも、付加価値を前面に押し出すことにより市場を切り開いているわけだ。
更に電脳街秋葉原だなと思ったのは、隣に立っている友人と携帯でメールをやりとりする女子中学生や、所謂「オタク」の人々がしかしちゃんと街に出向いてきて色々な所用を済ませている姿だ。
彼らはバーチャルな世界でのコミュニケーションも大切にしながら、しかし実際に会ったり話したり、一緒に出かけたりする行為をも楽しんでいる。そう、今この街ではリアルとバーチャルの境目を行き来しながらのビジネスやコミュニケーションが成立しつつあるのだ。
メイド喫茶のウェイトレスが本当はメイドではないことは誰もが分かっているし、そのような市場を喚起した各種のゲームなども架空の世界だと認識した上で、あえてその空想の世界を求めて街に出ている。
自宅で見れば無料かもしれないDVDを、しかし対価を支払い部屋を借りて友人と一緒に鑑賞する。しかしその隣の友人とは携帯を経由して文字のやりとりだ。さらにその合間に外の世界の他の友人達ともメールをやりとしし続ける。これまでの合理主義や社会観からは考えられない光景である。
今、全ての業界のマーケター達は一度はこの状況を目にしておくべきだ。かつての日本からは想像も出来なかった。いや、世界中のSF作家でさえ空想もしなかった世界が現実のとしてそこに存在する。映画ブレードランナーの監督、リドリー・スコットは今の秋葉原に何を感じるだろうか。
あの街に違和感を感じない層は確実に増して行くであろうし、その彼らへのビジネスはこれまでのやり方では決して通用しないであろう。もしかしたら近い将来の日本はこの街が発端となって大きな変貌を遂げるのかもしれない。そんなことを感じた秋葉原再訪であった。
<日本滞在中の雑記はまだ続きます>
最終更新時間 2008年04月22日 00:30
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FUJIKIです。
秋葉原に行っていただいたようでありがとうございます。しかも、さすがに鋭い視点でのコメント、興味深く拝見しました。
わたしも、ちょっと類を見ない不思議なモデルの街が出来上がりつつあるというイメージで観察しています。
「お台場」や「汐留」など、大規模再開発された街ではなんとなく人工的すぎる肌合いしか感じないのですが、「AKIBA」は人工的なのに、人間くさく、人間くさいのにどこかバーチャルな状態であり、そこに老舗の電気店や和菓子屋まで健在で、こんな街知りません。
少し前の本ですが、
「趣都の誕生 萌える都市アキハバラ」森川 嘉一郎 (著) という書籍に、その成り立ちや変化がおもしろくつづられていました。
長いコメント失礼しました。
投稿者 FUJIKI : 2008年04月23日 12:06
第三者の眼を研ぎ澄ましながら、旅行客としての印象をスルドく伝えてますね。
よかレポート。文章も流暢でとても臨場感があります。
でも、博多はよかよ。いい季節です。
投稿者 tamra : 2008年05月07日 19:55










