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<title>くねくね科学探検日記</title>
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<modified>2008-06-30T11:45:16Z</modified>
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<copyright>Copyright (c) 2008, shikano</copyright>
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<title>遺伝子削除作物</title>
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<issued>2008-06-30T10:38:51+09:00</issued>
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<summary type="text/plain">既存の遺伝子組換え作物が人体に少しでも害を及ぼすとは、オレは全く思わないんだけど...</summary>
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<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<![CDATA[<p>既存の遺伝子組換え作物が人体に少しでも害を及ぼすとは、オレは全く思わないんだけど、世間的には「ケガれた」存在と認識されてしまっていて、これはもうどんなに理を解いても、なんとなくイヤだなって思っている人の気持ちを変えるのはまあ不可能なんだろうね。</p>

<p>食べたら虫が死ぬようなものを、人が食べても大丈夫なの？みたいな不安は、まあ、ほとんど、そういうものが産まれてきたいきさつを知らない無知によるものなんだけど、そう思う人が出てしまうのも、致し方なしとは思う。</p>

<p>オレは値段が安けりゃ５万トンでも食うけどね。（ ・∀・ ）</p>

<p>で、結構前のことなんだけど、遺伝子削除作物というのを考えた。</p>

<p>遺伝子組換え作物は、なにか別の遺伝子を加えているから、みんなに怪しまれる。虫にしか有毒でない物質を作る遺伝子を、カビから取ってきて入れるとか。</p>

<p>でも、逆に作物から遺伝子を削除するだけならどうだろうか。</p>

<p>一般的な品種改良や、遺伝子組換えは、様々な環境に対する耐性をつけたり、如何に収量を上げるか、栽培をしやすくなるかを目的に行われる。</p>

<p>生物の持つ遺伝子の大半は、実は耐環境性のためにある。</p>

<p>温度が変動したり、ｐHが変動したり、バクテリアやウイルスに耐えるためとか、台風の風で倒れないように背丈を小さくしたりといったこと。品種改良はそういうところにフォーカスして行われる。</p>

<p>でも、人工環境で栽培することを前提にすると、そういう遺伝子は必要無くなるのね。</p>

<p>だから、完全に温度もｐHも光の量もコントロールされ、かつ無菌の環境での栽培を前提にして、耐環境遺伝子をどんどん削ってしまう。</p>

<p>すると、その作物は、人工栽培環境下でしか生きられないけど、耐環境遺伝子がない分、そういうことの無駄にエネルギーを使わないので、効率よく育つようになるかもしれない。</p>

<p>これだと、別の生物から「農薬成分」みたいな新しいものは何も持ってきていないので、それで怪しいといわれる筋合いはないと思う。</p>

<p>まあ、あまり色々削りすぎると、作物の味覚や香りなどは、病害虫を寄せ付けないための防衛物質によるものもあるだろうから、味も素っ気もなくなってしまう可能性もある。まあ、そこは適当にバランスさせるわけね。</p>

<p>原理的には、水耕栽培などの人工環境で、すべての作物は栽培可能らしい。</p>

<p>もっとも、この種の人工栽培は、これまでコストの面で露地栽培に全くかなわないので、サラダ菜とか、ごく限られたものしかないし、技術的にあまり深く検討されてきていない。</p>

<p>向き不向きもあって、たとえばイモ類は、土の圧力がないとイモにならない。だから、培養液につけただけだと、葉っぱはぼうぼう茂るけど、イモが全くできなかったりするみたい。でも、これも、培地を工夫したり、圧力をかけて栽培することで、イモを生らすことができるという。</p>

<p>このところの世界的な燃料コストの上昇で、農作物を作るための燃料費が上がったことで、食べ物の値段が上昇し、食料自給率、食糧安保ということが問題視されてきている。</p>

<p>ということは、ある程度高コストでも、人工栽培の作物の意味が相対的に出てきているのではないかな。</p>

<p>たとえば、地下に水耕栽培設備を作れば、温度コントロールなどにかかるエネルギーは少なくてすむ。</p>

<p>地下でなくても、製鉄所とか火力発電所のすぐそばにこういう農作物工場を作るのもいいかもしれない。工場から排出される炭酸ガスをここに入れて、炭酸ガスリッチな環境で栽培すれば栽培効率も上がるし、工業設備の廃熱を利用して、環境の温度のコントロールをすることもできる。</p>

<p>光は、作物が効率よく取り入れられるLED光を使い、２４時間栽培するか、昼間電力が高いなら、夜間電力をメインに使ってもいいだろう。</p>

<p>すでに今の農作物は、年中食べられるトマトとかイチゴとかに象徴されるように、ハウス栽培で、かなりのエネルギーを投入することで作られているものが少なくない。</p>

<p>だから、作物工場のような人工環境を前提に、遺伝子削除作物を作れば、露地栽培の作物との価格差はかなり縮められるのではないだろうか。</p>

<p>しかも、農薬とかを一切使わないのに病気もないものが作れる。</p>

<p>また、気候変動による不作の影響もほとんど受けず、食糧自給率に対する不安もかなり解消できるんじゃないかな。</p>

<p>ただ、一つボトルネックがあるとすると、農作物は、薄利で膨大な量を売ることではじめて利益が出るものだってことだろう。</p>

<p>遺伝子削除作物と作物工場のセットを開発するには、膨大な金額の初期投資が必要になる。従来の農業の発想では、そんなお金はどこからも出しようがない。</p>

<p>世界の誰もまだ心みていないものに、どかんと金を出す必要がある。こういう事って、日本は苦手なのよねん。</p>

<p>ヒトゲノムプロジェクトがはじまる前、生命科学にこんな膨大な予算をつけるなんて意味ないしバカげているって声がだいぶあった。でも、今では、得られた成果は生命科学の分野を革命的に変えて、ものすごい発見や、新しい技術開発に無くてはならないものになっている。</p>

<p>世界に先駆けていろいろやっとくと、知的財産としても良い感じになるんでないかなあ。</p>

<p>現状、なかなか難しそうだとは思うけど、もしそういうことができれば、将来的には電力会社や製鉄会社が、農作物を売るようになるかもね。</p>]]>

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<title>イカ釣り漁がたいへんらしい</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/06/post_142.html" />
<modified>2008-06-30T11:43:06Z</modified>
<issued>2008-06-30T10:06:16+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.3092</id>
<created>2008-06-30T10:06:16Z</created>
<summary type="text/plain">するめうまいんだな。 あたりめとか、食べ始めるといくらでも食べたくなる。 いまき...</summary>
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<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<![CDATA[<p>するめうまいんだな。<br />
あたりめとか、食べ始めるといくらでも食べたくなる。<br />
いまきづいたが、あたりめってのは、縁起を担いだ言葉なのか。<br />
それはともかく、</p>

<p>燃料費の高騰で、イカ釣り漁が採算割れしているという話はしばらく前から聞いていたけど、昨日テレビで、集魚灯の電力が燃料費の７０％を消費しているってはなしを聴いた。</p>

<p>イカ釣り漁の集魚灯の明るさは、宇宙からも異常と言っても良い範囲で光っているのが見えたりする。</p>

<p><a href="http://www.esl.co.jp/Houkoku/6.htm">夜間可視衛星画像によるサンマ・スルメイカ漁船分布の解析</a></p>

<p>あれはどう見ても、超無駄なんでないのって思った。</p>

<p>イカ釣り漁船のランプは完全にむき出しだ。あれでは少なくとも半分の光は無駄になる。上に逃げる光を下へ反射させるミラーの傘をつけてやれば、理想的には半分の燃料で同じ効果が出せる。</p>

<p>そうなれば、宇宙から光を見られて恥ずかしい思いもせずにすむ。</p>

<p>まあ、これは集魚灯に限らず、地上の街頭も、こういうやり方でできるだけ省エネにして欲しいと思うんだけどね。デザイン重視で、上に向かっても光を放つものがけっこうあるかんじだけど、そういうデザインに規制をかけてもいいのかもなあと思う。</p>

<p>イカ釣りの集魚灯に関しては、ミラーの傘をつけるだけで、理想的には燃料費の３５パーセント近くが減らせる。それができれば、相当楽になるんでないか。</p>

<p>……とか思ったら、すでにそういう主張をしている、<a href="http://mirai00.hp.infoseek.co.jp/ika1.html">漁り火を考える</a>というWebページを見つけた。</p>

<p>このページによると、集魚灯をLEDに変えるなど新しいシステムを開発して、集魚灯の消費電力を３分の１にすれば、年間４００万円の経費節減ができるとのこと。</p>

<p>まあ、新しいシステムを開発したり、それを購入するにはかなりお金がかかるので、今すぐそういうことをするのは不可能だろうけど、今のこの燃料費高騰の時期を乗り越えれば、省エネ集魚灯の導入を考える人も出てくるんじゃないかな。</p>

<p>それにしても、イカ釣りに必要な光の量について、これまで学問的にどのていど検討されているのだろうか。</p>

<p>おそらく、イカには昼は上の方に上がり、夜は深海に潜る習性があって、イカ釣り漁は、イカに上が昼と誤認させるために集魚灯を使っている。</p>

<p>また、非常に単純な仕掛けのロボットで釣り上げていて、これは大量の群れが上に上がってくることを前提にしているのだろう。</p>

<p>そういうわけで、船団を組んで、海を面的に光らせて、かつ深海までその光が届く必要はたぶんある。</p>

<p>でも、これまでのイカ釣りの集魚灯は、経験的に明るきゃ明るいほど釣れるんじゃないかみたいな感じで決まってきたものだろうし、そのため何処まで暗くしても大丈夫かとか、どういう当て方が良いかは、あまり掘り下げられていないんじゃないかと思うんだよね。そんな研究につきあってたら、稼げないもんね。</p>

<p>まあ、研究があったとしても、これまではあまり漁民が取り入れる気にはならなかったんだろうけど。<br />
</p>]]>

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<title>スキンタイト宇宙服</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/06/post_141.html" />
<modified>2008-06-30T11:38:08Z</modified>
<issued>2008-06-29T09:35:12+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.3091</id>
<created>2008-06-29T09:35:12Z</created>
<summary type="text/plain">宇宙服と言えば、NASAも新世代の宇宙服のイメージを発表している。 正直、萌えが...</summary>
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<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/">
<![CDATA[<p>宇宙服と言えば、<a href="http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200806131823">NASAも新世代の宇宙服のイメージ</a>を発表している。</p>

<p>正直、萌えが足りないね。</p>

<p>これからの宇宙服と言えば、これまで何度かコメントを寄せていただいた、SF作家の野尻抱介さんの作品に登場する、スキンタイト宇宙服みたいのが絶対欲しいところ。</p>

<p>つまり、肌にぴっちりフィットして、自由に動き回れるって感じの宇宙服ね。</p>

<p>ガンダムに出てくるノーマルスーツも、まあ、あれはボディラインが際だつほどではないけど薄手な服で、NASAのやつみたいにボコボコしていなくて、かなり気楽な感じ。</p>

<p>ああいうものは、現実には作れないのだろうか。</p>

<p>実はそういうものを研究している人もいて、たとえば、<a href="http://mvl.mit.edu/EVA/biosuit/index.html">ＭＩＴのダバ・ニューマン教授は、バイオスーツ</a>という名前で、スキンタイト宇宙服の研究を行っている。</p>

<p>全身を覆うスーツに、伸縮性がある生地を使えば、体にぴたっとフィットして動きやすい。ただそれは、ふつうは空気のある地球上でしか成り立たない。</p>

<p>伸縮性があるということは膨らむと言うことで、内部に空気があると、どうしても風船になってしまう。繊維が伸びられるだけ膨らんで、パンパンのボールみたいなのになっちゃうわけね。</p>

