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2008/05/31

神経学的マイノリティについて

前のエントリーに出て来た、自閉圏とか神経学的マイノリティについて、ちょっと書いておこう。

自閉圏の人とは、広汎性発達障害(PDD)とか、アスペルガーとか、高機能自閉とかいう名前で分類される人たちのことをいう。

ADHD(注意欠陥・多動障害)やLD(学習障害)の人も含めて、軽度発達障害と呼ばれることもあるし、オレ的には神経学的マイノリティと言う事が多いかな。

それは、こういう人たちが、治療対象にすべき「病気」ではないからで、だから一般的な用語である自閉症という言葉もほとんど使わないようにしているし、障害という言葉もなんかきつい感じがするのよねん。

これらの言葉は厳密に定義できるものではないし、ほとんど気まぐれと言っても良い診断基準の変更によって、内容が変化したりもする。

診断名とは、現実的には、社会生活をする上で不都合が多い人が、なんらかの援助をうけうるときに必要なものにすぎないという側面が大きい。

また、これは軽度発達障害全体に言えることだけど、一つの診断名でまとめられる人たちが、同じ原因で、同じ神経学回路の不具合を抱えているわけでもない。

現代の精神医学の診断基準は、見かけ上、これとこれとこの症状が揃っているから、この疾患というやり方で、内部メカニズムについては全くと言って良いほど考慮していない。

なぜなら、それはわからないから。だから、同じ診断名を持つ人でも、原因が全く違うことは大いにあり得るし、それを示唆する研究も多数ある。

自閉症スペクトラムという言葉があって、これは自閉症の人は非常に個性が強くて、一言で言い表せるような物ではなく、スペクトルのように広がっているというような意味だ。これはまあその通りだけど、これだけでは不十分だと思う。

なぜなら、そのスペクトルは、自閉症という特別な人たちの中にだけあるのではなくて、神経学的多数派の人たちまでずっと連続しているからだ。また、これは軽度発達障害という人たち全体についても同じだ。

診断されていなくても、自閉圏の特徴を備えた人は社会の中にたくさんいる。
学者には多いし、クリエイティブな人、おたく系の人にも多い。

それらの人は、人付き合いについてなんらかの不都合を感じながら、まあしかし、人生ってこんなものかと思いつつ、どうにかこうにか日常を過ごしている。

神経学的マイノリティの特徴は、色盲の人とか左利きの人にたとえることができる。

色盲というのも実は色々なタイプがあるのだけど、ある人は緑と赤の区別がつきにくい。ところが、ベージュ色系の微妙な違いは、一般人より遙かに詳細に区別が付けられる。色の区別が全くつかないタイプの人は、カモフラージュされた戦車などを容易に見つけられるので、第二次大戦中はそのような任務に就いた人もいたらしい。

ただ、それらの人も、多数派の一般人の中では、色々と生きづらい部分がある。
たとえば、LEDの信号の赤と緑は、当初は色盲の人には見分けがつかなかった。
LEDの単色光だと、彼らには全く区別ができないのね。そこで今では、微妙に波長のちがうLEDを混ぜて、マイノリティの人にも見やすくしている。

これはつまり、マジョリティの人には、マイノリティの人がそんな不便を被っているなんて、ほとんど想像外で、気づきにくいということでもある。

左利きの人の不便は、左手でハサミを使ってみると真っ直ぐ切れないことでわかるけど、普通はなかなか気づかない。でも、そういう一見小さな不便の影響のせいか、左利きの人の平均寿命は、右利きの人より短いらしい。

それと同様に、神経学的マイノリティの人も、神経学的な機能が障害されていて、なにかがわからない。なにかができない。そのために、マジョリティの人にはなかなか気づけない不便を被っている。

また、神経学的なマイノリティの当事者も、自分は、なんでみんながわかることがわからないのだろうか、できることができないのだろうかと、悩む事が多い。

また、どちらかというと神経学的多数派に入る人も、こどものころは少数派的な特徴をある程度持っているのが普通で、幼い頃は両者の区別はあまりつかない。

マイノリティもマジョリティと同じように、年齢を重ねれば成長するので、弱点を補って目立たなくする方法を身につけていくことが多い。

それは、大人になってから英語を身につけるのに似ている。発音はネイティブに及ばないかも知れないし、ニュアンスを伝えるのも難しいだろうけど、だいたいの用は足りるようになることはできる。

