タミフル問題のこと。濱六郎あなどりがたし(その1)
今年の5月20日のこと。
日本薬剤疫学会主催で「インフルエンザ罹患後の異常行動と薬剤疫学」という特別シンポジウムが開催されたので、見物してきました。
この内容はビデオ撮影されていて、それが今月になって見られるようになったので、改めて、その時のぼくの感じた、主観的な印象を紹介したいと思います。
つまり、これはあくまでぼくの主観にすぎないので、このブログを読んでくれている人たちも、それを鵜呑みにすることなく、できればこのビデオを見て、実際どういう経過だったかを確認してみてちょ。
さて、タミフルが異常行動を引き起こす薬として、マスコミで大きく取り上げられ、薬害訴訟問題にまでなりかねない状態になっていることはみなさん御存知の通り。
ひょっとして、タミフルは怖い薬だから、飲んじゃダメと思ってしまった人も多いんじゃないだろうか。
このマスコミ報道の、理論的支柱となっているのが、医薬ビジランスセンターの濱六郎医師。
この人は、タミフルは異常行動や突然死を招く薬だとして、厚生労働省へ認可の取り消しを要求したり、WHOへパンデミックに備えての備蓄も止めるように勧告したりしている。
あいたたたたなことに、立花隆さんも濱さんを支持しているし、共産党の小池晃さん(内科医)も全面的に信じていて、やくがいもんだいをついきゅうするぞーみたいなことを言っていた。
で、今回のシンポジウムは、学問的に正当派の人たちと、異端である濱さんが、中立的な薬剤疫学会で対決するってところが、非常に面白い見所だったわけです。
今回焦点となったのは、平成17年度厚生労働科学研究「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」(班長:横浜市立大学医学部教授・横田俊平)の報告書。
冒頭、座長から、横田さんが、薬剤疫学会に所属していないのにも関わらず、要請を受けて参加してくれたことに対する感謝の弁があった。
へえ、と思いましたよ。
マスコミによるヘンなあおりによって、薬害だとか、過剰にタミフルが悪く言われてしまっている現状を憂慮して、あえて参加することにした立派な考えの持ち主なんだなと思ったから。(しかし、後で、実はそうでもなかったという印象を残してしまって、とほほなんだけど)
「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」は、タミフルについての調査ではなく、以前から行われていたインフルエンザ脳症に関する調査。しかも、結果として、今回の調査では9割の人がタミフルを服用していたうえ、調査対象者の9割が10歳以下であったこと、1日を朝・昼・夜の時間帯に分類したので、薬を使った時間と、異常が現れた時間が同時に記載されて、どちらが先かわからないことなど、タミフルの影響を示すデータとしての質はあまりよくない。
濱さんの主張は、それにもかかわらず、このデータをもとに厚生労働省はタミフルに問題なしと結論づけたのは間違いだ、この調査の分析も、リスクの割合を過小評価するような処理をしていて間違いだ。というもの。
また、濱さんの仮説は、インフルエンザ感染初期、サイトカインストーム(免疫系の暴走。これがインフルエンザ脳症の原因とされている)がおきると、タミフルは脳血液関門を通過して脳内に入り、側頭葉に働いて、ベンゾジアゼピンやハルビタールと同じような、精神神経症状と鎮静作用を示す。その結果、異常行動や呼吸停止などによる突然死が起きるというもの。これについて、統計データだけでなく、二種類の動物実験においても、同じような結果が出ていることを示していた。
濱さん、話し始める前に、議長から、30分以内に抑えてくださいと念押しされて、なぜ僕ばっかそういわれるのかなあとかいってたけど、きっちり30分でまとめてました。
こりゃあなんだかなあと思ったのは、何人かがそれぞれの内容を発表して、質疑応答を少しやっているときに、濱さんが、何かの調査をしてデータを読むときは、きちんと仮説を持ってやらないと全く意味がないという話をしていたら、横田さんが突然キレて、この会合は私の調査に基づいて議論を深めるという主旨だったはずだ、そうでなければ私は帰る、とか言い出してしまったことだ。ありゃりゃりゃりゃ。