<p>ただ、人間が体を動かすとき、皮膚は均等に伸び縮みしているわけではなく、大きく伸びるところと、少ししか伸びない場所がある。</p>

<p>そこで、そのほとんど伸縮しないラインを探し出して、その線に沿って強度の強い伸縮しないケブラーなどの糸を入れ、その糸の力で服が膨らまないようにするってのが、バイオスーツの仕組みだ。</p>

<p>イメージとしては、きめの細かいビーチマットみたいな感じで、伸び縮みしないライン以外のところは、カマボコ状に膨らんだキルトっぽい感じになると思うけど、これだと体にフィットして、かつ服の内圧を１気圧にしても、わりと自由に動ける宇宙服になるはずだ。</p>

<p>ただ、この伸縮しないラインを探すのは、それほど簡単な事じゃないみたいで、アイデアは面白いと思うけど、理想的なものはなかなか難しいみたい。まあ、昔からある宇宙服の一部に、この発想を取り入れるという感じが、現実的な回答なのかも。</p>

<p>そこでちょっと、ぼくのオリジナルの思いつきを披露しよう。<br />
それは、服と体の間に、液体を満たす方法だ。</p>

<p>いにしえのＳＦテレビドラマに、『謎の円盤ＵＦＯ』ってのがあった。<br />
そこに出てくるインベーダー（といっても、さらわれた人間が洗脳されて使われている）が着ている宇宙服には、緑色の液体で満たされていて、液体を呼吸する作りになっていた。</p>

<p>これに近い感じで、首から下のスキンタイト的な服の中に液体を満たしてやる。</p>

<p>すると、液体は体積を変えずに変形できるので、服自体は膨らむことなく、全ての関節を自由に曲げ伸ばしできるわけ。</p>

<p>超深海に潜るわけじゃないから、液体呼吸にする必要はないので、首から上のヘルメットの中は１気圧の空気を呼吸すればいい。</p>

<p>問題は、真空だと、たいていの液体は沸騰しちゃうんだよね。宇宙服内で液体が沸騰すれば、やっぱりパンパンに膨らんで使い物にならない。</p>

<p>ところが、世の中面白いもので、真空中でもほとんど全くと言って良いくらい蒸発しない液体がある。</p>

<p>最近研究が進みつつある、イオン液体という物質がまさにそういうもので、これを使うと真空中の映像しか見られないはずの電子顕微鏡で、濡れた生物切片とかを観察できる。</p>

<p>塩化ナトリウムは常温で固体だけど、高温にすると結晶がとけて、ナトリウムと塩素がばらばらに混じり合った液体になる。この液体は、熱くても蒸発しない。</p>

<p>で、それと同じように、イオン液体は常温で液体なのに蒸発しない。昔は、蒸気圧がゼロとさえ思われていたらしい。</p>

<p>イオン液体というカテゴリーには、いろいろな物質があって、種類によって生物親和性が良かったり、電気伝導に優れていたりするので、皮膚の保護や放射線の防御、冷却機能などを持たせたイオン液体を作ることもできるかも知れない。</p>

<p>これだと服を着てから、液体を注入するという手間はかかるけど、体にフィットして動きやすいものになるんじゃないかなあ。</p>

<p>将来の宇宙服は、バイオスーツやイオン液体スーツを肌着的に着用して、必要に応じて、その上からパワード・スーツを着るみたいなのが、標準的な運用になるのかもしれない。</p>]]>

</content>
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<title>宇宙服とパワードスーツ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/06/post_140.html" />
<modified>2008-06-30T11:31:18Z</modified>
<issued>2008-06-29T08:46:33+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.3090</id>
<created>2008-06-29T08:46:33Z</created>
<summary type="text/plain">　カシオからデジタルカメラのEXILIM PRO EX-F1 ってのが出ていて、...</summary>
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<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/">
<![CDATA[<p>　カシオからデジタルカメラの<a href="http://dc.casio.jp/product/exilim/ex_f1/">EXILIM PRO EX-F1 </a>ってのが出ていて、これが微速度撮影（高速で動くものをスローモーションで捉える）や秒間６０コマの高速撮影、あと、ゆっくり動くものでも擬似的に流し撮り（中央の被写体はくっきりだけど、まわりの景色がぶれてスピード感がある写真）が撮れたりして、なかなか面白そう。ほしい。</p>

<p>　それはともかく、<a href="http://portal.nifty.com/2008/06/27/a/">スローで撮ると宇宙空間になる</a>らしいよ。（ ・∀・ ）</p>

<p>　このデイリーポータルZの記事は、なかなか着想が素晴らしいと思うけど、でもどうしてスローな動きが、宇宙をイメージさせるんだろう。</p>

<p>　その理由の一つは、無重力の場所で、ふわっと漂っていると、それだけで何となくゆっくり動いているように見えるのと、漂っていながら何の支えもないところで手足を素早く動かすと、角運動量の保存則とかの各種保存則がもろに効いて、体があらぬ方向に回転してしまうからじゃないかと思う。</p>

<p>　あと、これまでの船外活動用の宇宙服は自由に手足を動かせるわけではなくて、色々と関節の動きに制限があるので、それが地球上の動き方に比べると、ずいぶん違った感じに見えるって事もあるんじゃないかな。</p>

<p>　一口に宇宙服といっても、用途にあわせていくつか種類がある。。</p>

<p>　たとえばスペース・シャトルの打ち上げの時など、飛行士はオレンジ色の宇宙服を着ているはずだ。</p>

<p>　今年の２月、スペースシャトルで土井隆雄さんが宇宙に行くというニュースが流れていたんだけど、そのほぼ同じ時期に、ロス疑惑の三浦和義さんがサイパンで殺人容疑で逮捕された。で、このとき三浦さんはオレンジ色の服を着ていたので、友人の一人が、はあ～みうらさん宇宙へ行くんだ～ってボケてたよ。</p>

<p>　このオレンジ色の服は、そのまんま、アメリカの「オレンジスーツ」という名前の宇宙服で、打ち上げと帰還の時に着るものだ。同等のものとして、ロシアでは「ソコール」という名前の宇宙服がある。</p>

<p>　このタイプは、軽量で動きやすく、海に落ちても大丈夫といった、事故が起きたときの安全性を配慮して作られているんだけど、真空の宇宙での作業に使えるような機能は持っていない。</p>

<p>　一方、宇宙での船外活動用の宇宙服としては、アメリカは「船外活動ユニット」（ＥＭＵ：Extravehicular Mobility Unit）があり、ロシアには「オーラン」がある。</p>

<p>　オーランはヘルメットの上に天窓があって、全体が一体化した、イメージとしては着ぐるみみたいな感じの宇宙服だ。</p>

<p>　背中のハッチをパコッと開けて潜り込み、服の前から出ている紐を引いてハッチを閉めるだけなので、一人で１５分で着ることができる。また、内部の与圧は０．４気圧で、真空中へ出る準備はＥＭＵより早くすむ。</p>

<p>　ただ、重さは１３０キロで動きの自由度は少なく（股関節とかはあまり曲がらないとか）、ふくらみも大きくて、動きやすくはないみたい。</p>

<p>　一方ＥＭＵは、生命維持装置、宇宙服、補助装置の３ユニットで構成されていて、全体で１２０キロくらいある。</p>

<p>　このうち生命維持装置は、空気供給や二酸化炭素の吸収、気圧や温度のコントロールを行い、電力供給や通信機能も受け持つ装備で、背中に背負う形で取り付けられる。</p>

<p>　また、補助装置は、飲料水用のパックや、ライトやビデオカメラ、飛行士を宇宙船に繋ぎ止めるひも（テザー）などのオプションパーツ類のことをいう。さらに、これに加えて、宇宙遊泳をするときには、ガスを噴射して移動するための有人機動ユニット（ＭＭＵ：Manned Maneuvering Unit）が用いられる。</p>

<p>メインの宇宙服は、上半身、下半身、手袋、ヘルメット、冷却下着などのパーツでできた気密服だ。しかもこれは、３層の冷却下着、２層の気密層、９層の宇宙環境保護層の合計１４層の重ね着方式。</p>

<p>十二単もびっくりな代物で、一人で着るのはまあちょっとムリ。気密を保つために、動きの制約も多くて、たとえば腕は、ひじから下は動くけど、肩はほとんど動かないし、足も前後には動いても、左右に開くことはできない。また、内圧は０．２７気圧で、オーランより若干低い。</p>

<p>宇宙服の内圧が、１気圧より低く設定されているのは、そうじゃないと真空中で身動きが取れなくなるからだ。</p>

<p>真空中に出た宇宙服は、風船みたいにパンパンに膨らんで、関節の曲げ伸ばしに大きな力が必要になる。１気圧では、下手をすると大の字に伸びきったまま、手を握ることさえできない。できたとしても、ものすごく力が必要で、あっという間に汗だくになり、ヘルメット内部も曇ってしまうだろう。</p>

<p>そこで宇宙服は、内圧を下げて、力をあまり入れなくても動けるようにしているわけだ。</p>

<p>ただし３分の１気圧の空気では、酸素が薄すぎるので、宇宙服では呼吸用に純酸素が用いられている。</p>

<p>一方、シャトルや国際宇宙ステーション（ＩＳＳ）のキャビン内は、通常は１気圧(酸素21％、窒素79％)が保たれている。</p>

<p>この環境にいた人が、いきなり３分の１気圧の中に出ていくと、減圧症になる可能性がある。つまり、１気圧で血液や体液に溶け込んでいる空気中の窒素ガスが、減圧によって気泡になって出てきてしまう。血がサイダーみたいに、シュワシュワしちゃうわけね。</p>

<p>こうなると、よくて関節などの激しい痛み、下手をすると血栓ができたのと同じで、脳卒中や心臓発作を起こしかねない。</p>

<p>そこで船外活動をはじめる１２時間以上前から、プレブリージングという、体内から窒素を抜く操作が行われる。具体的には、まず１気圧下で60分間純酸素を呼吸し、その終了直前にキャビン内の気圧を0.7気圧(酸素 27％、窒素73％)に下げて12時間以上保ち、最後に宇宙服を着て40分～75分の純酸素を吸って、ようやく外に出られるわけだ。</p>

<p>つまり今の宇宙服では、思い立ったら即宇宙ってことはできないわけね。</p>

<p>もっとも、この手順は繊細なアメリカの基準で、ロシアではプレブリージングなんかあまりしなくても、案外大丈夫だよ～みたいなレポートもあったりするらしい。</p>

<p>ＥＭＵの宇宙服が１４層もあるのは、内側は水を循環させる冷却下着で、それを気密層で覆い、全体が膨らみすぎないように押さえる層や、層間の摩擦を小さくする層、断熱のためのゴムやアルミ蒸着層、小隕石対策のケブラーで補強されたゴアテックス層など、色々な機能を持たせるためだ。これに加えて、心電計などのバイタルモニターや、飲料水の供給器、紙おむつまで備わっている。</p>

<p>気密性と安全性を考慮して、かなりがんばって作られてはいるものの、将来、月面での有人活動が再開され、月面基地などの建設を人間が行うようになる状況を想定すると、今のままのＥＭＵでは、やっぱり不便だとおもう。</p>

<p>なにしろ、重さが１２０キロあるわけだから、重力が６分の１の月面でも、最低２０キロ相当の重りをつけて動くことになる。また、日なただと地面からの照り返しもあるので、断熱と冷却は、船外活動用よりもしっかりやる必要があるし、手足の可動範囲もより自然に近づけないと、作業効率に影響するだろう。</p>