神経学的マイノリティの中でも、自閉圏の人は、他者の心を読むのが不得意な人が多い。また、とくに抽象的な言葉だと、同じ言葉が、同じ意味を表さないことも多い。

たとえば、火星の人類学者といわれるテンプル・グランディンは、自分を動物行動学者といっていて、アメリカの大半の大手ファーストフード・チェーン(マクドナルドとか)の食肉工場の設計をしている。

彼女は人の心は直感的に理解できないが、動物の心を理解することはできて、動物たちがおびえずに屠畜されるように「人道的」な食肉加工工場を設計できる。企業にとっては、従来の工場のように、突然家畜が暴れ出して手こずる事が無くなって、非常に都合が良いので、彼女の設計が全米で採用されるワケね。

ここで、彼女のいう「人道的」な屠畜という言葉に、多数派の人はなにか奇妙な感じを持ったんじゃないかと思う。殺生するのに人道的なんて、なんかヘンじゃない?ってね。

でも、彼女はたぶん、皮肉でもなんでもなく、心底そうだと信じていると思う。こういう言葉の感覚のずれが、自閉圏の人にはある。

これはオレ様理論だけど、おそらく自閉圏の人は、発達段階の非常に早い段階で、多数派の人には容易にできる、親子が同じものに注意を向けるメカニズム(共同注意)が障害されていた結果、起きてくる物ではないかと思う。

言語の学習や、心の理論の理解(空気を読む力)は、親子が同じものに注意しながら、何万回何千万回のやりとりのループのなかで、徐々に発達するもののはずだ。そのループが初期にうまくできないことが、マイノリティを形作る。

もちろん、そういう共同注意的なしくみは一通りではなく、多数あって、その障害のされ方、発達の進み具合の順序パターン、原因もいろいろあり得る。

ただ、結果として、多数派なら自然に、この言葉はこれだよね、この行為はこれだよね、という合意ができるところにずれが生じる。

このずれは、人付き合いをするときには、相手から誤解されることもあるし、自分が相手を誤解してしまう原因にもなる。

ただ、それはユニークな発想にも繋がる。グラハム・ベルや、チューリングやニコラ・テスラは、伝記を読むとあきらかに自閉圏の人で、ネットワークやコンピュータや電力は、彼らの多数派の人が思いもしない発想から生まれてきたものだ。

多数派の人は、とかく人の気持ちがわからないのはダメだと言いがちだけど、空気が読めてしまうがために、無意識になにかに盲いてしまうことも多々ある。

たとえば、コロンブスの卵の逸話では、誰もが空気を読んでしまい、卵を割って立てるというアイデアに到達できない。それはしちゃいけないんじゃないのという、無意識のしばりがあるわけね。

神経学的マイノリティの人は、自分がそうだという自覚をもっていたほうが、生きるのは楽になる。

なんでみんながわかること、できることができないのか思い悩んでいるのは辛いけど、自分の弱点はこれのせいかと理解できれば、それを補う方法を自分で工夫する勇気がわいてくるからね。

まわりの人も、その人が神経学的マイノリティであることを理解していると、この人には、こういう言い方だと理解しにくいかなとか工夫できて、あらぬ誤解を生まなくてすんだりする。

アスペルガーの翻訳者、ニキ・リンコさんの著作を読むと、へえー、こういう事がわからないのかと、いろいろわかって面白い。おすすめ。

ちなみにオレはADHDで、30年遅く産まれていたら、確実にそう診断されてた。
今でも、オレは非常に落ち着きが無くて、オレを知っている人なら、オレがいつもくねくねしているのをごらんになっていると思うけど、オレにはその意識が全くないのだ。じっとしてないから、講演とか聴いていると、時々隣の知らない人に怒られちゃうんだよね、今でも。(´・ω・`)
まあしかし、それがオレなのだ。そのくねくねがオレなのだ。

最終更新時間 2008年05月31日 08:22

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