まあまあ、とその場はおさまったものの、なんというか、横田さんは実は、自分が一生懸命真面目にまとめた報告を貶されるのが我慢ならないから、この場にきたんだなってことを印象づけてしまった。生真面目な人みたいだし、気持ちはわからないでもないけど、人間的な器の小ささを感じさせてしまって、これは余りよろしくなかった。
それはともかく、主流派のまとめたデータに対する批判は妥当なものか否か。
実は調査データの分析によると、調査を行った当事者も、中立な立場の人も、濱さん同様、タミフルとアセトアミノフェンを服用した後、何かが起きる可能性があるということには関しては、偶然性を否定できない程度の相対リスク増大があることを認めている。
まあ、データ的には、アセトアミノフェンのほうが影響が大きそうだったけど、そういえるほどの違いはないらしい。
ここで「何かが起きる可能性があるということには関しては、偶然性を否定できない程度の相対リスク増大がある」という激しく回りくどい表現をしていることに注意して欲しい。
これは、タミフルには害がある可能性があるという事じゃないんだよね。
これは、今回の調査ではデータ不足でよく解らないけど、きちんとした調査をすれば、ひょっとしたらタミフルに害があるというデータが出るかもしれないという可能性はあるね、ということだ。
つまり、はっきりはしないけど、タミフルには確かに怪しげなところはあるというのが、全体の総意なわけね。それも濱さんが指摘する、初日の服用の後というタイミングで。
じゃあなんで、横田さんは不明だといわないんだという会場からの質問に、横田さんは
私は首尾一貫、このデータではタミフルの影響は不明だといってきた。影響がないとは言っていない。影響がないとしてしまったのは、マスコミの誤認だ。
とお答えが。
ところが、そこで、週刊朝日の記者という人が、あなたに取材したとき何度も確認したが、厚生労働省と同じ見解だと言ってました、いや言ってない、いいました……という押し問答に。あー……、これも失点だよ。
しかし、進行役?の大橋靖雄さんが、これは水掛け論なのでやめましょうと空かさず止めに入ってこれも一段落。
今回、この大橋さんという人が素晴らしくて、主流派、異端派どちらの意見も完全に把握しながら、可能な限り中立を保ち、誰が何を言おうとしているかを先読みして、無用な炎上は起きないように場をコントロールしていた。
この人がいなかったら、収拾のつかない無意味な論争に発展しかねない局面が何度かあったんだけど、この人の采配で、そうならずにわりと良い感じに終わることができたかんじ。
会場からは、疑わしいというのは、学問的には正しいかも知れないが、社会的には影響なしと判断したのと同じ意味になってしまう。もう少し言い方を考えて欲しいという意見も出た。(ちなみに質問者のほとんどは、医師か研究者)
現に、薬理の先生から、現状はタミフルには問題なしとされてしまったため、タミフルの脳神経作用について研究しようとしていたのに予算が付かないという話も出た。これはこれで、イタイ話だよなあ。
議論を聞いていて感じたのは、濱さんがトンデモな人にありがちな、学問(ここでは医療統計)を中途半端に理解していたり、独りよがりな解釈で奇妙な結論を導いているような人ではないことだ。むしろ、この分野には相当深い理解がある人みたい。
主流派の人が、このデータ処理は報告書ではしていませんが、濱さんのおっしゃることを考慮して、こう処理すると……と新たな結果を示して濱さんの主張を弱めようとする局面が何度かあったんだけど、それに対して濱さんは、この分析はおかしいと即座に反論。
いやいや、でも、科学的にこういう分析は妥当とされているんだから……という答えに、それは違う、これが成り立つには、全ての事象が均等に起きているという仮定がなければならない。しかし、この事例ではそれは成り立っていない。と反論したりする。それに対する再反論は出てこない。
報告書では、小数点以下2桁を繰り上げて書いてあるので、そういう誤解をされたのではという牽制にも、いや、もとデータをもとに、独自に計算しているのでそれはないとかいわれてしまう。それに対する再反論もなし。
全体として主流派は、濱さんのことを見くびりすぎていたような感じがする。
奇妙なことを言うやつは学問的なレベルも低いに違いないという侮りがあったため、浅いレベルの批判しかできず、攻めあぐねてしまったんじゃないかなあ。
