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2007/10/30

再録 2001年に考える「2001年宇宙の旅」 その1(類い稀な科学考証)

 以前、ハヤカワ書房のwebサイトに、『2001年に考える「2001年宇宙の旅」』という文章を乗っけていたんだけど、知らない間になくなってた。なんだよー。しーらーせーてーよー。(´・ω・`)

 何で気がついたかというと、どこだったかのweb記事の紹介サイトで、真空で人間はどれくらい生きのびられるかに関する記事へのリンクが乗ってたのね。で、何か面白い情報はあるかなあと思ってそれをたどると、記事の内容はオレの知っていることだけでした。で、その記事の最後を見たら、オレの『2001年に考える「2001年宇宙の旅」』へのリンクが張ってあったのね。なんだ、それじゃ新しい話がなくてもしょうがないかと思って、ハヤカワのページに飛ぼうとしたらリンク切れになっていて、しかも検索してもどこにもないって事がわかったのでした。まあ、気づいたのも結構前なんだけど、ずっと忘れてた。

で、せっかくweb上にあった記事が読めなくなっているのは悲しいので、ここにその『2001年に考える「2001年宇宙の旅」』を再録しときます。ただ元原稿からの再録だから、ハヤカワ版とは見出しとかちょっと違うかも。つーか毎回のタイトルはオレがつけたんでないので、どうなってたかわからん。

●第一回

 映画版『2001年宇宙の旅』で表現された月の地形は、ホンモノの月の景色よりもずっとギザギザだ。それに、作中に登場する木星の姿は、地球上の望遠鏡から見たのと同じ、ボンヤリ霞んだ曖昧な姿でしかない。

 でも、それは、無理もないことだった。

 なぜなら、アーサー・C・クラークが『3001年終局への旅』の後書きで書いているように、この映画の撮影がはじまった1965年末の時点では、人類はまだ月の表面近くから見た月の姿がどんなものなのか、まるで知らなかったのだ。

 この年は、アポロ計画は始まっていたものの、まだアポロ1号(1967年打ち上げ予定)以前の、地球周回軌道上でのドッキングや船外活動の実証(ジェミニ計画)の段階だった。

 月そのものへの探査機は1959年以来いくつも飛んではいたけれど(打ち上げは58年にも4回あったけど全部失敗した)、それらはただ月のそばをかすめて飛んだり、月面に激突させるタイプのものばかりで、しかも死屍累々。計画の3分の2くらいは失敗していた。

 実際に、ルナ・オービターやサーベイヤーなどの無人探査機が、月の周回軌道に入ることができたり、月面軟着陸に成功するようになったのは、1966年以降のことだった。

 木星表面も、1979年にボイジャー1号から送信された映像を見るまで、まさかあれほど美しい縞模様と渦巻きで彩られているなんて、誰も想像もしなかった。もちろん、1983年の映画『2010年宇宙の旅』には間にあったわけだけど、あのボイジャーの映像を初めて目にしたときは、本当に感動したよなあ。こんなにセンス・オブ・ワンダーに満ちた景色が見られるんなら、木星までぜひ行ってみたいとウズウズしちゃったものだ。

 今、現実の2001年がやってきて、あらためてキューブリックの映画を見直してみると、この32年という時間の変化の大きさをありありと感じる。ダラダラ生きててあまり気がつかなかったけれど、その間に科学は予想もしなかった発見を行い、技術は予想もしなかった方向へ発展し、いつの間にか世界に対する認識も大きく変化していたんだよね。

 思えば、パンナムはなくなり、ベルテレホンはルーセントテクノロジーになっちゃったわけだし(ちゅーか、AT&Tが分割民営化されてベル研究所がルーセントテクノロジーの所属になったのだけど)、ソ連も今や存在しない。巨大コンピュータはパソコンとインターネットに取って代わられ、人工冬眠も、宇宙開発も、人工知能も、あの映画に描かれたような姿にはなっていない。

 2001年宇宙の旅は、映画史上、もっとも科学的な正確さにこだわって作られた作品といわれている。

 たとえば、ボーマン船長がスペース・ポッドの扉を爆破して、ディスカバリー号のエアロックに飛び込むシーンは、真空でのできごとだからという理由で、一切の音がない。

 普通の映画だったら、こういう演出はちょっと考えられないよね。スターウォーズもスタトレも、宇宙での爆発は派手な音響つきだし、宇宙船が爆音をたてて飛んだり、真空で散乱はないはずなのにビーム光線まで見えてしまう。もちろん、そのほうが迫力があって、観客も手に汗握るのだから、エンターテインメントとしては正解のわけだ。

 それに、2001年のすべてのシーンが、科学的に正確というわけでもない。

 ディスカバリーの航行シーンでは、星が動いて見えるし、光の当たっていない側の船体も見えている。科学的な正確性を優先するなら、星は静止したままのはずだし、直接光の当たらない部分は、真空で光の散乱はないのだから、真っ黒にしなければならない。

 ただ、この映画の場合、キューブリックやクラークは、そのことをはっきり知っていた。

 星を動かさなければディスカバリーは飛行中には見えないし、コントラストを強くしすぎると、造形的に何かわからなくなる。映像として成立させるためには、どうしてもこのあたりを妥協せざるを得なくて、それでしぶしぶ科学的な正確さをあきらめたのだ。