<p>これらの難しい問題を解決する一つの答えが、固い殻で体を包み、関節を曲げても内部体積が変化しない外骨格型のスーツだ。</p>

<p>これなら内部を１気圧に保っても、風船のように膨らんで、身動きがとれなくなることはない。つまり、プレブリージングなどしなくても、必要なときすぐに真空中に出て作業を行えるわけだ。また、耐熱耐寒耐放射線などの機能も、この方式のほうが与えやすいだろう。これは見方を変えると、パーソナル宇宙船みたいなものともいえる。また、重量はあまり軽量化できないだろうから、どうしてもパワー・アシストが必要になるわけで、そうなればまさにパワード・スーツそのものだ。</p>

<p>昔、ガンダム関係の記事を書いたときに、こういうものから発展してモビルスーツが生まれたというようなストーリーにしたんだけど、今では、こういう宇宙服の開発も現実味を帯びてきているんじゃないかな。</p>

<p>かつて、H2ロケットの開発を主導した五代富文さんも、<a href="http://www.soranokai.jp/pages/make_newspacesuit.html">新世紀の宇宙服を創ろう</a>と言っていたりする。</p>

<p>日本は、現実問題として、宇宙開発にあまりお金は使えない。だけど、こういうタイプの宇宙服を考えるという課題は、お金をそれほど極端にたくさん必要としないだろうし、日本の得意分野を色々総合できる。それに、宇宙服はある意味、小型の有人宇宙船みたいなものだから、その意味でも面白い。</p>

<p>問題はあまり重く複雑になりすぎると、それを宇宙に持って行くのが大変で、現実に使いにくくなるかも知れないということ。技術的には、けっこう難しいと思うけど、それだけにチャレンジングな課題なんじゃないかな。</p>]]>

</content>
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<title>神経学的マイノリティについて</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/05/post_139.html" />
<modified>2008-06-02T08:25:05Z</modified>
<issued>2008-05-31T08:22:14+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.3035</id>
<created>2008-05-31T08:22:14Z</created>
<summary type="text/plain">前のエントリーに出て来た、自閉圏とか神経学的マイノリティについて、ちょっと書いて...</summary>
<author>
<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/">
<![CDATA[<p>前のエントリーに出て来た、自閉圏とか神経学的マイノリティについて、ちょっと書いておこう。</p>

<p>自閉圏の人とは、広汎性発達障害（PDD）とか、アスペルガーとか、高機能自閉とかいう名前で分類される人たちのことをいう。</p>

<p>ADHD（注意欠陥・多動障害）やLD（学習障害）の人も含めて、軽度発達障害と呼ばれることもあるし、オレ的には神経学的マイノリティと言う事が多いかな。</p>

<p>それは、こういう人たちが、治療対象にすべき「病気」ではないからで、だから一般的な用語である自閉症という言葉もほとんど使わないようにしているし、障害という言葉もなんかきつい感じがするのよねん。</p>

<p>これらの言葉は厳密に定義できるものではないし、ほとんど気まぐれと言っても良い診断基準の変更によって、内容が変化したりもする。</p>

<p>診断名とは、現実的には、社会生活をする上で不都合が多い人が、なんらかの援助をうけうるときに必要なものにすぎないという側面が大きい。</p>

<p>また、これは軽度発達障害全体に言えることだけど、一つの診断名でまとめられる人たちが、同じ原因で、同じ神経学回路の不具合を抱えているわけでもない。</p>

<p>現代の精神医学の診断基準は、見かけ上、これとこれとこの症状が揃っているから、この疾患というやり方で、内部メカニズムについては全くと言って良いほど考慮していない。</p>

<p>なぜなら、それはわからないから。だから、同じ診断名を持つ人でも、原因が全く違うことは大いにあり得るし、それを示唆する研究も多数ある。</p>

<p>自閉症スペクトラムという言葉があって、これは自閉症の人は非常に個性が強くて、一言で言い表せるような物ではなく、スペクトルのように広がっているというような意味だ。これはまあその通りだけど、これだけでは不十分だと思う。</p>

<p>なぜなら、そのスペクトルは、自閉症という特別な人たちの中にだけあるのではなくて、神経学的多数派の人たちまでずっと連続しているからだ。また、これは軽度発達障害という人たち全体についても同じだ。</p>

<p>診断されていなくても、自閉圏の特徴を備えた人は社会の中にたくさんいる。<br />
学者には多いし、クリエイティブな人、おたく系の人にも多い。</p>

<p>それらの人は、人付き合いについてなんらかの不都合を感じながら、まあしかし、人生ってこんなものかと思いつつ、どうにかこうにか日常を過ごしている。</p>

<p>神経学的マイノリティの特徴は、色盲の人とか左利きの人にたとえることができる。</p>

<p>色盲というのも実は色々なタイプがあるのだけど、ある人は緑と赤の区別がつきにくい。ところが、ベージュ色系の微妙な違いは、一般人より遙かに詳細に区別が付けられる。色の区別が全くつかないタイプの人は、カモフラージュされた戦車などを容易に見つけられるので、第二次大戦中はそのような任務に就いた人もいたらしい。</p>

<p>ただ、それらの人も、多数派の一般人の中では、色々と生きづらい部分がある。<br />
たとえば、LEDの信号の赤と緑は、当初は色盲の人には見分けがつかなかった。<br />
LEDの単色光だと、彼らには全く区別ができないのね。そこで今では、微妙に波長のちがうLEDを混ぜて、マイノリティの人にも見やすくしている。</p>

<p>これはつまり、マジョリティの人には、マイノリティの人がそんな不便を被っているなんて、ほとんど想像外で、気づきにくいということでもある。</p>

<p>左利きの人の不便は、左手でハサミを使ってみると真っ直ぐ切れないことでわかるけど、普通はなかなか気づかない。でも、そういう一見小さな不便の影響のせいか、左利きの人の平均寿命は、右利きの人より短いらしい。</p>

<p>それと同様に、神経学的マイノリティの人も、神経学的な機能が障害されていて、なにかがわからない。なにかができない。そのために、マジョリティの人にはなかなか気づけない不便を被っている。</p>

<p>また、神経学的なマイノリティの当事者も、自分は、なんでみんながわかることがわからないのだろうか、できることができないのだろうかと、悩む事が多い。</p>

<p>また、どちらかというと神経学的多数派に入る人も、こどものころは少数派的な特徴をある程度持っているのが普通で、幼い頃は両者の区別はあまりつかない。</p>

<p>マイノリティもマジョリティと同じように、年齢を重ねれば成長するので、弱点を補って目立たなくする方法を身につけていくことが多い。</p>

<p>それは、大人になってから英語を身につけるのに似ている。発音はネイティブに及ばないかも知れないし、ニュアンスを伝えるのも難しいだろうけど、だいたいの用は足りるようになることはできる。</p>

<p>神経学的マイノリティの中でも、自閉圏の人は、他者の心を読むのが不得意な人が多い。また、とくに抽象的な言葉だと、同じ言葉が、同じ意味を表さないことも多い。</p>

<p>たとえば、火星の人類学者といわれるテンプル・グランディンは、自分を動物行動学者といっていて、アメリカの大半の大手ファーストフード・チェーン（マクドナルドとか）の食肉工場の設計をしている。</p>

<p>彼女は人の心は直感的に理解できないが、動物の心を理解することはできて、動物たちがおびえずに屠畜されるように「人道的」な食肉加工工場を設計できる。企業にとっては、従来の工場のように、突然家畜が暴れ出して手こずる事が無くなって、非常に都合が良いので、彼女の設計が全米で採用されるワケね。</p>

<p>ここで、彼女のいう「人道的」な屠畜という言葉に、多数派の人はなにか奇妙な感じを持ったんじゃないかと思う。殺生するのに人道的なんて、なんかヘンじゃない？ってね。</p>

<p>でも、彼女はたぶん、皮肉でもなんでもなく、心底そうだと信じていると思う。こういう言葉の感覚のずれが、自閉圏の人にはある。</p>

<p>これはオレ様理論だけど、おそらく自閉圏の人は、発達段階の非常に早い段階で、多数派の人には容易にできる、親子が同じものに注意を向けるメカニズム（共同注意）が障害されていた結果、起きてくる物ではないかと思う。</p>

<p>言語の学習や、心の理論の理解（空気を読む力）は、親子が同じものに注意しながら、何万回何千万回のやりとりのループのなかで、徐々に発達するもののはずだ。そのループが初期にうまくできないことが、マイノリティを形作る。</p>

<p>もちろん、そういう共同注意的なしくみは一通りではなく、多数あって、その障害のされ方、発達の進み具合の順序パターン、原因もいろいろあり得る。</p>

<p>ただ、結果として、多数派なら自然に、この言葉はこれだよね、この行為はこれだよね、という合意ができるところにずれが生じる。</p>

<p>このずれは、人付き合いをするときには、相手から誤解されることもあるし、自分が相手を誤解してしまう原因にもなる。</p>

<p>ただ、それはユニークな発想にも繋がる。グラハム・ベルや、チューリングやニコラ・テスラは、伝記を読むとあきらかに自閉圏の人で、ネットワークやコンピュータや電力は、彼らの多数派の人が思いもしない発想から生まれてきたものだ。</p>

<p>多数派の人は、とかく人の気持ちがわからないのはダメだと言いがちだけど、空気が読めてしまうがために、無意識になにかに盲いてしまうことも多々ある。</p>

<p>たとえば、コロンブスの卵の逸話では、誰もが空気を読んでしまい、卵を割って立てるというアイデアに到達できない。それはしちゃいけないんじゃないのという、無意識のしばりがあるわけね。</p>

<p>神経学的マイノリティの人は、自分がそうだという自覚をもっていたほうが、生きるのは楽になる。</p>

<p>なんでみんながわかること、できることができないのか思い悩んでいるのは辛いけど、自分の弱点はこれのせいかと理解できれば、それを補う方法を自分で工夫する勇気がわいてくるからね。</p>

<p>まわりの人も、その人が神経学的マイノリティであることを理解していると、この人には、こういう言い方だと理解しにくいかなとか工夫できて、あらぬ誤解を生まなくてすんだりする。</p>

<p>アスペルガーの翻訳者、ニキ・リンコさんの著作を読むと、へえー、こういう事がわからないのかと、いろいろわかって面白い。おすすめ。</p>

<p>ちなみにオレはADHDで、３０年遅く産まれていたら、確実にそう診断されてた。<br />
今でも、オレは非常に落ち着きが無くて、オレを知っている人なら、オレがいつもくねくねしているのをごらんになっていると思うけど、オレにはその意識が全くないのだ。じっとしてないから、講演とか聴いていると、時々隣の知らない人に怒られちゃうんだよね、今でも。(´・ω・`)<br />
まあしかし、それがオレなのだ。そのくねくねがオレなのだ。 </p>]]>

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<title>「夜中に犬に起こった奇妙な事件」を読んで</title>
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<modified>2008-06-02T08:26:37Z</modified>
<issued>2008-05-31T07:34:22+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.3034</id>
<created>2008-05-31T07:34:22Z</created>
<summary type="text/plain">『夜中に犬に起こった奇妙な事件』（早川書房） 　マーク・ハッドン著　小尾芙佐訳 ...</summary>
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<![CDATA[<p>『夜中に犬に起こった奇妙な事件』（早川書房）<br />
　マーク・ハッドン著　小尾芙佐訳</p>