会場からの質問者も、ほとんど全員がどちらかというと濱派に親和的な印象があった。
濱さんの仲間が、大挙してやってきた可能性も否定はできないけど、あれだけたくさん専門家の仲間がいるとしたら、それだけでも単なるトンデモと断じることはできないし、質問者の大半は合理的な意見を述べていたように感じました。
それから、一例報告だったけど、タミフルを3回摂取して、3回とも摂取後に脳神経症状が出た事例が報告されて、タミフルが脳に影響を及ぼすケースがあり得ることは、ほぼ合意できていた感じ。
また、側頭葉に対する薬物の影響については、世界的にも研究が始まったばかりで、日本にはまだその分野の専門家はいないはずとのこと。
それはつまり、濱さんが広い分野について勉強しているってことだ。濱さんの仮説はあり得ないことではなくて、可能性として否定できない。まあ、現時点ではハードSFでしかないレベルだけど、学問的に無視できるものではないとはいえるんじゃないだろうか。
最終的には、今年度からの調査は、昨年度の問題点を考慮して、問題があるか否かをより明確に示せるものに設計するということで上手にまとめられてました。
ただ、突然死の事例は濱さんによると数十例はあるみたいだけど、それについて今後の調査で考慮するか否かはいまいち曖昧で、これをやらないとまたひと揉めあるかなあと言う印象はあったんだけど。(主流派はやらないつもりみたいな感じだったけど、会場から何でやろうとしないんだと突っ込まれてた)
あと、このシンポジウムでは、タミフル問題に関するメディア報道で、製薬会社から金をもらっている人間が中立的なことが言えるのかという、実情を知らない批判があったために、利益相反(薬品メーカーとの関係)を冒頭にいちいち表明していたのも印象的。
事情を知らない人に説明すると、医薬品の研究や評価を行っている研究者に対して、確かに医薬品メーカーからお金は出ている。でも、だからといって、医薬品メーカーの利益に反する発表はできないなんてことは無いんだよね。
そのお金は大学の経理などに入るだけで、研究者個人に行くことはない。
そして、研究者は何処のお金か意識することなく、大学の経理に必要なお金を申請するという形になっているので、普通は利益相反は起きないのね。
いってみれば、政党助成金みたいなもんですな。
それにしても、濱六郎という人は、70過ぎとは思えないほど若々しい感じだし、正直言って、異端的なところも含めて人間的な魅力がある。
薬害を防ぎたいという思いも本気らしく、邪念はない感じ。
ただ学者らしくない、極端な言葉遣いをすることは確かだ。
横田さんの研究のことを、普通は間違いだと断定することはない。
濱さんはインフルエンザはたいした病気ではないといっていて、それはある意味で正しいのだけど、そう言い切ってしまうことには問題がある。
インフルエンザは、幼児や高齢者にはダメージの大きな病気で、とくに高齢者の死亡例はかなりある。その意味では、決して軽んじることのできない病気だ。
一方、栄養状態の良い日本の青年、中年、壮年くらいの人ならば、インフルエンザは安静にしていれば1週間で癒る、大したことのない病気だというのも事実。
濱さんは、薬の濫用の愚かしさに対する警鐘を鳴らすことを、自分の使命だと信じて行動している人なので、インフルエンザはたいしたことないという極端な言い方をすることで、むやみに薬を飲むなよなってことを言いたいのだろう。
それから、パンデミックにタミフルが効くかどうかわからないというのもその通りだけど、だからといってタミフルが無意味と言うことにはならない。
今回のシンポジウムの議論は、第三者の僕の目から見ると、ある意味、専門家にとってだけ意味がある、細かい数字の違いを巡る話のようなところもあった。だから、このレベルで濱さんが有利に議論を進められたからといって、彼のタミフル禁止などの極論が正しいってことにはならないと思う。
いずれにしても、タミフルを処方した初日に、何かが起きることがありそうなことは全員が一致していたわけで、その薬を、今後、リスク・ベネフィット的にどのように使っていくかが、僕たちにとっていちばん興味のあることなんだけど、その話は出なかった。
と、いうより、学問的にはそれを論じられるデータはまだ無いんだよね。