 古手のSFファンなら、2001年の間違いを探して遊んだ事があるかもしれない。

 たとえばフロイド博士が、宇宙ステーションから月へ向かう途中で、宇宙食を飲むシーンがある。今みると、あれをお盆ごと吸うかあ?って感じだけど、まあそれはよしとしよう。このとき、ストローから口を離すと、液体がすうっと下がるのがみえる。それは重力がないのにおかしいじゃないか、いやいや、あれは陰圧がかかっているから吸い込まれるので、重力とは関係ないんだよ……。

 そういうツッコミができるのも、この作品が本気で科学に忠実であろうとしたからだ。

 もちろん、映画に科学的な正確さは全く必要ない。でも、そこをあえて、ギリギリのところまで科学的であろうとした事が、この作品の表現に、他に類を見ない独特の個性を与えている。それが、この映画を不朽の名作とした、大きな要因の一つじゃないだろうか。

 また、それだけに、作品の中に描かれた科学や技術を、現代の現実と比べる事で、もうひと味おもしろさを味わえる。映画と現実の差異を通して、いろいろなものが見えてくる。ちゅうわけで、これからそのあたりのことを考察していきたい。

 さて、2001年宇宙の旅の世界では、21世紀の初頭にはすでに、地球周回軌道上にかなり大きな宇宙ステーションがあり、商業シャトルの定期便らしきものも運行している。月面にも複数の基地があって、専門家たちが常駐しているようだ。また、原子力ロケットを使って、1年8ヶ月ほどで木星に到達するテクノロジーも存在している。

 現状はもちろん、その姿からほど遠い。

 でも、60年代当時の雰囲気からすると、これは決してあり得ない未来じゃなかった。
 アメリカでアポロ計画がスタートしたのは、1961年のこと。ケネディ大統領の「60年代が終わるまでに、我々は月に行くだろう」という宣言に始まり、その目標は映画が公開された翌年の、69年7月21日に達成された。

 ケネディの宣言当時、人類はまだ月の事も宇宙の事も、ほとんど何も知らないに等しかった。月面の様子はもちろん、真空、無重量で放射線レベルも高い宇宙で、宇宙船のシステムがうまく動作するかどうか、その過酷な環境で人間を健康なまま生かし続ける事ができるかどうか、そういうことさえ一切解っていなかった。今から思えば、ケネディの宣言はかなり無謀なものだったわけだ。

 アポロ計画は、冷戦構造という狂気を駆動力として、300 億ドルもの大金(当時のレートで10兆円以上。当時の日本の国家予算は7兆円)を注ぎ込んで、今なら絶対に許されない危険をいくつも犯しながら、性急に進められた。しかし、それにも関らず、達成されたことは、とてつもなく素晴らしい。

アポロ計画は、人間というものの愚かさも素晴らしさも全てをひっくるめ、濃縮し、増幅して、圧倒的な形で結実させた、未曾有の出来事だった。もし、あの情熱のままに宇宙開発が続いていれば、確かに2001年には、木星に有人宇宙船を送るくらいのことはできたろう。(余談だけど、ガンダムにでてくるようなスペースコロニーの構想を1971年に発表したプリンストン大学のオニールは、当初1980年代には10万人規模の居住が可能なコロニー島一号の建設が始まるとまでいっていた)

 しかし、現実にはアポロ計画の終了後、宇宙関連の予算は大幅に縮小され、人類はほとんど地上から離れられなくなってしまった。

 2001年に登場する宇宙ステーションは、かなり高い軌道にあるようだ。フロイド博士が宇宙ステーションから地球へテレビ電話をかけるとき、窓の外に地球が見えている。あの地球の視野角を30度くらいだとすると、ステーションの高度は1万1千キロくらいだろう。

 一方、現在建設中の国際宇宙ステーションは、高度400 キロの低軌道を周回する。なぜこの軌道かというと、これはスペースシャトルで到達できる高度の上限なのだ。

 1972年にアポロ計画が終了して以来、30年近くの間、生身の人間はスペースシャトルが到達可能な低軌道より上に行ったことはない。これは、地球を直径1メートルの球とすると、わずか3センチだ。地球表面からちょこっと上がったくらいで、そこを宇宙と呼ぶのはおこがましいってもんだ。

 アポロによって、月面着陸が達成されたことで、人々は狂気から中途半端に目覚めてしまった。はっ、俺たちはなんてバカなことをしていたんだ……。それが映画と現実のギャップを生んだ、何よりの原因だろう。

 今再び、人類の目をあれほどの熱狂でもって宇宙に向けさせるには、別の種類の狂気が必要かも知れない。それはいったいどんなものか、実はぼくには答えがあるのだけれど、あまりにダサいので、ここでは言わないでおくことにしよう。

最終更新時間 2007年10月30日 08:51

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 あの記事なくなちゃったんですね…
 偶々手元に落してあったので、各回のタイトル挙げておきます。
第一回 化学的に正確?
第二回 真空中のボーマン
第三回 人工冬眠の秘密
第四回 人工知能の反乱
最終回 HALと『A.I.』―キューブリックの不信感

投稿者 通りすがり : 2007年10月31日 10:24

わざわざありがとう。

一回目の化学は、もとがそうなってたんだろうけど、科学だよな。

投稿者 鹿野 司 : 2007年11月01日 10:04

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