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2007/09/30

自閉者のこころの世界

 自閉者の著した自伝は、異星人とのコミュニケーションに興味がある人なら、絶対に読んで損はない。

 たとえば、大人になってからアスペルガーと診断された翻訳家、ニキ・リンコさんの『俺ルール!』(花風社)などの著作や、動物行動学者で、火星の人類学者とも呼ばれるテンプル・グランディンの『我、自閉症に生まれて』(学習研究社)や『動物感覚』(NHK出版)などはどれも非常に面白い。

 たとえばニキ・リンコさんは、A=Bは理解できてもB=Aは理解しにくいという。

 これは、イルカやチンパンジーの認知世界と似ている。
 彼らも、後ろ向きの推論が難しいのだ。
 
 具体的にはどうなるのか。

 植物には、水が必要だ。それは理解できる。そして水やりの当番を任されたとする。

 自閉者はまじめなので、きちんと毎日水やりをする。しかし、土砂降りの雨の中でも、水をあげてしまうのだ。水をあげるのは、植物が必要としているからだという、後ろ向きの推論が難しくて、雨が降っていれば水をやらなくても良いとは思いつけない。

 それで先生に怒鳴られてしまう。

 この怒鳴られたというのも、自閉者独特の解釈だろう。雨の日にずぶ濡れで植木に水やりをする子を、意味もなく怒鳴りつける教師なんて、存在するわけがない。おそらく教師は、風邪などを引くことを心配し、なぜこんな無駄なことをするのかも理解できなくて、若干のいらだちを交えて注意したのだろう。

 その意味、先生の情緒の動きは、定型発達の人なら直感的に理解できるはずだ。しかし、自閉者にはそれがわからず、意味もなく怒鳴られたと解釈されてしまったように思う。

 で、怒鳴られた結果、ニキさんは、雨の日は水をやらなくていいというルールを覚えたという。

 そして、次に雨が降りはじめると、ああ、今日は水をやらなくて良いのねと思って、室内にある植木にも水をやらずに帰ってしまう。サボりだといわれてしかられる……。

 (実際には、こういった定型の人には想像しにくい考え方というのは、後ろ向きの推論が難しいということだけでは成立しないと思うけど、それについてはちょっと長くなるので、また別のコラムで触れることにする。) 

 また、アスペルガーの動物行動学者、火星の人類学者こと、テンプル・グランディンは、定型の人には不可能なレベルで、動物の心理を読むことができる。

 彼女は家畜の心理の専門家で、今ではアメリカの大手ファーストフードチェーン、マクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどの食肉工場の大半が、彼女の設計によるものだという。

 彼女は人道的なと畜という考え方で、工場を設計する。
 ここで、定型発達の人は、と畜が人道的?と奇妙な感じを抱くと思うけど、そういうある意味「奇妙な」発想ができるのは、彼女がアスペルガーであるためだ。

 動物たちは、定型の人間には感じ取れない、見えているようでも無意識にスルーしてしまう様々な刺激に敏感に反応して、おびえて立ちすくんだり暴れてしまう。従来は、そのような家畜を、棒で殴ったりして暴力的にコントロールしようとしていたわけだけど、効率は悪く、行為としても、とても人道的とは言えない代物だった。
 
 しかし、テンプル・グランディンは、家畜たちと同じように周りの刺激を感じ取ることが出来、家畜たちの不安を理解できるので、そのようなものを感じず、安心してと畜場までいけるように工場を設計できる。

 家畜たちに必要以上の不安や暴力を与えない。それが彼女の言う、人道的ということだ。そして、彼女の設計した工場によって、結果として生産効率も上がるわけで、ビジネスとしても優れた設計といえる。

 家畜は最初からと畜され人に食べられる存在なのだから、このような「人道的」な工場の設計は、論理的に考えて、家畜たちの不幸を最小に抑えるものということができる。そこに論理の間違いはない。

 でも、多くの定型の人は、情緒的な反応として、そうはいっても何か奇妙な、心理的な煮えきらなさというか、わだかまりのようなものを感じてしまうんじゃないかな。そして、そのようなわだかまりを感じてしまうがゆえに、テンプル・グランディンのように発想し、効率の良い工場を設計することも難しい。

 このギャップが、定型発達の人と、自閉者との違いのひとつなんだよね。

 家畜の心については非常に深い洞察ができる彼女も、しかし、人の心については謎が多いそうだ。

 「火星の人類学者」というのは、彼女自身は火星人で、火星からやってきて人間を人類学者として観察しているんだけど、奥が深くてよく解らんという比喩のことで、これは脳科学者のオリバー・サックスによる命名だ。

 ただ、客観的に見ると、彼女も、年を経るほど、他者の心への理解は深まっているように思える。何しろ彼女は、今では多くの公演をこなし、聴衆を笑わせることもできるのだ。

 これは、大人になってからでも外国語が学べるのと同じことだろう。

 テンプル・グランディンのもつ心の理論は、日本人が流ちょうな英語の発音ができないのと同じような感じで、「ネイティブな発音」ではない事は間違いないだろうけど、必要十分なコミュニケーションが可能なレベルにまで成長しているし、これからも成長を続けるだろう。

 思い返してみると、スタトレのデータは、理想の環境で療育された自閉者そのものだ。そして兄のローアは、理解されない環境で育ったため不幸にも二次障害に陥ってしまった姿にも見える。

 様々な個性と文化を受容し、その成長の美しさを見せてくれる。スタトレの良さは、そういうところにもあるのだと思うんだな。

最終更新時間 2007年09月30日 22:46

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