<p>自閉圏の少年が書いた小説という体裁をとったミステリー。</p>

<p>はじめは、早川の児童書シリーズで出ていたらしいけど知らなかった。<br />
で、去年出た新装版で読んだ。面白くてすごく読みやすい。かなりお薦め。</p>

<p>主人公の少年は、ある晩、向かいの家の庭で、農業用のフォークで串刺しにされた犬に遭遇する。おもわずその犬を抱き上げ、血まみれになった彼は、はじめはその犯人と誤解され、かけつけた警官を殴った（合理的な理由がある）ことで補導されてしまう。</p>

<p>少年には、多数派の人には自明なことでも、わからない事がある。<br />
多数派の人にとっては、そんなことがわからないなんてことが、あり得ると思うことすらできないようなことが、わからなかったりする。</p>

<p>しかし、それとは逆に、多数派の人がまず気づかないようなことを、敏感に察知することもある。それも、多数派の想像を遙かに超えた事柄について。</p>

<p>そんな彼が、この事件を契機に、犬を殺した犯人を見つける決意をし、それを養護学校の先生の薦めもあってミステリー小説のスタイルでまとめはじめる。そして、驚くべき謎が解き明かされていく……。</p>

<p>著者は、自閉圏の人と働いた経験がある神経学的多数派（健常者）なんだけど、自閉圏の人の推定できる内面を、とてもリアルに描いている。</p>

<p>もちろん、他者の内面なんてホントのことは解るわけはない。<br />
ましてや神経学的マジョリティの人に、神経学的マイノリティの内面がわかるわけないといえばその通りなんだけど、まあカタいことはいいっこなし。<br />
読んでいくと、自閉圏の人は、確かにこういう感じだなあと思えることの連続だ。</p>

<p>自閉圏の人は、多数派から見ると、しばしば理解しがたい振る舞いをしたり、言動を行ったりする。理由のわからないことにものすごく頑固にこだわったり、</p>

<p>多くの場合、それはとても厄介だと認識される。<br />
しかし、それは、その人の内部では、きちんとした理由があって、その人なりの論理的な振る舞いなのね。ほとんどの場合、意味なく強情なわけではない。</p>

<p>多数派の人が抱くいちばん大きな誤解は、そういう振る舞いをしているときの自閉圏の人が、感情的に、自分を困らせてやろうと思っているに違いないと思うことだ。<br />
でも、実際には、そんな意図は全くない。</p>

<p>たとえばこの少年は、黄色のものと茶色のものが嫌いで絶対に触らない。<br />
一方、赤と銀色が好きなので、カレーを食べるときは赤い色素で真っ赤にしてから食べたりする。黄色い車を５台連続で見てしまうと、それは最悪の日なので、誰がなんと言おうと部屋から外に出ない。（それらの理由は他の人には語らない（理由を説明すればわかって貰えるという発想もない）ので、両親はじめまわりの人は何故外に出ないかわからず、困り果てたりする）</p>

<p>この物語を読むと、逆説的だけど、他者の内面を理性的に理解することが、他者とよりよくつきあうためのコツのひとつかなという感じがする。<br />
それはたぶん、多数派の人同士でも同じなのね。</p>

<p>あまりにも手強い、ワケのわからない人の内面にも、その人なりの理由がある。それはなんだろうと考えることができれば、そういう人とよりよくつきあうための入り口になる。</p>

<p>相手にイヤなことを言われたりされたりしたとき、反射的に怒るのではなく、いや、反射的に怒るのはしょうがないとしても、しばらく時間をおいて自分の気持ちが静まってきたら、そういうところに目を向けてみる。いつまでも、自分の一時の情緒の高ぶりにとらわれて、相手が悪いと決めつけていては、解決の糸口はみつからない。</p>

<p>もちろんそれはメチャクチャ大変なことなので、誰彼かまわずそういう態度で挑むのはしんどすぎるわけだけど、家族とか、どうしてもつきあわなきゃいけない人とかの場合は、それを試みてみても良いんでないかなあ。</p>]]>

</content>
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<title>ころばない犬</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/05/post_137.html" />
<modified>2008-05-27T07:35:45Z</modified>
<issued>2008-05-27T06:58:45+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.3019</id>
<created>2008-05-27T06:58:45Z</created>
<summary type="text/plain">ボストンダイナミクス社のＢｉｇＤｏｇというロボットがある。 まずはyoutube...</summary>
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<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<![CDATA[<p>ボストンダイナミクス社のＢｉｇＤｏｇというロボットがある。<br />
まずは<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=W1czBcnX1Ww">youtubeのビデオ</a>を見てみてね。</p>

<p><br />
これを見ると、そのすごさは一目瞭然。<br />
たぶんロボットという物に対する、イメージが大きく変わるんじゃないかな。</p>

<p>何故このロボットは、これほど生き物っぽいのか。<br />
その仕組みについては、robot watchに記事を書いていので、良かったら読んでみてね。<br />
<a href="http://robot.watch.impress.co.jp/cda/column/2008/04/04/976.html"><br />
鹿野 司の「人生いろいろ、ロボットもいろいろ」－BigDogの秘密にせまる－</a></p>

<p>記事の中では書いていないけど、BigDogとアシモの違いは</p>

<p>アシモは原理的にミリ単位以下の正確さで動ける。<br />
指示した場所にぴたりと止まることができる。<br />
ただし、外乱には凄く弱い。</p>

<p>ＢｉｇＤｏｇには、正確な動きは無理。<br />
しかし、よたよたしながらでも、どんな条件でも動ける。<br />
ＢｉｇＤｏｇは外乱をものともしない。</p>

<p>アシモは量産可能。<br />
ＢｉｇＤｏｇは個性的な存在。</p>

<p>アシモのような、王道的なロボットは、量産して同じプログラムを与えれば、その通りに動く。</p>

<p>でも、BigDogは、たくさん作った場合、きちんと歩けるようになるには個々の体をどう使いこなすか、ある程度学習の時間が必要だと思う。（予想だけど）</p>

<p>どんなに高精度の量産技術をもってしても、１００％同じ物を作ることは不可能で、ギアの微妙な遊びの違いとか、関節の硬さとか、小さな違いは無数にある。<br />
つまり、個々の肉体の特性は違うワケで、それを物理的な現実の世界の中で動かして学ばないと、あれほど凄い動きはできないんじゃないかな。</p>

<p>ただ、あらかじめ、どのていどのものが組み込めて、どの程度が学習に頼らなければいけないかは、わからない。ものすごく学習が必要となると、一点物みたいになっちゃうけど、最初からあるていど歩けて、それを学習で選りすぐれた物にできるという程度なら、工業製品として使えるだろう。</p>

<p>産まれたばかりの馬や牛は、わりとすぐに立って歩けるけど、最初はやっぱりふらふらだ。でも、成長に伴って、より速い走り方や、より複雑な地形への対応などを学んでいくのだろう。</p>

<p>そんなかんじで、産まれたBigDogを、しばらく牧場みたいなところで訓練すると立派に成長して、役に立つようになるとかね。でも、その場合、個性も出てくるはずで、このBigDogは足が速くて優秀だけど、こちらBigDogはちょっと怠け癖があるねとか。</p>

<p>あと、<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=VXJZVZFRFJc">アーリーバージョン</a>も見とく価値ありよ（ ・∀・ ）<br />
</p>]]>

</content>
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<title>憲法を攻撃的に使う</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/05/post_136.html" />
<modified>2008-05-07T17:46:15Z</modified>
<issued>2008-05-07T17:05:21+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.2985</id>
<created>2008-05-07T17:05:21Z</created>
<summary type="text/plain">ほぼ同じ内容の話を今発売中のSFマガジンに書いているけど、憲法記念日も近かったこ...</summary>
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<![CDATA[<p>ほぼ同じ内容の話を今発売中のSFマガジンに書いているけど、憲法記念日も近かったことだしブログにも載せておく。ちなみにSFマガジンのほうには、SFファン向けにコードウェイナー・スミスの話も</p>

<p>文科省が新指導要領に愛国心養成を追加したらしい。<br />
愛国心養成は大賛成だ。<br />
ただし、その愛国心とは現代の日本にふさわしいものでなければらない。<br />
古くさいナショナリズムみたいなものを今さら教える必要もないしね。</p>

<p>日本は、日本国憲法で律せられた民主主義国家だ。<br />
だから愛国心養成とは、日本国憲法の理念を骨身に染みこませることであるはず。<br />
憲法を知らないなんて非国民は赦されない。</p>

<p>日本国憲法は、キチガイ憲法だ。</p>

<p>アメリカの純粋な若者たちが、自国の憲法よりも遙かに理想に近い理念（カント哲学）を文書化し、その心意気に日本の憲法学者たちが共感してできあがったのが、今の日本国憲法だ。<br />
女性に関する権利とかは、当時のアメリカより進んでいたしね。</p>

<p>これは、スター・トレック・ネクストジェネレーションの「艦隊の誓い」に匹敵するリベラルで空想的な憲法で、このようなものがこの世に存在し得たのは、奇跡としか言いようがない。</p>

<p>そしてキチガイほど強力な武器はない。</p>

<p>バカとハサミは使いよう。使いこなせば武器となる。<br />
憲法を立てに、やりたくないことはやらないと主張したり、これを世界でやるべきと主張できる。その奇抜さは、他国の頭をしばし白くさせ、それに乗じて日本は国益を確保できる。</p>

<p>あんな小国の北朝鮮が、国際政治の中で、なんだかんだ言って自分の思い通りの利益をあげていくのは、そのふるまいに、他国の想像を超えた常軌を逸したところがあるからだ。<br />
そのキチガイっぷりが武器になっているのだ。 </p>

<p>しかし、これをやるには、高度な外交力、優れた交渉力、深い人間知をを持つ人材が、非常にたくさん必要になる。</p>

<p>日本国憲法では、国際紛争を解決する手段としての軍事力を放棄している。つまり日本は、軍事によらない力で、国際紛争を解決する強靱なシステムを持つべきと、憲法に書かれているわけだ。</p>

<p>それを具体化するには、まず有能な外交官の育成が必要だろう。</p>

<p>自民党政府は、ミサイル防衛のために、これから毎年最低２０００億円以上の予算を計上していくつもりらしい。その金額はどんどん増え続け、何十兆とか凄い金額になるといわれる。まあ、そもそもミサイル防衛ってのは青天井なので、そうなっても不思議はない。</p>

<p>一方、一人の有能な外交官を育てるのに、一年１億円を２０年かけるとして２０億。２０００億なら１００人が育てられ、２０年後には２０００人の有能な人材ができている。<br />
２０００人ではちょっと少ないか。２０兆円なら１０万人育てられるけどね。<br />
現実には、これよりもうんと安い金額で教育は可能だろう。<br />
空想的だと思う人もいるだろうけど、オレに言わせればミサイル防衛が防衛に役に立つとかいうアイデアも、それ以上に空想なのね。</p>

<p>ただし、この人材育生には注意が必要だ。<br />
彼らは古い意味でのエリートであってはならない。</p>

<p>エリートは、明治以降、しばしば日本をミスリードした元凶だからだ。</p>

<p>将来、政府の中枢に入っていくようなエリートは、金持ちや教育に金をかける家庭出身者が多く、高校大学へと進むうちに選抜され、非常に均質な、同じような世界観の人たちに純化されてしまう。</p>

<p>彼らは、語り合う友も同じような人たちで閉じて、他の世界観を理解できなくなる。<br />
最悪なのは、自分たちのような考えを持たぬ者は、劣っている、理解力がないと考えてしまうことだ。</p>

<p>高級官僚たちは、たぶん一般の人が想像するより遙かに賢い。オレも若い頃、彼らを取材して、こんなに頭の良いやつ見たことねーって感嘆したことが何度もある。<br />
彼らが今ある地位に選抜されたのは、伊達じゃない。</p>

