wisdom Business Leaders Square
ビジネスに役立つ「次の一手」をあなたに
ビジネス用語辞典 Wisdomブログ

経営戦略 成功ストーリー マネジメント ビジネススキル ITトレンド IT講座 マーケティング ちょっと一息

2007/04/02

教師はなぜ水伝に填ったか

 水にきれいな言葉をかけると、その結晶もきれいな形になる。

 これは『水からの伝言』という本に書かれていることだそうだけど、これを真に受けちゃう人が多くて、困ったことだなあって話は、多くの人が知っていると思う。
 知らない人は『「水からの伝言を」信じないでください』あたりを読んでもらうと、わかりやすいかな。まあ、検索してもらえば、ネットの中にはこの件についての情報は、いくらでも見つかるはずだ。

 で、この話を最初に聞いていちばんビックリしたのは、これを教師が教材に使ったということだった。

 教師といえば、知性と教養を充分に備えた人々だ。これは皮肉とかじゃないよ。ぼくは本当にそう思っているんだけど、その人々が、これほどのトンデモを真に受けちゃうなんて、一体何事が起きているんだろうってかんじ。

 水にきれいな言葉をかけると、氷の結晶がきれいになるなんてことは、全くバカげた話だよね。オレ的には、わざわざ説明しなけりゃならない事があり得ると、思いつくことすらできなかったようなことなわけだ。

 でも、現実にそう信じている人がいるらしい。だとしたら、その人たちに、一体どうやったら、そんなことはあり得ないと説明できるだろうと、ちょっと途方に暮れちゃったくらい。

 しかし、実情はそういうこととは、ちょっと違ったみたい。

 ぼくが最も尊敬する人に、草場さんという方がいる。ものすごくセンスが良くて、理性的かつユニークな発想ができる人で、ぼくに少なからず影響を与えてくれた人だ。目を患ったことでリタイアされたけど、もと小学校教師で、教師歴はぼくと会う前からだから30年以上だと思う。

 その草場さんも、水伝の内容を聞いたとき、直ちにそれは馬鹿げていると思ったそうだ。

 でも、同時に教師たちが、ああいうものを使いたがった気持ちも理解できるというのね。

 で、教師たちはどう考えたのか。

 教育とは、ある種の「型」を子供に強制するという面がある。
 そして、それは合理性や理性だけでは、うまくやることはできない。
 やれたとしても、それには恐ろしく手間がかかるだろう。

 たとえば、大人は子供に、「ウソをついたら、閻魔様に舌を抜かれるよ」みたいなことを言う。「夜口笛を吹くと、どろぼう(へび)がくるよ」とか。

 これはつまり、オカルトによって、子供に、ある型を刻印しようとしているわけね。

 水伝も同じで、「きれいな言葉を喋ろうね。そうすると水の結晶だってきれいになるよ」ということで、子供たちにきれいな言葉を喋り、汚い言葉を喋らないよう気をつけてもらうために、あのニセ科学を持ってきているわけだ。

 そういう意味では、教師たちは、水伝の内容を心から信じ切るような、理解を絶する愚か者ではなさそうだ。それが事実ではないことは重々承知の上で、一つの方便として、こういう「物語」を使おうとしたのだろう。

 問題はそれが波動ビジネスとか、マルチ商法的なものに結びついていたり、ウソを承知で道徳を説くってどうなのよということなわけだ。

 だとすれば、その点を理解してもらえれば、教師たちがあれを教材として使う事もなくなっていく(使うにしても工夫する)ような気がする。

 教育にオカルトは必要かということは、なかなか難しい問題だと思う。

 ぼくとしては、使わない方がスマートなやり方だとは思うけど、全く使っちゃいけないと言われるとすごく困るんじゃないだろうか。

 これは体罰とも似ている。

 体罰が、何かを教えることに全く効果的でない事は、多くの研究で繰り返し証明されている。けれど、そうかといって体罰を完全に禁止すると、教育が、スムーズに行えなえない局面が出てくる。

 体罰の能力は担保しながら、しかしそれは使わない方法を考えて実践するのが、いいかんじ。禁止してしまうことと、使わないように努めることは、全く違うと思うんだよね。

 オカルトもそれと同じで、できる限りのところは理性的に説明したほうが良いだろうとは思う。だけど、時にはこんなに不思議なこともあるんだよという話を交えたほうが(その話はひょっとして大人にとっても本当か嘘か解らないこともあり得る)、子供たちの興味を引けるのも確かじゃないのかなあ。

最終更新時間 08:04 | コメント (0) | トラックバック