<p>しかし、オレも長じてわかってきたけど、彼らはやはり理念の世界に生きていて、現実からは解離する傾向がある。</p>

<p>大局観はすばらしいけど、現実をその方向に動かすために必要なことに対する想像力が乏しい。<br />
それは、エリートの宿命だ。</p>

<p>その理想を実現するには、どろどろした現実と折り合いを付けないといけないのだけど、そのことに思い及ばない。取るに足らないことだと誤解する。</p>

<p>彼らの作る制度が、しばしば現場に大きなしわ寄せを課したりするのはそのせいだ。大日本帝国の軍事官僚たちが、今の目で見て常軌を逸した愚かな判断を下していったのも、そのせいだ。</p>

<p>そのことについて、彼らを責めてもしょうがない。<br />
人とは弱い存在なので、そのように選抜されれば、そのようになるのはやむを得ない。</p>

<p>だから、これからは、そんな欠点を生まないような選抜法やカリキュラムを深く考えて作る必要がある。彼らを知的エリートではなく、人間的に深みのある人物に育てなければならない。</p>

<p>外交の本質は、相手の文化を深く知ることだ。<br />
相手文化の独自性を心から愛し、決して低く見ないことだ。</p>

<p>自分の文化を深く愛してくれるものに対して、人は悪い思いを抱かない。<br />
相手の文化を深く理解するすることは、交渉において、押しどころや引きどころをつかむ基礎知識となる。</p>

<p>これをするには、大小を問わず、世界の全ての国の学校に人材を送り出し、若いときから相手国の将来を担う人と交流させるのが良いだろう。</p>

<p>また、世界のあらゆる国から優れた人材に日本に留学して貰い、日本の学生たちの中で育って貰うことだ。</p>

<p>また、異文化をおもしろがり、理解し、決して見下さない態度は、全国民に養われる必要がある。<br />
もともと日本には、外国からくる珍しいものを、かっこいいと思う民族性がある。</p>

<p>明治以降、舶来かぶれのえらい人たちが、東洋を見下し西洋を持ち上げるいびつな物の見方を普及させたのは残念だけど、それはこれからでも修正し、本来の姿に戻すことができるはずだ。</p>

<p>東洋もイスラムもアフリカもスラブも、ありとあらゆる異文化はそれぞれ面白いし尊敬に値する。<br />
その態度が国内に満ちれば、日本に滞在する外人も、日本により深い理解と共感を示してくれる可能性が増すだろう。</p>

<p>また、海外の平和、教育、医療などに従事するＮＰＯ、ＮＧＯなどに対する援助を増やしたり、そういう活動に従事することのすばらしさを、全ての人の教育課程で繰り返し教えるのも良いだろう。</p>

<p>その結果、実におめでたい人たちが、世界の隅々まで出かけていって、いっぱい良いことしちゃうようになる。日本人といえばおめでたいよなって、世界中の人たちが思うようになる。<br />
それは、日本の外交において強力な力になるはずだ。</p>

<p>また、そのような活動に従事した人たちは、現実の厳しさ、この世の無情にさらされ、大きく成長するだろう。この平和な日本では得難くなった試練を経て、人間とは何かの理解を深め、理想と現実のバランスの取り方を学ぶはずだ。そういう人が増えることは、ますます日本の利益になる。</p>

<p>そのように日本国憲法を使えば、日本には独特の権威が生まれ、世界の中で、今以上に確固たる地位を築くことができるとおもうのよねん。<br />
</p>]]>

</content>
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<entry>
<title>オレ様的超生命体論をふまえてもういちど野尻さんに答えます</title>
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<modified>2008-05-01T09:05:41Z</modified>
<issued>2008-04-30T20:04:25+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.2974</id>
<created>2008-04-30T20:04:25Z</created>
<summary type="text/plain">間が開いちゃったけど、さて、そういうきちがいじみた超生命体論をふまえて、野尻さん...</summary>
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<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<![CDATA[<p>間が開いちゃったけど、さて、そういうきちがいじみた超生命体論をふまえて、野尻さんの意見に答えます。</p>

<p>まず、ぼくと野尻さんの話がちょっとかみあわないのは、超生命体とはなにかというイメージの違いに起因するものじゃないかと思います。</p>

<p>>　私が20年のネット歴で培った活動指針は、古き良き？スタイルで、<br />
> （1）見栄を張るな。自分の非はすぐ認めろ。<br />
> （2）正直を貫け。ネタ以外で嘘をつくな。<br />
> （3）隠し事をするな。見られて困るものはネットに置くな。</p>

<p>はすごくよくわかる。</p>

<p>ぼくも、日経MIXやPC-VANとか以来培ってきたネットでの行動原理は、基本的にそんな感じ。</p>

<p>こういう条件を満たせば、記名だろうが、匿名（無名）だろうが、とくに問題が起きることはないだろうし、行き違いが生じてもあんまり酷い事にはならないというのは、古くからネットをやってきたものなら誰でも感じる、共通の実感じゃないでしょうか。</p>

<p>ただ、この条件は、ある目的を持った、質の高い議論ができる場を作るために、必要なものなのだと思います。</p>

<p>野尻ボードのようなハイレベルの楽園を維持するには、厳格なルールを設定して、それをきびしく適用しないと、無礼者がすぐに現れて荒廃してしまう。せっかくの楽しい会話が、くだらないノイズでかき乱されてしまう。</p>

<p>だから、野尻さんは、野尻ボードという楽園管理者の立場から、匿名であることの価値を認めにくいのではないかと思います。</p>

<p>でも、２ちゃんねるはそうではない。<br />
２ちゃんねるには、野尻ボードのような目的はない。</p>

<p>局所にはそれに近い場所もあるけど、ノイズのレベルは非常に高いし、最大でも１０００の書き込みで次のスレッドに移動しなければならない、はかないもの。長期にわたってハイレベルを維持することは不可能だし、それを望む人もいない空間です。</p>

<p>前に文明は超生命体だと書いたけど、２ちゃんねるも同じ意味で超生命体です。</p>

<p>２ちゃんねると、２ちゃんねるに書き込んでいる人の関係は、文明と人間の関係、あるいはアリの巣とアリの関係と同じ。</p>

<p>一匹のアリは、たぶん自分のしたいこと、自分のできることをひたすらやっているだけなんだけど、総体としてのアリの巣は、一匹のアリよりも遙かに賢い振る舞いをする。</p>

<p>２ちゃんねるも、参加する人々はそれぞれの興味で、それぞれ好きなことを書いている。</p>

<p>だけど、しばしば誰も予期できなかった、全く新しい表現が生まれてくる。一人の人間を越えた何かが現れる、その創発的なところが、２ちゃんねるのおもしろさです。</p>

<p>野尻さんの書かれている、『そんなふうに上から目線で観察される材料になって、本人は悔しくないの？』というのは、たぶん、超生命体という考え方について、野尻さんとオレの間に合意ができていなかったから出て来た言葉でしょう。</p>

<p>そもそも、オレという一個人は、超生命体の細胞に過ぎないわけだから、上から目線も下から目線もないですし、『そういう人たちは自分が超生命体の部品扱いされて悔しくないんでしょうか。』という問いも、あなたは文明の一員だといわれているのと同じことで、悔しい思いをする理由はないと思います。</p>

<p>「よかれと思って2chでなにか教えると「なんだよ、上から目線で語りやがって」と反発されることがある」というのは、これとは全く別の問題じゃないかな。</p>

<p>まあ、人に何事かを教えようとするのは、実社会でも、ネットでも、一筋縄でいかない、なかなか難しい問題だなってことだと思います。</p>

<p>オレは、超生命体の振る舞いを、個の「意志」によって変えることは、ほとんど不可能ではないかと思っています。</p>

<p>人とは階層の違う知性なので、人間がソラリスの海やスパルタカスを理解したり、コントロールできないのと同じように、２ちゃんねるや文明の行く末を、個人の意志で制御することはまあほとんど不可能でしょう。少なくとも直接的には無理。</p>

<p>ただ、だからといって、野尻さんのいう<br />
『そんなわけで「超生命体」は確かに興味深いけど、それを構成している「個」が虚のままなのは「文明は意志の力で前進しなければならない」という信念とはちょっと噛み合わないです。』<br />
ということにもならないと感じています。</p>

<p>たとえば、２ちゃんねるから匿名性を排除してしまったら、２ちゃんねるにある創造性の非常に多くの部分が破壊されてしまうと思う。</p>

<p>それは逆に言えば、超生命体の性質は、それを構成するルールやポテンシャルのようなもので、変わりうるということです。</p>

<p>文明という超生命体に対しても、個の意志の直接的な反映としてどうこうすることはほとんど不可能なんだけど、ルールやポテンシャルに影響を与えることで、間接的にある程度の制御はできるかも知れないなと思います。</p>

<p>そうそう、個人のレベルでの匿名性、無名性のメリットについては、２００１年に北海道新聞に書いているので、それも採録しておきます。</p>

<p><br />
　知っている人は多いと思うけれど、「２ちゃんねる」という、インターネット上の掲示板がある。『「ハッキング」から「今晩のおかず」までを手広くカバーする巨大掲示板群』と銘打たれ、発言者は基本的に匿名で、書き込み内容にも強い制約はない。誹謗中傷も公人が対象ならＯＫだし、昨年５月に起きた西鉄バスジャック事件の犯人は、ここで「ネオむぎ茶」と名乗り、犯行４０分前に「ヒヒヒヒヒ」と予告を残していた。<br />
　こういうできごとや、ルール無用の匿名掲示板であることから、２chを悪口や反社会的な書き込みが蔓延する場所と決めつけている人もいる。ところが、実際にここの書き込みを読むと、ある種の秩序が保たれていて、その内容も優秀なものが少なくない。<br />
　もちろん、ちょっとしたツッコミにすぐ切れて悪口を書き散らすようなケースもあるのだが、いろいろなテーマの掲示板を読んでいくと、政治、経済から、科学、技術まで専門性の高い正確な書き込みや、深い洞察力でうなずける意見もかなり多いのだ。<br />
　匿名なんだから、適当なデタラメを書いても良さそうなものだけれど、そうはならないことが多い。なぜなら、言論としていい加減なものは、確実に叩かれるからだ。<br />
　それを書き込んだ人は、匿名だから大きく傷つくことはない。これが実は非常に良い効果を持っているようだ。<br />
　まず、匿名故に、過去の発言から、あいつはこういういい加減な事を言うヤツだというような偏見が生まれない。<br />
　メールアドレスを公開させるようなところでは、一度ヘンな事を書くと、あいつはダメだという印象を持たれて、次にまともなことを書き込んでも、誰も取り合ってくれなくなりやすい。<br />
　ところが、２chでは匿名故に、ツメの甘い内容を書き込んで叩かれた人も、次回の書き込みが気楽にできる。<br />
　書き込みが評価されなかった人は、匿名とはいえ、自分のプライドは軽く傷つくだろう。その結果、その人は次に書き込むとき、もう少しきちんとしたことを書こうと努力する。つまり、これによって自分の意見をまとめたり、表現する技能が磨かれるのだ。<br />
　もちろん、そうではなく激しくグレて、悪口の達人になる人もいる。それはそれで、うまいと思うこともあるし、読みたくなければ無視できる。　匿名意見は信頼できないことはいうまでもない。つまり、その意見を評価するには自分の見識を磨く必要がある。<br />
　その自己責任の原則が徹底されているからこそ、２chはとても面白い対話の場なのだ<br />
</p>]]>

</content>
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<title>昭和の日</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/04/post_135.html" />
<modified>2008-05-01T10:00:34Z</modified>
<issued>2008-04-30T09:54:04+09:00</issued>
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<summary type="text/plain">昨日は昭和の日だったみたい。 普段は暦のことはほとんど気にしていなくて、祝日も何...</summary>
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<![CDATA[<p>昨日は昭和の日だったみたい。</p>

<p>普段は暦のことはほとんど気にしていなくて、祝日も何の日かなんて全く念頭にないんだけど、友達がSNSの日記に書いてたので、ああそうだったかって思った。</p>

<p>昭和天皇のことは色々な人が色々なことを言うけど、オレはわりと好きな人の一人。</p>

<p>左翼的な人は、昔の恨みが忘れられず、悪いことは全部この人に押しつけたいという気持ちで、彼のことをいろいろ悪く言う。</p>

<p>まあ、それは人間として、そうしたくなっちゃう気持ちはわからないでもない。</p>

<p>右翼的な人は、表面的には彼を尊敬しているように見せかけながら、実際には自分の思う通りに使いたいだけってかんじ。本質的には道具も同然で、彼が一人の人間として心を持っているなんて、発想すらないんじゃないかな。</p>

<p>それもまた、人間にはありがちなことだけどね。</p>

<p><br />
２００４年１０月２８日。<br />
明仁天皇・美智子妃主催の秋の園遊会が、赤坂御苑で行なわれた。</p>

<p>その園遊会に出席した東京都教育委員会委員の米長邦雄氏と明仁天皇との会話。</p>

<p>「教育委員として本当にご苦労様です」（明仁天皇）<br />
「一生懸命、頑張っております」（米長邦雄氏）<br />
「どうですか」（明仁天皇）<br />
「日本中の学校で国旗を揚げて、国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます。今、頑張っております」（米長邦雄氏）<br />
「やはり強制になるということでないことが望ましいと思います」（明仁天皇）<br />
「もうもちろんそうです、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」（米長邦雄氏）</p>

<p>米長さんは、自分のブログに天皇と話したことは書いているらしいけど、この会話のことは書いていないみたい。つまり、都合の悪いところは書いて無くて、自分の意志を改めるつもりもなくて、天皇って自分のための道具だと思っているワケね。</p>

<p>それはともかく、この会話一つで、今上天皇は、おそらく大半の日本国民より、深く日本国憲法を理解していることがわかる。</p>

<p>また別の友人だけど、以前に、罰と責任ということをいっていた。</p>

<p>戦犯たちは罰を受けた。しかし、その後、責任を果たしたかというと、それはどうなんだろう。</p>

<p>昭和天皇は罰は受けていない。でも、こどもたちをこういうふうに育てたと言う一点だけ見ても、責任は果たしていると思うのね。</p>

<p><br />
日本国憲法によると、天皇は基本的人権を持たない象徴だ。</p>

<p>論理的に考えると、これは深刻な人権侵害なんだけど、これはとりあえずあいまいにてきとうにしておく方が良いような気がする。人身御供であり人柱ではあるけれど、天皇家はそれを引き受けてくれている。</p>

<p>象徴とは何かというと、天皇家の人たちは、「良き日本人のモデル」と考えたみたい。</p>

<p>おだやかで、家族を愛し気遣い、他者を悪く言わない態度。日本国憲法の理念を完全に身につけて、それを体現しようとする姿。</p>

<p>そういうのって悪くないと思う。</p>

<p>まあ、祖先のお墓の歴史調査はもっと自由にやらせてよとかは思うけどね。</p>

<p><br />
話は違うけど、ぼのぼののお父さんは、昭和天皇がモデルだったような気がするのねん。 </p>]]>

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<title>プレ・パンデミックワクチン</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/04/post_134.html" />
<modified>2008-05-01T09:53:46Z</modified>
<issued>2008-04-30T09:05:59+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.2975</id>
<created>2008-04-30T09:05:59Z</created>
<summary type="text/plain">新型インフル　医療従事者に事前接種へ　備蓄ワクチン６０００人分 によると、日本は...</summary>
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<name>shikano</name>

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<![CDATA[<p><a href="http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008041502003830.html">新型インフル　医療従事者に事前接種へ　備蓄ワクチン６０００人分</a></p>

<p>によると、日本は世界ではじめて、医療従事者などにプレ・パンデミックワクチンの接種を行うらしい。<br />
あと、３０００万人分のプレ・パンデミックワクチンを用意して、希望者には接種する方針みたい。<br />
予算措置が決まってないので、どこまでできるかは解らないけれど、まあなかなかがんばってるってかんじ。</p>

<p>H５N1のプレ・パンデミック・ワクチンは、本物のパンデミックウイルスを完全に防げるかどうかは解らないけど、まあ、症状を軽く抑えてくれるのではないかと期待されている。現実には、起きてみないとわからないんだけどね。</p>

<p>プレ・パンデミック・ワクチンがある程度有効だとすれば、早いうちに多くの人に接種しておけば、パンデミックそのものを未然に防ぐこともできるかもしれない。</p>

<p>プレ・パンデミック・ワクチンというのは、トリのH５N１ウイルスをベースに作られたワクチンで、将来発生するかも知れない、ヒトのパンデミック・ウイルスとは別のウイルスがもとになっている。将来出てくるかも知れないウイルスのワクチンを、今作るわけにはいかないもんね。</p>

<p>で、強毒型のH５N1ウイルスは、毒性が強いので、鶏卵でワクチンを作ろうとしても卵そのものが死んでしまい、ワクチンの作製効率が非常に低い。</p>

<p>ところが、東大の河岡義裕さんとこで開発されたリバース・ジェネティクスを使って、強毒型ウィルスを弱毒型に改変し、それを使えばワクチンが効率よく作れるのね。</p>

<p>インフルエンザウイルスが、強毒型になるか弱毒型になるかは、ヘマグルチニンというウイルスから生えているとげを作るための遺伝子の配列で区別できる。で、強毒型の配列を弱毒型の配列と取り替えたインフルエンザ・ウイルスを作ってやると、免疫の性質は同じで毒性の弱い、あるいは毒性のないウイルスを作ることができるのねん。</p>

<p>ほとんど誰も議論していないと思うけど、パンデミックが起たとき、それが収まるには、人口の非常に多くの部分が免疫を獲得する必要がある。つまり、人口の大半がワクチンを接種するか、いちどそのウイルスに感染して癒らないとダメなのね。</p>

<p>そういう環境が整って、時間がある程度経過しないと、強毒型は弱毒型に進化できないと考えられる。</p>

<p>人類史上最悪の感染被害をもたらしたスペイン風邪は、はじめは非常に高い致死率のウイルスとしてはじまったけど、今ではほとんど人を殺さなくなっている。それは非常に多くの人が一度は感染したために、人から人へ移るのに時間が必要になったからだろう。</p>

<p>病原性が強すぎてすぐに人を殺してしまうと、次の人に移ることができないから、強力すぎるウィルスはやがて淘汰される。そして、強烈な症状を出さず、人を殺さないようなものが自然選択されて生き延びて、今のような状態になっているわけ。</p>

<p>パンデミックが起きたとき、そのウイルスで作るパンデミック・ワクチン（プレじゃないよ）は、そのときの流行には間に合わない。ワクチンの製造には半年ほどかかるから。</p>

<p>でも、翌年の流行期までには、パンデミック・ワクチンも間に合うだろう。</p>

<p>ただ、ワクチンで強毒型に対処するだけでは、人口の大半に回るまでには何年もかかるので、二年目からは一年目ほどの被害は出ないにしても、あちこちで死に至る強毒インフルエンザが散発的に発生し続けることになる。物騒でしょうがない。</p>

<p>これを回避するには、リバース・ジェネティクスで弱毒型ウイルスを作って、あえてみんなに感染させることが合理的でないかと思う。作った弱毒ウイルスを、スプレーで鼻かのどにシュッとすればOK。軽いインフルエンザにはかかるけど、死の恐怖からは逃れられる。</p>

<p>ちなみに、弱毒型ウイルスで免疫を獲得すると、強毒型に感染しないことは動物実験で確かめられている。</p>

<p>しかも人から人へとうつせば、非常に低コストで、かつすみやかに、人口の大半に免疫を獲得させることができる。</p>

<p>まあしかし、政策的にこれをやるのは無理じゃろうね。よっぽど大騒ぎにならない限り。<br />
と、いうわけで、これはSFのお話でした。</p>

<p>WHOの試算では、パンデミックが起きた場合世界で最悪１億人が死ぬかんじらしい。１億は多い事は確かだけど、地球人口の２％未満にすぎない。人口は数年で回復する。</p>

<p>あと、プレパンデミックワクチンを３０００万人に接種、希望者にも接種とか言っているけど、これで何が起きるかを予言しておくと……</p>

<p>３０００万も接種すると、たぶん１０人くらいは死ぬか重傷副作用が出る。もっと多いかな。<br />
３０人でも、０，０００１パーセントね。<br />
体質とかアレルギー反応とか未知の作用でこれくらいのことが起きるのは全く不思議じゃない。<br />
そうすると、薬害だ、業者と癒着だとか、マスコミはそういう話を煽り立てることは間違いないね。 <br />
</p>]]>

</content>
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<title>ロフトプラスワン・トークライブで何か喋るよ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/04/post_132.html" />
<modified>2008-04-28T10:40:01Z</modified>
<issued>2008-04-28T10:35:50+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.2970</id>
<created>2008-04-28T10:35:50Z</created>
<summary type="text/plain">今日だけど（ ・∀・ ） ４月２８日（月）＠新宿ロフトプラスワン 宇宙作家クラブ...</summary>
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<![CDATA[<p>今日だけど（ ・∀・ ）</p>

<p>４月２８日（月）＠新宿ロフトプラスワン<br />
宇宙作家クラブpresents<br />
「アーサー・Ｃ・クラークを語る」<br />
『2001年宇宙の旅』など数多くの作品で知られ、2008年3月19日に多くの人に惜しまれながら永眠したSF作家の巨匠、アーサー・C・クラークを追悼し、その多大な偉業を振り返る。<br />
【出演】江藤巌、金子隆一、鹿野司、松浦晋也、他<br />
Open 18:30 /Start 19:30<br />
￥1000（飲食別）当日券のみ</p>

<p>まあ、オレはたいしたこと喋らないかも知れないけど、江藤さんとか金子さんとか松浦さんとか超面白いはず。</p>

<p>なんと偶然ではあるけど、今回のトークライブはみんな、科学、技術、航空、宇宙などのライターで、作家も、映画評論家も一人もいないという不思議な組み合わせ。<br />
かといって、クラークの科学についてのみ語られることはあまり無くて、ほとんどは小説と映画の話になるだろうけど。</p>]]>

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<title>文明を超生命体と見なすことの意義</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/03/post_131.html" />
<modified>2008-03-31T20:05:16Z</modified>
<issued>2008-03-31T19:53:13+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.2925</id>
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<summary type="text/plain">文明を超生命体と見ることの意義はもう一つある。 それは、ソラリスの海やスパルタク...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/">
<![CDATA[<p>文明を超生命体と見ることの意義はもう一つある。</p>

<p>それは、ソラリスの海やスパルタクスのように、文明とは、基本的に人とは階層の違う生命体だと考えられることだ。</p>

<p>つまり、人間的な理解や直接的なコミュニケーションは不可能な存在なのね。</p>

<p>超生命体は、ある意味で本能的にしか動かない。</p>

<p>その本能的なものとは何かは、なかなかわからない。</p>

<p>とりあえずぼくは、今の文明超生命体の本能は、経済を活性化する事ではないかと考えている。まあ、別のもっと良い考えもあるかもだけど。</p>

<p>大局的に見ると、人間がやっているあらゆる事は、結果的に経済を活性化する。</p>

<p>一個の人間として、経済を活性化しない生き方は、かなり難しい。経済の活性化というのは、現代社会に生きる僕たちにとっては、ようするに浪費をすることなんだよね。</p>

<p>色々買い物したり、何かを体験して楽しんだり学んだりしちゃうことなどみんな浪費。なにしろ、日本人は動物としての生存に最低限必要なエネルギーの２０倍をいつも使っているんだから。</p>

<p>もっとマクロに、文明超生命体も、しょっちゅう経済の活性化＝浪費を行っている。</p>

<p>たとえば戦争がそうだ。</p>

<p>戦争は、国というローカルな観点では、経済的に大きなマイナスになったりするけど、すでにきちんとできあがっていたものをぶっ壊して、新しいものを作るわけだから、マクロな観点からは経済が活性化していないはずがない。</p>

<p>その武器を作るために働く人、戦場に赴き戦う人、破壊された町を復興する人、全ての人がそれらの行いによって食べていける。経済が活性化されている。</p>

<p>それから地球温暖化対策もそうだ。</p>

<p>温暖化対策というのも、すでにできあがっていたものを、より高率の良い物に取り替えたり、全く新しいもの（太陽光発電とか風力発電）を付け加えていく行為だから、経済は必ず活性化する。まあ、本質的には戦争がやっていることと同じ事を、ソフトに見せかけてやるだけだ。</p>

<p>結果として、地球温暖化対策をやればやるほど、炭酸ガス排出の絶対量は増えていく。エネルギー消費の効率は上がるだろうから、国とか企業とか家庭とかローカルには減るだろうけど、地球全体としては必ず増えるのよねん。</p>

<p>炭酸ガスの絶対量を増やさないためには、経済を不活性化するしかない。一切の浪費をやめるしかない。書物を投げ捨て、ファッションを諦め、機械に頼る生活を放棄して、今あるありとあらゆる文化的な活動を、ごく小さなものにシュリンクさせない限り、そういうことは起きない。つまり炭酸ガスを減らせば持続可能な社会がやってくるというのは、まったく欺瞞に充ちた、無意味なスローガンなのね。</p>

<p>まあ、炭酸ガスが今後増えようが、増えるペースが少なくなろうが、全く増えなかろうが、大局的に見て地球環境の変動は今後も、人為かそうでないかに関わらず、止まることはないので、そんなことは小さな話だ。</p>

<p>酷い物の見方だと思う人もいるだろうけど、これは現代文明超生命体の本能が、経済を活性化することじゃないかという認識からきた思いつきなのね。</p>

<p>その認識に基づいて、戦争や地球環境問題には、欺瞞が紛れ込みやすいと、用心することができる。</p>

<p>たとえば、中国の工場に脱硫装置などの環境対策を行うのは、地元住人の健康や、風下の日本への影響を軽減するためにも、やるべき事だと思う。耐用年数を越えたものから、より高率の良い物に置き換えていくのも、基本的には悪くはないだろう。</p>

<p>でも、炭酸ガスの排出権取引とかは、炭酸ガス排出量の地球全体での絶対値は増えるし、経済を回すか、他国の発展を牽制するという意味しかない。まだ使えるものを、効率が上がるからって、全く新しいものに取り替えようとするのも、かなり怪しげだ。そういう欺瞞は、たとえばバイオエタノールのように飢餓の危険を増幅して、やがて戦争の火種になる可能性もある。</p>

<p>個別の対策の何を選び何を拒否するかは、人間というレベルでは凄く大切なことであることは間違いない。無駄すぎる無駄に浪費することなく、適度な浪費を赦しながら高率を上げていけば、文明が自壊してしまうまで、時間の余裕が少しは増えるんじゃないかと思う。</p>

<p>今の僕たち、人間とか人類のレベルでやるべきことは、環境変動は避けられないというこの状況下で、いかに長く、戦争や暴動などを押さえられるかってことじゃないかと思う。</p>

<p>文明が地上に留まる限り、いつかは破綻する事は間違いないけれど、それを今すぐ諦めたりしないで、粘り強くそうならないように努力していくこと。そうすれば浮かぶ瀬もあるよ、きっと。</p>

<p>現代文明超生命体のふるまいを見ると、残念ながら今のところ、あまり宇宙へ向かって生まれ出ようとはしていないように感じられる。能力というか可能性はすでに整いつつあるとは思うけど、あまりその方向には動いていないみたい。</p>

<p>前にも書いたけど、第二次大戦以降、戦争に浪費された資金、資源、エネルギー、人的損失と同じ規模のものが宇宙へ使われていたら、人類は２０世紀のうちにスペースコロニーのひとつくらい作れていたと思う。</p>

<p>そうなっていないのは、経済を活性化するという本能の方向が、宇宙に向かずに、戦争とか、近頃は地球環境に向いているからだろう。</p>

<p>さて、それでは、現代文明超生命体が、宇宙へと産まれ出たくなるように仕向けるようにするにはどうしたらいいか。</p>

<p>その答えは、オレにはない。</p>

<p>何しろ超生命体の振る舞いは、その細胞である一個の人間にははかり知ることはできないし、コントロールができるかどうかも不明だ。</p>

<p>ただ、こういう物の見方にヒントを得てくれる人が多くなれば、何とかなるような気がしないでもない。そんなぼんやりとした思いはある。</p>

<p>きちがいじみているかな。まあそうではあるけれどね。</p>]]>

</content>
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<title>超生命体とは何か</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2008/03/post_130.html" />
<modified>2008-04-01T01:48:24Z</modified>
<issued>2008-03-31T19:51:48+09:00</issued>
<id>tag:www.blwisdom.com,2008:/blog/shikano//30.2924</id>
<created>2008-03-31T19:51:48Z</created>
<summary type="text/plain">前項までの２ちゃんねるやニコニコ動画の話をしたときに、「超生命体」という用語を使...</summary>
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<name>shikano</name>

<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.blwisdom.com/blog/shikano/">
<![CDATA[<p>前項までの２ちゃんねるやニコニコ動画の話をしたときに、「超生命体」という用語を使った。これはＳＦ用語でもあるけど、オレ流のアレンジもあるので、それがどんなものか、きちんと説明しておこうと思う。（前に書いた気もするけど、たぶん、知らない人のほうが多いと思うし、ちょっと詳しい目にかいてみたいので）</p>

<p>まず、超生命体を描いた古典的な傑作といえば、スタニス・ワフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』（早川書房版）または、『ソラリス』（国書刊行会版）だ。</p>

<p>この小説のＳＦ的キモは、ソラリスの海が理解不能な知性体だってことだ。</p>

<p>惑星ソラリスにある「海」はひとかたまりの生命体なんだけど、それ以前のＳＦが描いてきた、話せば通じるような宇宙人とは全然違う。この発想はなかったぜって感じで、ものすごく画期的なものだった。</p>

<p>明らかに知的に振る舞い、人間に色々ちょっかいを出してくるし、その知的レベルは人間以上としか思えない部分も多々あるのに、全体として意味がわからない。お互いの規模があまりに違うため、双方のコミュニケーションが不可能なのね。</p>

<p>１０代の頃にこの小説を読んだときは、そんな意味があるとは全く理解できなかった。でも、後にＴＲＯＮプロジェクトで有名な東大の坂村健さんが、今は無き「科学朝日」という雑誌で連載した『電脳都市』というコラムでこの点を明らかにしていて、なるほどそうだったのかと思ったのね。</p>

<p>電脳都市では、超生命体の事例として、Ｊ・Ｐ・ホーガンの『未来の二つの顔』を取り上げている。この小説も、いまでは古典なのかな？、絶対に読んで損のない知能テーマＳＦの傑作だ。</p>

<p>この中で登場するコンピュータ・ネットワーク人工知能「スパルタクス」は、全世界にばらまかれている無数のセンサを感覚入力とし、ドローン呼ばれる一種の作業用ロボットを手足のように使うことができる。</p>

<p>これも存在としての規模が、人間とあまりにも違うので、人間的な意思の疎通は全くできない。そして、人間はスパルタカスと、果たして折り合いをつけて共存できるかどうかが、あるスペースコロニーの中で実験されることになる。</p>

<p><br />
さて、それでオレ流のアレンジだけど、このような超生命体は、決してＳＦではなく、現実に存在しているのだというのがポイントなのね。</p>

<p>たとえばアリの中には、ハキリアリのようにキノコを栽培する（農耕）のがいたり、アリマキを飼育する（牧畜）ような、知的な振る舞いをするものが珍しくない。これらのアリは、何となく試行錯誤でそういう行動を行っているわけではなくて、どうみてもシステマチックな管理に基づいて、行動しているように見える。</p>

<p>でも、一匹のアリが持つ神経回路、知能の規模を考えると、これほど複雑な事ができるのは、不思議としか言いようがない。こんな単純な存在に、なぜこれほどのことができるのだろう。</p>

<p>その秘密は、アリの知性を一匹の存在レベルで見ずに、巣を単位として見てみると理解できると思う。アリは、アリどうしが、匂いなどの化学物質でコミュニケーションをしあって、全体がネットワークを構成している。そのネットワークという観点から見ると、実はかなり高度な知性を持てるんじゃないか。</p>

<p>考えてみると、一人の人間の肉体も無数の細胞から構成されていて、それらがホルモンなどの化学物質や神経によってコミュニケーションを行い、ネットワーク化されて、今のような存在になっている。</p>

<p>アリの場合、物理的には繋がっていないかも知れないけれど、巣という単位で見ると、実質的に、人とかも含む動物に匹敵する複雑さがあるんじゃないか。<br />
それこそが、アリの高度な振る舞いの秘密ではないか。</p>

<p>翻って、我々人類はどうだろうか。</p>

<p>まず、身の回りを見渡してみて欲しい。そこには無数の人工物があるはずだ。</p>

<p>そのありとあらゆる人工物は、どれ一つとして、自分一人でゼロから作り出すことはできない。それは、携帯電話とかコンピュータのような複雑な電子装置だけでなくて、割り箸でも机でも舗装道路でもビルでもなんでもそうだ。</p>

<p>割り箸くらい、木を取ってきて切ってやれば作れるよと思うかも知れないけど、そうじゃない。どんな木を使ったらいいのか、生木じゃダメなのは明らかだけど、どうしたらああいう乾燥した状態にできるか、そのための道具、のこぎりやナイフは一体どうやって作るのか。道具を作るための金属はどこから取ってきて、どのように加工するのか……なんて考えはじめると、実際にはムリだとわかる。</p>

<p>その全貌を、一人の人間が全て把握できるかというと、まあ実質的に不可能だ。また、知識として把握できたとしても、それを一人で現実に形にすること（鉱石を採ってきて製錬して加工してなどのプロセス）は全く不可能だ。こういうと、ムキになってやり遂げる人が出てくるかも知れないけど、それに一生を捧げるくらいの努力をしないと、割り箸一本作れないんじゃないかな。</p>

<p>つまり、僕たちの身の回りに存在するありとあらゆる人工物は、一個の人間の知性と能力を遙かに超えた存在なのね。</p>

<p>これらのものは、ちっぽけな人間の知性や能力では、決して作れるはずのないもの。普段は気づかないかも知れないけれど、ぼくたちは、そういう無数の奇跡に取り囲まれながら、生活しているわけだ。</p>

<p>なぜそんな奇跡が起きているのか。それは、アリとアリの巣の関係と同じように実現されているのだろう。一個の人間は極めて単純で取るに足りないもののように見えるけど、文明という集団で見ると、遙かに高度に知的な振る舞いが起きている。</p>

<p>このことを、ぼくは、文明という超生命体現象だと考えている。</p>

<p>そして、現代文明という超生命体は、歴史上、いまだかつて無いレベルに高度化していて、かけがえのないものだと思う。さらに今という時代は、この文明超生命体が、宇宙へ産まれ出でることができるかどうかの境目にきている。</p>

<p>この地球で、文明という超生命体は、歴史的に勃興と衰滅を繰り返してきた。</p>

<p>その基本パターンは、新たに創発された能力によって、手近にあるエネルギー資源をがんがん摂取して巨大化していくけど、やがて手近な環境を汚染し、その文明が持つ能力で摂取できるエネルギー・資源を取り尽くして、自壊していくというもの。</p>

<p>たとえば、かつては肥沃な三角地帯といわれ、文明超生命体が栄華を誇った場所は、いまでは砂漠地帯として知られている。それは文明生命体が一時の栄華を誇って、やがて滅んでいった傷跡だ。</p>

<p>（まあ、この環境破壊の責任の全てが、文明超生命体にあるわけでもないと思うけどね。文明超生命体の振る舞いとは無関係に、地球全体の気候変動の影響のほうが大きいのかもしれない）</p>

<p>この轍を、現代文明生命体には踏ませたくない。と、オレは思っている。</p>

<p>なぜなら、宇宙へと産まれ出でられるレベルにまで達した超生命体は、現代文明が最初であり、おそらく最後だからだ。宇宙へ出られるチャンスは一回こっきりなのね。</p>

<p>すでに現代文明を駆動しているエネルギー資源は、高度な技術がなければ得られなくなっている。</p>

<p>現代文明超生命体を養っている最も大きな「栄養素」は石油だ。</p>

<p>石油は液体で取り扱いが便利だし、輸送も楽。石炭ほど不純物がないので低コストで安全に利用できる。さらにプラスチックなど、現代文明を支える重要な物質の原料でもある。</p>

<p>ところが石油はすでに、掘れば自噴してくるようなものは取り尽くされていて、深い地の底から高度なテクノロジーを使って絞り出さなければ、採ることができなくなっている。そのテクノロジーは、今も年を追うごとに高度化されていて、その進歩なしには必要な採掘量を満たすことはできなくなっている。</p>

<p>だから、現代文明が維持される限り、石油の枯渇はなかなかおきないだろうけど、文明が崩壊してしまったら話は別だ。いったん石油採掘の高度なテクノロジーが失われたら、同じハイレベルの技術を復活させることは、後の文明には不可能なのね。</p>

<p>高いところに上がるためのはしごが無くなっちゃって、だけどはしごを作るのに必要な材料は高いところにしかないという状態になってしまう。</p>

<p>エネルギーというだけなら、石炭はまだ、比較的ローテクでも、無尽蔵といっても良いくらい存在する。でも、石炭には硫黄などの不純物がものすごく多くて、クリーンに使おうとすると、今でさえかなり難しい。</p>

<p>輸送もしにくいし、プラスチックの原料にもならない。高度な技術を用いれば、液化したりプラスチック化することもできるけど、それは今か、今以上の文明レベルでなければできないので、いったん現代文明が崩壊した後、そのレベルにたどり着くのは至難の業だと思う。</p>

<p>一方で、現代文明は一歩間違うと自壊しかねないほど、爛熟しきっているように思える。これからの５０年～１００年の判断が、文明超生命体の先行きを決定づけると思う。</p>

<p>最悪のシナリオは、現代文明が宇宙へ産まれ出る選択をしないことだ。胎児である現代文明が、流産してしまうことだ。</p>

<p>これからの時代、環境変動がもとで、大規模な農産物の不作が繰り返し起きるようになるだろう。その対策を誤ると、国家間の紛争や国内の政情不安定が頻発するようになる。そして、破壊や暴動によって、現代文明を支えているキーテクノロジーの数々が、少しずつだろうけど、取り返しの付かない形で失われていく。超生命体を構成していた細胞や臓器が、ぐずぐずと崩れ去っていく。</p>

<p>その結果、現代文明超生命体は、宇宙へ産まれ出るチャンスを失い、流産する。そのとき人類はどうなるだろうか。</p>

<p>人類は滅びない。まあ、数百年くらいの間はひどい戦乱にまみれて、人口が１０億人くらいにまで減るだろうけど、その後は、昔ながらのそれなりの生活に戻るだろう。あちこちで小規模な文明生命体が生まれては滅びる、人類史的な意味での日常の姿に戻るだけだ。</p>

<p>原爆・水爆とかも多少は使って、汚染地帯とかもできたりするだろうけど、そんなのは人類史的な観点からすると小さな話だ。メンテされない原水爆は数百年もすればほとんど使えなくなるし、汚染地帯だってその時代の人々は平気で住むようになる。要は慣れだ。実際、チェルノブイリは今、人が入ってこないので、野生動物のサンクチャリになっているしね。</p>

<p>そこに生きる一個の人間たちは、今の僕たちと全く同じように、喜びも哀しみも怒りも楽しみも同じように感じながら人生を生きていくはずだ。まあ、人類がかつて神のごとき力と栄華を誇っていたことを、懐かしく、もの悲しく思い出すことはあるかも知れないけれど。</p>

<p>そしていつか、かつて恐竜を滅ぼした、地球にとってはごま粒みたい隕石の衝突とかのつまらないことで、あっさりと滅んでしまうのだろう。</p>

<p>ＳＦ的な物の見方をしない人なら、まあそれで良いじゃんって思うかもしれない。でも、オレは根がＳＦなので、ここまで奇跡的に育った、現代文明超生命体を殺してしまうのは、あまりにもったいない感じがするんだよ。</p>

<p>現代文明がこれほどの力をもつことができているのは、究極的には人口が多いからだ。人口が多い故に、宇宙に達することが可能で、同時に環境問題も引き起こしている。</p>

<p>そしてこれほど人口が増えられたのは、ハーバー法の発明によって、空気中の窒素を有機物に変えられるようになったから。それが農業生産を上げている最も大きな要素で、緑の革命とかの品種改良も、それがあったから力を発揮したわけね。つまり現代人のたぶん８割くらいは、石油をエネルギーに、空気から変換されて生まれている。だから、石油があまり使えなくなれば、その数は自ずと減っていき、二度と増えることはない。</p>

<p>現代文明超生命体が宇宙に生まれ出でて、地球との臍の緒が切れれば、つまり宇宙にある資源だけで増殖、再生産できるようになれば、今考えられるどんな宇宙的な災厄にも耐えられるだろう。まあ、その宇宙文明生命体を構成する細胞は、もはや人類ではなく、人類とはかなり姿が変わった、人類の子孫たちだろうけどね。<br />
</p>]]>

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<title>明後日の男</title>
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<modified>2008-03-06T15:10:24Z</modified>
<issued>2008-03-06T11:54:15+09:00</issued>
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<email>shikano_contact@sw.nec.co.jp</email>
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<![CDATA[<p>野尻さんや木全さんのご意見とも関係するけど、この記事が凄く面白い。</p>

<p><a href="http://sankei.jp.msn.com/economy/it/080305/its0803051932001-n1.htm">ニコニコ動画は“あさって”の方向へ…新バージョン「ＳＰ１」</a></p>

<p>ひろゆきさんとは、いうまでもなく２ちゃんねるやニコニコ動画の管理人さんだけど、彼はニコニコ動画の未来についてこんなことを言っている。<br />
-----<br />
「高画質化とか動画広告の挿入とか、動画ビジネスの“明日”はYouTubeやDailymotionとか他サービスに任せて、ニコニコ動画はあさっての方向を目指す」 <br />
-----</p>

<p>すばらしい。</p>

<p>日本では、なぜグーグルの創設者や、アップルのスティーブ・ジョブスのような凄い才能が産まれないのか、なんて話を聞くけど、ちゃんといるじゃん。ひろゆきさんは、まさにそれに匹敵する凄い才能の持ち主だよ。</p>

<p>ところが、日本では、わりとものがわかっている人でも、彼のことを犯罪者というか、捕まっていないホリエモンみたいなものとしか思っていないのねん。</p>

<p>２ちゃんねるや、ニコニコ動画は、これまでになかったものすごい創造空間だ。<br />
人々が様々に交流しあって創り出している多様な作品群は、誰の予想をも超えているかんじ。<br />
まさしく超生命体の活動だと思う。</p>

<p>前エントリのコメントで、木全さんが、企業内のデザイナーは、昔からずっと匿名でお互いに協力し合って創作してきたと書いていらして、それは非常に面白い指摘だと思う。（匿名性と言うより無名性といったほうがしっくりくるかもだけど）</p>

<p>でも、２ちゃんねるやニコニコ動画は、ほとんど見知らぬ人たちが、企業的な方向付けもないのに、お互いに協力し合って、クリエイティブな作業に嬉々として取り組み、そしてすごい作品が生まれている。それは企業内のクリエイティビティとは根本的に違う、全く新しい動きだと思う。</p>

<p>なんでこんなことが起きるのだろう。</p>

<p>ソフトウェアってのは、これまで、なるべく人に頼らず、自分でなんでもできるようになりたいっていう方向付けて作られてきたフシがある。</p>

<p>その結果、人々は、いちいち協力しなくてもかなりのことができるようになった。<br />
でも、副作用として、ばらばらに分断され、一人あたりの作業量も大変になった。</p>

<p>それは、西洋の持つ個人主義的なモチベーションが、無意識に反映された結果じゃないかと思う。</p>

<p>でも、２ちゃんねるやニコ動は、それとは違う、人と人とを結びつけることを指向する、東洋的なモチベーションを持っている。</p>

<p>だから、２ちゃんねるやニコ動からは、あれほどクリエイティビティがある動きが出てくるんだと思う。</p>

<p>ニコニコ動画を初めて見たとき、同じ映像を見てみんながコメントを付けて盛り上がるのは、ロッキー・ホラーショーみたいな感覚だなって思った。擬似的ではあるけど、他人と同じものを見て盛り上がる一体感は、凄く面白い。そして、擬似的な一体感を経由して、多くの人たちが、これまで忘れていた協力し合うことを再発見しているんじゃないかな。</p>

<p>そういうことが起きるには、匿名性（無名性）を確保したり、過度に厳しい著作権の縛りを無視することは、絶対に必要なことなのだと思う。</p>

<p>それは、お行儀のいい人たちからすれば、無法であり違法であるには違いないのだけれど。でも、法とは本来、硬直的なものであってはならないわけで、こういう新しい存在に応じて、柔軟に変えていこうという考え方のほうがぼくは好きだな。</p>

<p>あと、そんなのLinuxコミュニティとかでは昔からあったよって思う人もいるかもしれない。たしかにそれと似ている部分はあるとおもうけど、やっぱり２ちゃんねるやニコニコ動画は、これからどんなふうに成長していくか予想できない、全く独創的なものというほうが正しいような気がする。</p>

<p>日本人はどういうわけか、日本人の独創性を無視しがちなところがある。<br />
それに、ひろゆきさんはしばしば挑戦的な言動というか、悪ぶる感じでいろいろな発言をするから、快く思わない人がいるのは、まあしょうがない。</p>

<p>でも、人々を分断する方向を向いていたこれまでにソフトウェアとは違った、人々を結びつける方向のソフトウェアの可能性を示している功績は、ものすごく大きいと思うんだよね。<br />
</p>]]>

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